第13話 ゼロの帰還⑫【ゼロ視点】
「ジェネシス、今の状況、白雪セリカについては大体分かった。だが礼は言わねえ。お前らは俺を利用しているだけだろうしな。ま、あとは勝手にやらせてもらう」
談話室のような場所で透といばら姫の説明を受け、俺は立ち上がる。
「こいつ……マジで……」
透の隣でいばら姫がヒクヒクとこめかみを痙攣させていてブチギレ寸前だった。この女は俺のタイプではないが、怒っている顔だけはなかなか良いかもしれない。俺は怒っている女が好きなのかもな。
「……はぁ、やれやれ。花子、申し訳ないが君はどうする? 時間的にSSSにする為の処置をしておきたいところだが、どうやらゼロにご執心のようだからね」
「わ、私は……」
透に声をかけられ、しどろもどろになる花子。
「お前、もっと“使える”ようになれんのか?」
俺が問うと、代わりに透が答えた。
「SSSになれればの話だがね」
「なれなきゃどうなんだ?」
「発狂するか死ぬか、まぁ良くて“トイボックス行き”か“ヒキガエル行き”のどちらかになるだろうね」
「花子、お前は弱い」
「……っ」
「雑魚は邪魔だし、ゴミだ。俺の役に立てないなら“いらない”」
「い、いら……や、やだ、やだ。私、いらない……お母さん……やだ……」
“いらない”という言葉に何かしらのトラウマでもあるのか、呆然自失になって花子は目が移ろになり涙を流し始める。鬱陶しいことこの上ないな。
「邪魔だ、お前が面倒見とけよ」
そう言って俺は花子を透に押し付ける。
「分かったよ、では、そうだな……。君単独というのも少々不安だし、ヒキガエル」
「……はぁ」
ヒキガエルは何もかも諦めたような顔でため息を吐いた。
「またこのガキか。邪魔くせえな」
「僕だって命令がなきゃ絶対にごめんだよ」
「俺ら二人で取り合えず白雪セリカを殺しに行くってことだな。まぁこのガキは返り血避けのハンカチ代わりぐらいにしかならねえだろうがな」
「ああ、吉報を待っているよ」
「お前は花子の面倒を見た後、どうすんだ? 合流すんのか?」
「骸骨が目を覚ますまでは、ここを離れるわけにはいかないからね。骸骨が目を覚ましたら、すぐに出立するよ。花子の処置については時間がかかる。どちらにせよ置いていくことになると思う」
「雑魚狩りに随分大げさだな」
「白雪セリカは僕を殺せる確率77パーセントを保有しているからね。本気でやるよ。だがこの銃を持ってようやく55パーセントまで下がったんだ。末恐ろしい少女だね、会うのが楽しみだよ」
「はっ、お前が会う前に俺が殺してるぞ、その女。つーか、その《全理演算》? とかいうの、どこまで信用できんだ。そこの女が勝手に言ってるだけだろ。認知症のババアの戯言との違いを見出せないんだが」
「言ってなさい、ガキが。知能の低い奴とは話す気も起きない」
いばら姫は腕を組みながら寝ぼけ眼で俺のことを冷たい目で睨んでいる。
「《全理演算》は、ありとあらゆる確率を瞬時に計算してはじき出す計算能力だよ。だが思考とは違ってね、哲学や道徳のような答えの無い答えに対する問答には弱い。どうすれば良い結果が得られるかという、手段を知るには向かない能力だ。だが、何をしたらどうなる、という確率を知ることなら他の追随を許さない絶対的な精度を誇る異能力だ。いばら姫は僕の懐刀であり、切り札とも言っていい」
「よくわかんねえな。確率は飽くまでも確率だろ。起こりえる現象には“運が悪かった”り、“低い確率が高い確率を凌駕する”ことだってあり得る話だ。やはり信用できねえな、その《全理演算》とやらは。優等生の最適解という限界値を超えられない凡人の延長線上の能力ってとこか。やはり俺は、俺の能力しか信じない」
「……アンタ、馬鹿なようでなかなか、斬り込んでくるわね。ま、だからこそ透が気に入ったのだろうけど」
怒るかと思ったが、意外といばら姫は冷静に俺の指摘に対して反応せず、薄く微笑を浮かべている。
「馬鹿とは話す気ないけど、少しだけ口をきいてやってもいい気分だわ。そう、その通り。アンタの指摘は“正しい”。確かに《全理演算》は最適解しか出せない。でも、最適解を出したからといって、その通りに行動しなきゃいけない道理はない。重要なのは、最適解の通りに行動するのではなく、最適解を知った上でどう行動するかの選択権を握ることができるという点よ。最適解を出すのは飽くまでも主導権を握る手段でしかない」
「あーそ、まぁ勝手にやってくれ。じゃあな」
「ちっ、アンタねぇ」
いばら姫は顔を真っ赤にしてキレ気味に声を荒げていたが、俺はさっさとその場を後にした。
「おいガキ、さっさと出口を出せ」
「……」
不本意そうにヒキガエルは手を前にかざして、花子と同じようにゲートを出した。
「よし、行くか。Fランクを殺せば、少しは前に進める気がするんだよな」
首をコキコキ鳴らし、両の肩を回しながら、軽く意識をウォーミングアップする。
俺は前向きな気持ちで、ゲートをくぐった。
――――過去の自分を否定した先に、何が待っているのかも知らずに。