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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第13話 ゼロの帰還③【ゼロ視点】


 《自在転移》――ジザイテンイ――


「何があったの?」

 白いネグリジェの女が、俺と透の前に唐突に現れる。

「少々トラブルがあってね。だが解決したよ。君はどうしてここに?」

「……嫌な予感がしてね。あなたも蘇生体なのであれば感じなかったの? 骸骨が死ねば私達も道連れよ。理解してる?」

 女の視線には、ブラリと垂れ下がった両腕が赤黒く燃えて焦げていた。

「チャネリングを使用し、骸骨のダメージを私に分散させた。こいつが死にかけたと判断した私はチャネリングの量を広げ骸骨の痛みとダメージを肩代わりし、両腕を犠牲にしたの。この判断が無ければ、骸骨は今頃死んでいたでしょうね。私とアンタとそこの男が無事ということは、こいつはまだかろうじて生きているみたいだけど」

 いばら姫は急いで骸骨の首筋に手を当て、異能力を発動した。


 《強制給餌》――キョウセイキュウジ――


 ジェネシスの腕が融解していき、淡く光りながら骸骨の身体を淡く灯す。骸骨の口内にまでジェネシスは侵入していく。

まるで鬼火のように骸骨を燃やしていくが、燃えた箇所が瞬時に再生されていく。

ついでとばかりに、いばら姫の両腕も燃え、再生していく。

「……《聖女抱擁》に似ているね。君も回復能力を使えたとは意外だ。君は秘密主義だからね、僕でも君の底は分からないという訳か」

「《強制給餌》は、私のジェネシスを分け、回復にも汚染にも使うことができる。回復として使えば、身体能力強化の再生力のみを極限まで上昇させる能力となる。そして汚染としての用途で使えば、対象者の心と身体を蝕んでいく。パープルジェネシスが身体に入ってくるのは、常人には耐えられない程の苦痛になる筈。要はこの力は、私と同じ色のジェネシスを持っている人間しか救わないの。同類以外は意味の分からない殺人衝動と背徳による性的快感の絶頂を繰り返しながら発狂して死ぬ。この力が毒になるか薬になるかは、私が決めるわ。あなたが悪しか救わないように、ね」

 いばら姫は意味深に微笑み、骸骨から離れる。

「さて、透。私たちの信頼関係に傷が入ってしまったわ。取り合えず私は“優しい”から、今はこれで勘弁してあげる」

 そう言って女は、右手を振り上げて思い切り透の頬を引っ叩いた。

「……っ」

 バチンと大きな音が響く。

「私、無能は嫌いよ。透、あなたは無能?」

「……済まなかったね」

「二度は無い。温厚な私をあまり怒らせないでね。……骸骨に何かあったらお前たちを殺すわ。透、SSSならば死なないなんて思わないことね。私はお前を殺す方法を十通りは思いついている。事実、脳のスペアが無ければお前は詰んでいた。私と骸骨の“価値”を見誤らないことね。価値を侮った人間は古今東西、悲惨な末路を辿ることになる。あなたがそうでないことを祈るわ。無能には死と破滅しか無い。私たちの王として君臨するのであれば、常に力を示しなさい。でなければ……分かるわね?」

 女は相当頭にキているのか、二発目のビンタを透にお見舞いすると、俺の方に近づいてきた。

「これをやったのはお前ね、駄犬。どうやら調教が必要みたいね」

「んだ、テメェ、さっきからウルセェな」

「……はぁ、頭が悪そうねお前。私、馬鹿と無能が心底嫌いなのよね。生きてる価値がないから。……もう、殺しちゃおうかしら。お前達の遊びには付き合い切れないから」


 《刹那淫夢》――セツナインム――


 いばら姫と呼ばれた女の背中から日本のパープルジェネシスの腕が具現化し、俺へと延びていく。直感的に死を予感した俺は、異能力を発動。


 《紫電一閃》――シデンイッセン――


 空中に黒き稲妻を具現化し、腕を切り裂く。


「ちっ、面倒ね。ヒコ助と一緒ね。馬鹿だからこそ力だけは異常に強い。……あまり使いたくなかったけど、まぁ……いいか。これで終わりよ」

 いばら姫はそう言って俺を指さす。


 《完全再現》――カンゼンサイゲン――

 《五感奪取》――ゴカンダッシュ――


「指定、視力」


 瞬間、視界が暗転に包まれる。なんだ、この能力は。ヤバい。

 「ちっ」


「キルキルキルル」

 あの女の位置は視力が無くても覚えている。一瞬で殺してやる。


 《処刑斬首》――ショケイザンシュ――

  

