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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第13話 ゼロの帰還⑧【ゼロ視点】

「花子、とかいったな。ここはどこだ? 説明しろ」

「ここはショッピングモールです。何でも揃ってます。買い物もできますし、お望み通り人間も沢山います」

「…………何か気配がするな。おぞましい気配だ」

 さっきの女とも少し違う気がする。

「? 分かりません」

「分からんか。まぁいい。お前らごときには最初から何も期待していない。だが花子。お前は俺に仕えるつったな。仕えるってことは使えないと駄目だ。存在する意味が無い。せめて俺の役に立てるようになれ。でなきゃいつか殺す。生きてる意味がないからな。分かったな?」

「は、はい……」

 花子は少しだけショボンとする。

 俺は無言で気配の方に近づいていく。雑魚どもも後に続く。

 そこは何もないベンチだった。自動販売機が近くにあるが、それだけだ。だが……微かに、そう微かにだがジェネシスの残滓を感じる。

「おえっ、気持ち悪……」

 思わず吐きそうになる。

 そのジェネシスの残滓は空気を漂っていたが、とにかく気持ち悪かった。生理的嫌悪感とでも言えばいいのか。

 あまりにも薄すぎて色すらもはや分からんが、俺のジェットブラックとは対極のものだろうなきっと。このキモキモジェネシスを身に纏ってたやつは恐らくこのベンチに座っていたのだろう。バッティングしなかったのは運が良かったのか悪かったのか。もしこの目で目視できたのであれば、惨殺処刑確定だったのにな。残念だ。

「このジェネシスは……確かに、キモイな。つーか、多分あいつらのじゃ……」

 ガキがぼそっと呟く。

「心当たりがあるのか?」

「こんなキモイジェネシスを身に纏えるのはFランクしかいない」

「F……なんだ? 分かるように言え、ガキ」

「僕たちはFランクと呼んでいる、ホワイトジェネシスを身に纏う存在のことだ。正義とか善とかを心に秘めてて、その気持ちが強い奴が身に纏うジェネシス……だ。お前みたいに考え方が世界は自分中心で回ってて他は全てゴミ、そういう思考のヤツとは正反対だろうね」

「Fランク……。覚えたぞ。俺の脳内にある処刑リストの一番上に刻んでおこう。クソはきちんと便所に流さないとな。俺は綺麗好きなんだ」

「それに関してだけは同意するよ」

「なんか喉が渇いたな。そこの自販機で何か買っていくか。金は……無いな。俺の財布はどこだ?」

「さあ? アンタの死体を骸骨が回収した時にどっか落ちたんじゃない?」

「は? ふざけるなよ。今すぐ拾ってこい」

「どこにあるかも分からないし無理だよ。それに僕も普段お金なんて持ち歩かないし。必要があれば殺して奪えばいいだけだし……。花子は?」

「私は一応、何かあった時の為に財布は持ってる」

「殺人鬼花子が財布を几帳面に持ち歩く図……ぷっ」

 ガキは破顔し、笑いをこらえているのかプルプルと身体を震わせている。

「殺・す・わ・よ」

 ガキの顔を思い切り握り、花子は怒りを巻き散らしている。

「何が飲みたいですか?」

「そう、だな……」

 自分の趣味嗜好が分からん。

「……オレンジジュースだな」

 悩んだ末、そう結論付ける。

「分かりました」

 花子はポケットからクマの模様が描かれたピンクの財布を取り出す。

「そしてその財布の謎のセンス……くっ、ふふ……ククク……」

「……ちっ」

 花子は少し赤くなってから思い切りガキのつま先をかかとで踏んで黙らせると、オレンジジュースの缶を買い、俺に手渡した。

「ど、どうぞ」

「ああ」

 当然のように飲む。

「……悪くないな」

 悪く……無い。

 そして……懐かしい。

 思い出は無いが、何故か郷愁を覚える。生前の俺の感情……に近いのかもしれんな。退屈な平和の中で、ジュースを飲んでくだらない幸福感を享受する人生。たわいもない満足に感謝し、日常と呼べる小さな世界を愛するという生き方。

 あまりにも無価値。否定すべき感情。俺は中身が溢れるのも構わず缶ジュースを片手で握り潰す。それは怒りや屈辱に似た感情だった。


 ――――あなたが望んだ結果の一つですよ。


 だが唐突に、あの女の声が脳裏で反芻される。

 俺は何故か無意識に生前の自分を徹底的に否定することしか考えていない。短絡的だと自覚しているが、これはもう本能みたいなもんだ。抗えん。だが……その先に待っているのは、あの凍り付いたつまらない死だけの世界だとでもいうのか……?

