第13話 ゼロの帰還⑩【ゼロ視点】
「どうやら、お気に召さなかったようだね。残念だ」
「……俺、は」
ポタポタと流れる血を見ながら、溢れ出る激情と疑問が螺旋のようにうねる心が痛む。この痛みが意味不明で、嫌悪しかない気持ち悪い。
「透、お前は……何のために生きている」
「唐突だね。思春期の頃はよく考えていたような気がするが」
「茶化さずに答えろ。あんまナメてっとまた暴れてやる」
「それは困るな」
透は苦笑しながら、ゆったりとイスに座る。
「人間という生き物は、すべからく自己実現を目指す。これは意志のように見えるが、本質はそうではなく習性のようなものなんだ。“何者”かに“なりたい”。それは職業であったり、夢であったり、僕らは何かになろうとする。そういう風にできている。共通して言えるのは“現在の自己を否定”し、“未来の自己に対して希望を持つ”こと。無論、自己実現というのは実は相当に難易度が高いもので、その目標値が高ければ高い程絶望する確率が上がっていく」
「…………」
普段なら結論から言え、もっと短く話せと一蹴するところだが、こいつの話は興味深い。この男、狂っているが物凄く話に深みがあり聞き入ってしまう。これが、この男の本当の意味での“怖さ”なのかもしれないな。
「そして自己実現ができない、諦め、絶望する者が人生を悲観し、ネガティブ思考に陥る。だがよく考えて欲しい。自己実現の性質が内包するネガティブとは、実は物凄く簡単に解消できるものなんだよ」
「なんだそれは」
「自己実現は、他者がいなければ成り立たない。自己実現は自己にばかり目が行きがちだが、他者がいなければ自己実現はできないようにできている。“なれない者”がいないと、“なれる者”の価値が無くなるからね。受ければ全員が合格できる難関大学に価値は無いだろう?」
「それは……そうだな」
「学校生活で例えるなら、体育の時間、足が速い者が足を遅いものを抜かして自己の価値に満足すること、勉強が得意な者にとっての張り出された成績表のランキング上位者であるという快感と愉悦。言ってみれば、自己実現できなかった者は、彼らの“自己実現の肥やし”にされているんだよ。僕はそんな弱者を救済したいのさ。僕が生きる理由。それは言ってしまえば、“自己実現の反転”だね」
「……もっと分かるように言え」
「いや、せっかく面白い話をしているんだ。もう少し続けてもいいだろう。結論を言う前に。僕は君のことがもっと知りたい。君をもっと深くね」
「ホモくせえからやめろ。気持ちわりい」
「僕と君は似ていると思う。根っこの部分がね……。少し時間をかければ君はすぐにそれに気づくはずだが、生憎あまり時間が無いんだ。心苦しいが、君の自己実現を僕が補助しよう。何、君ならすぐに自らの本質に気付けるさ。君は僕が知る中で、唯一僕以外の”真理の破壊を齎す者”なのだからね」
そう言って透は意味深に微笑した。