「血気盛んだね、君たちは。本当に手を焼かされる。流石にこれ以上は見過ごせない。そこまでにしてもらうよ、二人とも」


 《多重展開》――タジュウテンカイ――

 《審判乃剣》――シンパンノツルギ――


「がはっ」

「くっ」

 俺の腹部に何かが貫通し、暗転していた能力の効果が解け、視界が開ける。

 いばら姫と呼ばれた女の腹部に、黒い剣が貫通していた。

 黒い剣は荘厳な存在感があった。武具としてではなく、儀式的というか、神具としての存在感に近いものを感じる。

 そしてそれに刺されたのはどうやら、俺もそうらしい。腹部に貫通した痛みがある。そしてどうやらこの剣の効果は、ジェネシスの発動を阻害するもののようだ。

「《審判之剣》に刺された者は数分は能力はおろかジェネシスの発動が一切出来なくなる。確かに僕にも非があったことは認めるが、少しは頭を冷やすと良いよ。僕も君の二発のビンタでかなりクールダウンできたことだしね」

 叩かれた頬を赤くしながら、にこやかに透は微笑むが、いばら姫は悔しそうに唇を噛む。俺も同じ気持ちだ。初対面から散々だが、初めて俺とこの女はこの瞬間だけは同じ感情を抱いているのかもしれない。

「透、アンタ私まで……このネグリジェ、予備が少なくてお気に入りなのに血の跡が残っちゃうでしょう……」

「まぁまぁ、君もビンタしてきたことだし、お相子にしてくれ。それに骸骨にねだればいいだろう。すぐに買ってくれるさ。君の頼みを彼は何よりも優先するんだから」

「ちっ……」

「ふぅ、やれやれ、疲れちゃったよ。花子も君もゼロも暴れ過ぎだよ。部屋が滅茶苦茶じゃないか。もう少し、落ち着けないものかな。血の気が多いのは、若いからなのかな?」

「……アンタも相当だけどね」

「フッ、それは否定しないが」

「それにしてもこの剣の能力は、初めて見たわね。アンタ、普段からどれほどの力を隠してるの? 滅多に能力を使わないでしょ。必要最低限しか」

「僕は労力を最低限に抑えておきたい性分でね、あるからといって思うがまま力を使ったりはしない主義なんだ。資産家だからといって、毎日豪遊しないのと一緒さ。堅実が一番だと思っているよ、少なくともジェネシスに関してはね」

「この剣……何を象徴しているの?」

「《審判之剣》かい? 今の僕にとっては無用の長物だが、自己分析した結果、これは……“正義”を象徴する物だよ。まぁ、恐らくだが、記憶を失う前の僕は“正義”というものを追い求めていたのだろうね。その残骸のような感情が僅かにどこか僕の心の中に残っていて、それがこの力の源なのだろうと思うよ。強制的に和平を実現する能力なんて、僕らしくないと思うだろう?」

「ふっ、悪を愛するアンタが正義……。滑稽ね」

「君は、正義の女神を知ってるかい?」

「……まぁ、有名よね。テミスだかユースティティアだか、目隠しをした女が、天秤と剣を持ってる石像をどこかで見たことがあるわ。それが?」

「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力。そして目隠しは相手を差別しない平等を意味する。それが正義の女神に対する解釈だ。だが……僕は全く別の解釈をしていてね」

