幕間 その両翼を広げて【シスター視点】
――――時は僅かに遡り。
「じゃあ、後は時間までゆっくり眠って、あとは……作戦開始だね」
「セリカの《気配察知》で敵のアジトを探って、見つかったらそこを叩くと。まぁ最初の死亡フラグまでわざわざ待つ必要はないんだし、それでいいんじゃない?」
セリカと赤染アンリが会話をしている瞬間。
《幸福昇天》――コウフクショウテン――
一瞬だけアルファに交代し、能力を発動する。
セリカと赤染アンリは気を失ったように突然倒れて眠ってしまう。
ジェネシスを気体として発露させ、それを吸い込んだ人間を幸福感に導き自殺させる能力。だが加減すればただの睡眠導入効果しかなく、こういう使い方もできる。
“私”はアルファと交代し、身体の主導権を握る。
予備のスマートフォンでアラームをセットし、音量を最大に設定してセリカの耳元に置いておく。最悪、私が死んでも二人が行動できるようにという保険だ。
(シスター、本気ですか? あなたの行動指針はあまりにも無謀だと思いますよ)
アルファが話しかけてくるが、そんなのは百も承知だ。
分かってる。でも、セリカはゼロに会わせるべきじゃない。ゼロとセリカを会わせたらセリカは必ず“ブレ”る。正義としても善としても、白が失われればその瞬間で詰みなのはアルファも分かってる筈。ゼロの悪は“想像を超えて”いる。
(なぜ、セリカに全て教えてあげないのですか? 《未来予知》は死の瞬間以外にも、殺害者の意志まで視られるということを)
《未来予知》。死の瞬間を予知する異能力。この死ぬ未来をA未来とする。A未来を視たことにより、予知者である私が行動を変更することで変わるであろうB未来を視ることもできる。私がセリカ、赤染アンリに未来の情報を伝えることで二人を疑似予知者にすることも可能。
但し、B未来を変更したC未来以降は見ることができない。つまり《未来予知》の予知限界は行動修正した二つ目のB未来までしか見られない。
B未来時点まで時系列が到達して、初めて”B未来が現在となった”時、リセットされ、その地点から更にA未来、B未来を視ることが可能となる。但しそのためには当然、”生きてB未来地点まで辿り着く”必要がある。
でも今は少し状況が違う。セリカが《起死回生》を何度も使用して未来そのものを取り消しており、且つセリカ自身の中に未来の情報の残滓が断片的に存在することから、セリカを起点とした《未来予知》のみ6つに分岐しているのだ。
つまり、A未来が6つある状態。
私にできるのは、B未来を6つ作ること。それが私の限界だ。
だがB未来から更に分岐するであろうC未来、D未来、E未来等はもう想像するしかない。C未来以降を”視る”為には、B未来を現在の時系列になるまでたどり着く必要があるからだ。
私が行動を変更してB未来を作ったとしても、相手もまた運と確率を操ることができる。彼らの能力は未知数であり、A未来、B未来にまで影響を及ぼすことが想定される。彼らがA未来、B未来に干渉した時、私はそれを即座に察知することはできない。逐一《未来予知》をし、A未来とB未来に変更がないかを確かめることでしか、彼らに対抗することはできない。平時であれば問題ないが、戦闘時は緊急時にはそんな余裕は無いかもしれない。
そして私は私自身の未来を見ることもできない。
私の身近にいるセリカ、赤染アンリ、この二人の傍にいることで死亡する場合のみ私は私の死を予知できる。
これが今の状況であり、セリカと赤染アンリに説明したことでもある。
但し、私の《未来予知》にはもう一つだけ不随した効果がある。
それが、殺害者の意志を知ることができるということだ。
なぜ、殺すのか。その殺意の真意を視ることができる。まぁ、いってみれば些細な効果でしかないが、これにより死の状況を更に詳細に知ることができる。
ゼロが“自分の能力を試したい”という、ただそれだけの理由、あまりにも軽すぎる動機で核兵器を具現化するA未来。一つ目の死亡フラグである黒い雨の元凶として私は把握できている。
但し、何でもかんでもペラペラ喋る訳にもいかない。私が二人に情報を開示することでA未来、B未来が変わってしまい、こちらの未来掌握が困難になるからだ。
知ったことを知らなかったことにはもう戻せないので、情報開示後のA未来とB未来は確定的になる。味方にどれだけ情報を開示するかのさじ加減すらも、命取りになるのだ。
《未来予知》は常に二律背反。予知を守ろうとすれば予知通りに死ぬし、予知を破ろうとすれば未来は不確定となる。A未来とB未来が書き換わり、修正はできなくなる。
ただ、このまま進めば予定通りになるだけというのも事実。
(……黒い雨の対策はメアリーがする予定ですし、このままでも問題ないのでは? 何も単独でゼロに挑むのは無謀ではありませんか?)
なるべく早く、ゼロは殺しておかないとこの先とてつもない絶望が訪れる。そしてゼロを殺せるのはFランクだけ。つまりはセリカか私だけ。ならセリカに殺させるより私が行った方がいい。何も躊躇する必要もなく、全力でやれるから。
(ゼロは強いですよ。多分、負けます)
アルファ、メアリー、アンタ達も私と戦ってくれれば多分大丈夫。
(考え直しませんか?)
《聖母抱擁》の二つ目の力をゼロに使えば勝てると私は思ってる。
(後天的な悪性を抱えるソシオパスは治療できるかもしれませんが、先天的な悪性を持つサイコパスは無理だと思います。……分かってますよね?)
さっきから消極的だけど、それなら私の自由を奪えばいい。そうしないってことは、アルファも迷ってるんでしょ?
