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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第13話 ゼロの帰還⑦【ゼロ視点】

 ドアの向こうに二つの気配を感じた俺は、さっそくドアを開けて相手を見据える。

「「……っ」」

 二人は緊張した面持ちで俺から距離を取り、間合いを測る。まぁその距離には俺にとっては全く意味が無く無駄なんだけどな。

 小学生くらいのガキと、俺が殺し損ねた女だった。

 女の方はそこそこ強い。胴体を縦に切断するように殺す気でやったがぎりぎりで致命傷を避けてきた。といっても、雑魚であることに変わりないが。

 ガキの方は……どうだろうな。本気で育てればかなり強くなりそうだが、今はまだ発展途上。くすぶってる印象がある。ま、どうでもいいが。

「お前らか。おせぇよ」

「あ、アンタは本当に……百鬼零なのか?」

 ガキがビビりながら尋ねてくる。

「生前の俺の名か? さぁな、過去の自分には興味ねえし、その名前も聞き覚えが無い。くだらないことを聞いてくるな」

 会話のやり取りが面倒なので早速斬り殺したい衝動に駆られたが、透には釘を刺されたばかりだ。遺憾だが、我慢しておく。

「わ、私は……」

 女は少し躊躇った後、膝を折り丁寧にお辞儀をしてくる。まるでファンタジー世界の騎士が主にかしずくような所作だった。見たことないがな。

「あなたに……忠誠を誓う」

「は?」

「“強さ”だけであれば、透以上。本気であなたが殺意を向ければ、相手は死ぬしかないでしょう……。仕えるには十分な理由になる。もうあなたは生前とは別物の存在だと私は実感した……。どのような形でも構わない。私を、おそばに、置いてください」

「な、なにを言ってんだ花子……」

 ガキが心底驚愕したように口をあんぐりと開けている。この女の性格は知らんが、こんな態度をすることがあり得ないというようなリアクションだった。どうでもいいが。

「……」

 正直、雑魚には興味無いし、周りをうろちょろされるのも面倒だった。蹴り飛ばして拒否しようかと思ったが……。“生前とは別物”という言葉が胸に引っかかる。

「過去の俺を知った上で、今の俺の方が強いと思っているのか?」

「はい」

 女は即答した。

「……その答え、気に入った。いいぜ、俺の傍に置いてやるよ。つっても、俺の邪魔になれば八つ裂きにするがな」

「あ、ありがとうございます!」

「な、なに考えてんだ花子……」

 ガキが不気味なものを見るように女を見ていた。

「フッ、ふふふ……」

 何故か、女は不気味に笑っていた。殺気は無いが闇を感じる。その闇が何故か心地よい。

「あなたのことはゼロと呼ばせて頂きます。私の名は花子とお呼びください。このガキはヒキガエルです」

「そうか、どうでもいい。さっさと俺を外に出せ」

「はい。ではゲートを開きます。開放」

 花子と名乗った女は右手をかざすと、黒いジェネシスが渦巻き波紋上の丸く具現化する。

「ここを通れば外に出られます。どこか行きたい場所はありますか?」

「人間が多い場所」

「人間を殺しまわるのですか?」

「能力を試したい。試運転、というやつだな。どの程度“使える”のかを見定める。数百人単位で死ぬかもしれんが、まぁどうでもいいだろ。本当はそこそこ戦えるお前らを使って試したかったんだが、お前らを殺すと透がうるさい。その辺の人間だとあまりにも雑魚過ぎて何の経験にもならんだろうが、能力の精度の実証ぐらいの役には立つだろ。消耗品としてな」

「……所持している全能力を試すということですね?」

「ああ。あとは社会勉強だな。この世界を学ぶ」

「学ぶ……。具体的には何を知りたいのでしょう?」

「何を……か。そうだな……」

 俺は何を知りたいのか。正直、ようわからん。だが……一つ言えるのは……。


「――――この世界に“力”と呼べる物が果たして存在し得るのかどうか……だな」


「力……ジェネシスのことですか?」

「いや、もっと広い意味だな。正直よくわからん。だからこそ学ぶ必要がある」

「……何故、力にご興味を?」

「何故? 何故……か」

 確かに、何故俺は力に興味を持っているんだろうな。答えはもう出ている。俺のジェネシスこそ力そのものだ。だが……納得できない。それは……それは恐らく、俺が生前の俺に勝てなかったからだ。俺は力を知ることで、生前の俺を超えたい……のか?

 これは……この感情は……劣等感……なのか?

「お前に言う必要はない。さっさと行くぞ」

「はい、私が先頭を行きますので、ついてきてください」

「…………」

 ガキは終始無言で不本意そうにしながら、後をついてきた。

「ショッピングモールに出る予定です。着地時に足元にご注意くだ――――」

 唐突に、花子の声が途切れる。


 《森羅万象》――シンラバンショウ――


「? なんだここは。本当に“外”なのか?」

 ザーーーーーーーというノイズが響き渡ると同時、重力を感じない世界に放り出される。地面が、無い。

 落下……しているのか?