「気が……変わった。戻るぞ」

「も、戻る……んですか? まだ外に出たばかりなのに? 人間を使ったジェネシスの試運転はしないんですか?」

「アリどもを見たところで、何も学べるものなど無いと今気づいただけだ」

 俺はそう言って花子を一蹴する。

 有象無象の歩き回るアリのような人間たちに強い虚無感を覚える。こいつらは何のために何を考えて生きているんだろうな。

 幸せそうな家族連れ、せわしない主婦、はしゃぐカップル、無垢そうな学生、暇そうな老人。確かに皆殺しにするのはたやすい。

 俺は指をピストルの形に変え、シュッとジェネシスを人差し指に集中して無作為に空中に弾き飛ばす。この能力にはエイムも精度も必要ない。

「な、何を……っ」

「能力、ですか?」

 二人の声を無視し、俺は戯れに能力を試しに発動してみる。


 《必中魔弾》――ヒッチュウマダン――


 空気が振動し、建物を貫通し、そこかしこのガラス片やら金属の破片やらが砕け散りながら耳がはじけ飛ぶような衝撃音が響く。

 続いて訪れるのは静寂と大量の死体が倒れる音。

 辺りを見回すと、花子とガキを除き、もう生きている人間はいなかった。

 全員眉間に風穴を空けて死んでいる。ざっと三秒ってとこか。次使う時は、もう少し威力を上げて一秒未満にしてもいいかもな。

 男も女も子供も老人も平等に、半径200メートル以内に存在する全ての人間は即死。もうショッピングモールに人間が出す雑音は消えていた。

 既に無人と化した空間に、和気藹々としたBGMが流れているのが滑稽だった。

 この能力は生きている人間を自動的に追尾して殺害する意志を弾丸として具現化した能力。自動追尾するので目を閉じていても数百人を一瞬で虐殺できる。透がうるさいので、今回は花子とガキだけは除外したがな。

 が、何の感慨も湧かない。実際に殺してみても、ツマランという感情しか湧かなかった。

 殺して殺して殺して殺して、その先にあるのは何か? 最後にあるのがあの氷の世界なら……俺はもう少し考える必要がある。あんな暇で意味も無い世界の到来は俺好みじゃない。オレンジジュースを作る人間もいなくなるしな。

 べつに、殺すだけなら猿にでもできる……。

 やはり面白くないと駄目だ。楽しくなきゃ意味が無い。価値が無い。

 ガキの頃は公園でアリを踏み潰す遊びなんかをするもんだが、成長するにつれて意味を感じなくなるんだろう。その命に、あまりにも価値が無さ過ぎて。

 ま、そんなことした記憶すらも無いんだがな……。だがそういう発想が出てくるということは、俺の根の部分に殺すという行動原理があるのかもしれんな。どうでもいいが。

「Fランク、ジェネシス、漆黒、あとは、お前らについて。その辺を知る方がまだ面白そうだ」

 そうだ、こんなところで油を売ってる場合じゃない。

「そうだな。あいつらから少し学んだら、次は暇つぶしにFランクとやらでも狩りに行くか。少なくとも、アリを踏み潰すよりは楽しめそうだしな。どうせお前らも来るんだろ? 金魚のフンみてえにな」

「は、はい……!」

「ぼ、僕は行きたくないのに……」

 Fランク狩り。想像したら少しだけ楽しい気持ちになってきた。

「そうか、少し分かってきたぞ。俺は……あの時のやり直しがしたいのか……」

 俺が本当に望んでいたのは、過去の自分との雪辱戦の続きなのかもしれない。

 もう二度と果たせないあの殺し合いの続きは、過去の自分を否定することでしか満たされない。俺はその虚無に囚われ続けているのか……。くだらねえ……。

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