(……)
このままB未来へ進めば、ゼロに全員殺されるだけ。
そう、今のB未来はゼロに全員殺されて終わりという未来だ。その敗因はセリカで、私と赤染アンリからゼロを庇ったところをゼロに後ろから斬り殺され、そのまま私達も能力で殺されるというあまりにも救いようがないB未来。
セリカと赤染アンリのこの事実を伝えるか最後まで迷ったが、セリカが行動を変える可能性に賭けるのは分が悪かった。なら足手まといになる前に、この手でゼロを殺すのが最適解だ。
状況を整理する。
A未来は黒い雨……つまりゼロの具現化した核兵器落下による、ジェットブラックジェネシスが混じった放射能の雨に打たれて死ぬ死亡フラグ。これはメアリーで相殺することが確定している。それしか対抗手段がないからだ。そして必然的にB未来が発生する。
B未来はセリカが足手まといとなり、ゼロに全員殺されて死ぬ死亡フラグ。B未来を変更する為には、死亡フラグの起点となっているセリカに対して何らかのアプローチをするしかない。
選択肢としては、
①セリカに足手まといにならないよう警告する。
②セリカを戦闘に参加させない。
この二つに落ち着くが、①は希望的観測が強すぎることと、②は私と赤染アンリのどちらか、あるいは両方でゼロを討つということになるが、赤染アンリのSSではゼロには対抗できない可能性が高い。
結果、消去法で私が単独でゼロを討つというのが最適解になってしまうという状況だ。①、②、どちらを選んだとしても発生するC未来は視ることができないので、未知数というわけだ。
(はぁ、マザーとデルタがいないのがつくづく悔やまれますね)
これも運命でしょ。でも、私は少しだけ……今の状況が良いと思える。
(なぜ、でしょうか?)
命を賭けて為すべきことがある。これが……私の本当の望みだったのかもしれない。
(シスター……)
私は行くよ。もう決めたことだから。
(……分かりました。でも、シスターは片翼でしか飛べませんよね?)
……。
試してみる。
白き天使のような翼が、両翼ともジェネシスで具現化した。何の苦も無く、できなかったことがいつの間にかできるようになっていた。まるで今までできなかったことが嘘のように。
……いけたみたい。
(それもきっと、あなたの精神の変化、なのかもしれませんね)
かもね。
(お面も忘れずにつけていってください)
戦いの邪魔なんだけど……。ていうか、お面なんてつけて死闘なんてできない。空中戦なら風で吹っ飛ぶだろうし。
(そんなぁ……)
つべこべ言わない。行くよ。
私は《幻想庭園》のゲートから出ると、真っすぐに《未来予知》のA未来でゼロが核兵器を具現化する場所まで飛んで行った。
目を閉じ、チャネリングを行う。赤染アンリのチャネリング訓練により私は一つだけ技術を習得していた。それは、思い描いた相手を”視る”力だった。但し今のところ、セリカ相手にしか使えない。思い描くだけが条件ではなく、何か別の要因があるのかもしれない。私はセリカに対し、白として絶対に守り抜くか、あるいは黒としては介錯して殺すと決めている相手。
そう、チャネリングは一言で纏めるなら、精神を”繋ぐ”もしくは”断つ”力だと赤染アンリは分析していた。
チャネリングによってジェノサイダー同士で心を”繋ぎ”意思疎通することができる。私はそこまでの領域にはたどり着けず、セリカを”視る”ことだけが限界だが、それでも他の能力と組み合わせれば十分な効果を発揮する。
”断つ”力としては、赤染アンリは痛覚遮断が可能だと言っていた。これは感覚的なもので教えることができないが、自然にできたと言っていた。”断つ”力なのであれば、他にも何かしら応用できそうなポテンシャルがありそうだが、もう時間が無い。今ある手札を総動員して、6つの死亡フラグを突破してGランクプランを完成させるしかない。
《未来予知》――ミライヨチ――
チャネリングすることで、私はセリカの今の姿を”視る”ことができる。この状態のまま《未来予知》を使えば、セリカの”死”を見ることができるのだ。
再度未来を視て確認する。
が、A未来、B未来ともに黒いノイズが走り“何も”視れない。
「――――!?」
想定外だった。
A未来は先ほどまで黒い雨で、B未来はゼロに全員直接殺される未来だったのに、私が単独行動した瞬間両方とも視れなくなった。
A未来をAというやり方で変更してB未来を視る、ここまではいい。さっきまでの状態だ。
ただA未来をBというやり方で変更したらB未来は……視られなくなる? のだろうか。今までこの検証はしたことがない。だから分からない。今の私の単独行動がまさにこの状態だ。
この《未来予知》の結果はまだ未来が確定していない能力の通常仕様の状態なのか、それともゼロの持つ“運操作”による不確定要素なのか、それともそれ以外の要因が関係しているのか。
分からないことだらけだ。ただ一つ言えるのは、死亡フラグが見えなくなったことにより状況は変わったということ。それがプラスに変わったのか、前の予知よりもマイナスに変わったのか、その判断はできないけれど。
でも、やるしかない。
私には確固たる勝算も、具体的な戦術も、秀逸な策略も無い。
ただやるだけ。その覚悟だけだ。
でもその選択肢の無さが、逆に私には痛快だった。
「行こう」
誰に聞かせるでもなく、ただ私はそう呟いて、二人を置き去りに空へと飛び立った。
最後に、振り返ってセリカのいる方角を見つめる。
かつて片翼だった私に、もう片方の翼をくれたのはきっとこの子だ。
一瞬だけ感傷的になるも、心を殺して前を向くと、私はもう二度と振り返ることなく翼をはためかせ空を進む。
――――その先にある“未来”へ向かって。
未来予知の場面もろもろ、振り返ったら色々書き直さないといけなさそうな箇所がもしかしたらあるかもですね……。
後回しにします。最重要目標は終わらせることなんで。