「というと?」

「どちらの悪がより重いか、必要な悪の重さを測っている……と僕は思っている。目隠しをすることによってバイアスを克服し、平等を実現するという解釈は僕と同一だが、天秤と剣に関しては違う。社会にとって必要かそうでないかという尺度で、より軽い悪を剣で裁き、より重い悪を救済する。この世界に悪しかないのであれば、必要な悪の重さが軽い方を断罪し、重い方を救済するのが合理的だからだ。それが僕の解釈であり、悪の救済という僕の思想のルーツとも言えるかもしれない」

「……」

「平等で公平で道徳的な真の正義など存在しない。人間の本質は悪であり、人間である以上、自らの悪の本質からは逃れられない。人が人を裁くことそれ自体が間違いで、裁く人間の内側にも醜い悪性がドス黒く存在する。隠し、見せないようにしているだけで、どんな美しい人間の内側にもおぞましい醜悪な姿が隠れているのさ」

「つまりは女神そのものが穢れているってこと?」

「まぁ本旨はそうではないけれども、その認識も合っているからそれでいいさ。どうせ雑談だしね」

 透はパチンと指を鳴らすと、俺といばら姫の腹部に刺さっていた《審判之剣》が消滅する。

「ゼロ、君は起き抜けだし、色々言いたい事や知りたい事があるだろうけれども、今後は無暗な暴力はご法度とするよ。そうだね、今のこの場で伝えておくべき重要なことは、君を蘇生した骸骨が死ねば、君も死ぬ。まぁ、僕といばら姫もそうなんだけどね。だから君はどんなに不本意でも、生きたければ骸骨に死なれてはならないのさ」

「……骸骨ってのは、そのぶっ倒れてる眼鏡の男か?」

「ああ、そうだ」

「……俺が本気で抵抗すればこいつは燃え死ぬのか?」

「原理はよく分からないが、さっきの様子を見るに、そういうことなんだろうね」

「こんな雑魚が俺の主ってか? 笑えない冗談だ」

「冗談ではないからね」

「俺は…………」

 よく分からない。これから何をすべきなのか。そもそも自分が何者なのかすらよく分かっていない。何か、大切なことを忘れているような気もするし、どうでもいいことなのだとも思える。

「君の欲望を明らかにする必要がありそうだね。君は何をしたいのか。暫くは君の人生相談にでも乗ろうか。お互いに退屈しのぎになると思うよ」

「……まぁ、いいだろう。どうせ暇だしな。暫くはテメェらに付き合ってやるよ。ただし、殺気を向けて来たら容赦なく殺す。俺は敵味方の分別とかねぇから。そこの男以外は殺してもいいってことだろ? 結論としては」

「………先が思いやられるが、メンバーには君に殺気を向けないよう通達しておこう。いきなり斬り殺したりとかはやめてもらいたい」

「だりぃな」

「…………」

 いばら姫とかいう女が凄い目で睨んできたが、無視しておく。

「だから、殺気は駄目だって言っただろうに」

「睨んだだけよ」

「はぁ、じゃじゃ馬ばかりで参る」

「アンタが寄せ集めたんでしょうが」

「みんな仲良くしてもらえると嬉しいんだが……」

「アンタがトップに君臨する限りは無理でしょうね。仮にアンタが退任したとしたらこの組織は一瞬で空中分解するだろうし、諦めなさい」

「とまぁ、こういうメンバーばかりではあるが、誰かを殺す時は僕に一言言ってからにしてほしい。これ以上希少な人材を失う訳にはいかないからね」

「なんでいちいちテメェの許可なんぞ……」

「…………」

 いばら姫の視線の圧が凄まじいが、やはり無視しておく。

「譲歩してやるよ。その代わり毎日美味い飯を食わせろ。お前らが生きててもいいと思える価値を俺に証明し続ける限りは、生かしといてやるよ」

「…………」

 いばら姫が無言で笑顔を痙攣させてキレかけていたが、透が宥めて止めていた。

 そしてその日から俺の専属料理人はヒキガエルになった。一番最初、何故か人肉料理を作ってきたのでこんなもん食えるかと料理ごとヒキガエルを蹴り飛ばしたら、次からは普通の料理を作るようになった。普通に美味かったが、一体どうなってんだ? この組織は……。イカレたやつしかいねぇんだが。生前の俺はこんな奴らとつるんでたのか……。

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