 俺は無意識に翼を具現化し、眼下の世界を見据える。

 どうやら俺は上空を浮遊し、どこかの街の上にいるようだった。

「なんだこれは」

 吐く息が白い。寒い。

 眼下にあるのは、全てが死体。

 凍ったまま死んでいる。人間も動物も昆虫も全てが等しく死んでいる。

 叫びながら、泣きながら、笑いながら、死に顔まで時が止まったままのような死体が、大量に街中に転がっている。カラスが凍ったまま地面に砕け散って死んでいる。


「――――“綺麗”だな」


 無意識に零れるのは、そんな言葉。

 俺は状況把握も忘れて、眼下の景色に見入っていた。

 生が存在しない世界……か。

 あらゆる全ての存在が“死”んでいる世界。

 アリかナシかでいえば、アリだ。

「が、つまらん。二分で飽きる光景だな」

 あくびが零れる。

 どんな絶景も永遠に見続けて感動できないように、恐らくは究極とも言ってもいい今の絶景の価値は飽きという感情と共に消え失せてしまう。


「――――で。この意味不明な世界に招き入れたのはテメェか? 女」


 この世界には死体しか無かったが、俺を除き、たった一人だけ生きている人間がいた。黒き翼を生やし、女は俺と同じように空を浮かんでいた。身に纏うは、俺と同じ漆黒のジェネシス。渦のようにゆらゆらと揺れながら、ジェネシスを身に纏う女は無表情に俺を見ていた。

 強い既視感。どこかで見たことがあるのに、俺はこの女を知らない。

「これは、可能性の一つ。最も確率の高い未来の景色です。あなたが望んだ結果の一つですよ」

「……俺が望んだ?」

「あなたが自らの中に行動原理を見つける前に、この景色をお見せしたいと思いまして。人の持つ意思と力を否定し、運を排除し実現した世界。それがこれです。平等と公平のみを追究し続けた先にあるのは、全生命体の等価値な死。すなわち今のこの光景です」

「……お前、何者だ?」

「あなたはご自身が何者なのかも分からないのに、私が何者なのか知りたいのですか? 名前など記号でしかないのに。それはあなたが一番よく分かっている筈なのに。過去も無く、名にも意味が無く、自己の存在が危ういという部分だけは私とあなたはよく似ているかもしれませんが」

「…………お前の目的はなんだ。俺にこれを見せて何をしたい?」

 今すぐ殺したい衝動に駆られるが、対話をしたい欲求が勝った。それに……俺はこいつに……勝てる……のか? この化け物に……。

 一目で分かる。分かってしまう。これは“規格外”だ。

 無意識に手が震えていることに気付いた。

 この俺が……臆しているとでも……いうのか?

「何をしたい……。私には何もありません」

 女はフルフルと真顔のまま首を横に振る。

 直感する。この女は……人間ではない。

 心……。そう、心を感じない。

 こんな、こんな生き物がいていいものか。

 殺せる可能性はある。だが……俺も死ぬかもしれない。こちらの命を賭けてでも目の前の女に挑戦する理由は俺には無かった。

 ジェネシスを見ただけで分かる。“あれは駄目”だ。

 意思を持たないが故の残酷。津波、噴火、大地震、自然災害のような怖さ。

 深淵……そんな言葉ですら生ぬるい程の闇。もし仮に深淵に先があるとすれば、この女が立っている場所こそそうなのだと思い知らされる。

 何を、どう極めれば……ここまでぶっ飛べるのか……。

 どんな狂気も、どんな悟りも、この女の前では無為と化す。

 最も神に近い存在かもしれない。神は神でも邪神めいているが……。

「私は無意識化に存在する選択肢を可視化し、選択する機会を与えるだけです。即興の造語で恐縮ですが、アンチダブルバインドとでも言えばいいでしょうか。私は誰にも何も期待してません。駄目なら駄目でそれも運命だと思っています」

「……俺に、選択肢を与えたのか? 今、お前は」

「解釈もお任せしますよ。ただ、あなたの目指す世界の姿は、これです。それだけお伝えしたかったのでご挨拶に伺いました。では。こちらの用は済みましたので、これにて失礼します」

「待て。まだ話は――――」

「いいえ。これでお別れです。あなたと私はもう二度と会うことは無いでしょう。この先どう運命が転んだとしても。さようなら。百鬼零。あるいは、ゼロ」


 《森羅万象》――シンラバンショウ――

 《解除》――カイジョ――


 目の前の景色は突然消え失せ、俺は地面に放り出される。

「っ!?」

 慌てて着地すると、隣にいる花子とヒキガエルが困惑気味に声をかけてくる。

「今まで一体どこに?」

「……これは《世界》移動時の能力特有の消滅と出現。一体、誰が……」

「……ちっ」

 忌々しい。

 あの意味不明な女、マジで何者だ?

「花子、漆黒のジェネシスを持つ人間は俺と透しかいないんだよな?」

「は、はい。あり得ない筈……です」

「……」

 こいつらに存在すら認識させていない周到さ。気持ちわりいな。不気味にもほどがある。一体何を考えている? まるで分からない。

 しかもこの俺が、恐れにも似た感情を抱かせられるとはな……。

「だが……。面白ぇな」

 漆黒のジェネシスを持ってるヤツは、面白いのが多い。透も、あの女も。

 面白い奴は多ければ多いほど良い。

 俺はこれから為すべきことが、少しだけ分かり始めてきた気がした。

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