第13話 ゼロの帰還②【ゼロ視点】
「……想定をはるかに超えたじゃじゃ馬のようだね、君は」
白い髪の青年は苦笑を浮かべ、俺をじっと観察した。
だが、底冷えするかのような怒気を感じる。この男、笑っているが凄まじく怒っている。
その目を見返すと、底が無いほどの漆黒。……大して人間を知らない俺でも、一目でこの男の異常性を察する。同時に、親近感も覚える。
――――この男は殺せない。
殺人シミュレーションをしても、殺せるビジョンが見えない。一切の隙が無く、仮に一撃を入れられたとしてもこちらも甚大なダメージを被ることは確かだ。
俺は直感に従い、この場を観察するに留めることにした。
「ヒキガエル、花子を連れて下がりなさい。治療も忘れずにね」
「分かった」
「……わ、私は」
ヒキガエルと呼ばれた少年を睨み、屈辱に花子と呼ばれた女が歯ぎしりする。
「花子、僕に同じことを二度言わせるのかい?」
ゴミを見るような目で一瞥すると、花子は押し黙ってしまう。
「ジェネシスを手に入れても、強くなっても、君の本質は“力に焦がれる弱者”だ。ヒキガエルに同族嫌悪を向けて怒りを巻き散らすのも見るに堪えない幼稚な愚行でしかない。自分が弱いことを認めたくない。だから力を持つ者に焦がれる。僕や、彼に執着しているのが証拠だ。悲しいね、君はどれほど足掻こうとも力の無いただの“無力な女の子”なんだ。だから何度もこうやって地面に這いつくばるハメになるんだよ」
「透……」
透は冷笑を浮かべ、這いつくばる花子を見下ろし、血しぶきが飛び出している右肩の断面に容赦なく自分の手を叩きつけ、強く握る。
「ぐ、ぁあぁあああッッッ」
「はしゃぐのは良いが、その分君は強者から遠ざかるんだ。なりたいんだろ? 強く。ならば、君は君自身が弱者なのだと自覚しなければならない。強くなりたいと心の底から思えるのは、弱者だけの特権だからだ。強者は強さには焦がれない。ならば、君はこの痛みと共に自らの弱さを記憶に刻み込むといい。強く、永劫にそれを忘れないことだ」
「ああああああああああああッッッ」
花子は透に傷口に置かれた手に握力を加えられ、のたうち回る。透は花子の返り血を全身に浴びて血まみれになるが、気にしている様子はない。
「連れていけ、ヒキガエル。そして骸骨を呼んでくるんだ。いいね?」
「分かった」
ヒキガエルと呼ばれた少年は、花子と右腕を担いで、外へ消えていく。
「さて、待たせたね。君とはじっくり話をする必要がありそうだ」
「……お前、面白いな」
「どこか面白かったかい?」
「お前が、ボスってところか? この場所の」
「まぁ、そういうことになるだろうね」
「へぇ……」
透と呼ばれた男の全身をしげしげと観察する。気が変わった。
――――少し、試してみるか。
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
透の頭上から鎖を具現化し、首に巻き付け――――
「やれやれ、戦ったり力を誇示するやり方は、僕はあまり好きじゃないんだがね」
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
透は右手を軽くかざすと、
何故か見えない力に行く手を阻まれ、鎖がはじけ飛ぶ。
殺すつもりで本気でやったが、通じなかった。これは念力……サイコキネシスのような力……なのか?
「……俺の力を阻めるのか」
「ジェネシスを消耗すると眠くなるから、僕は日ごろからあまり能力を使わないようにしている。が、君相手だとそうも言っていられないようだね。だが君にあまり本気を出されても困る。僕と君がぶつかれば、お互いにただでは済まないだろうからね。さて、困ったね。骸骨が来るまであと少しか。この能力だけで君を抑えられるだろうか」
「何の話だ?」
「おいたが過ぎるようだね、という話さ」
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
「殺すつもりで、最大出力で行こうか。だが君なら耐えるだろうね」
「なっ、んだ、これは――――」
重力が増大し、押しつぶされ、ベッドがぶっ壊れて俺は床に伏せる。指一本すら動かせない程の圧力で、言葉も出ない。重力が突然100倍以上になったかのような圧力。
「常人なら今ので潰れたトマトのようになるんだが、君のジェネシスが阻む力も尋常ではないね。少しそこで大人しくしているといい。これに懲りたら、出合頭に人を斬るのはやめておくことだね」
「ちっ、クソが……よぉ」
もういい。様子見とか言うのはやめだ。殺そう。殺して、やる。
《丁々発止》――チョウチョウハッシ――
透の頭上に十本の黒き剣を召喚する。
思い思いに回転する十本の黒き剣は、全てが突きの形で透の身体を楔の如く貫かんと加速。《紆余曲折》に阻まれるが、それに抗いながら全力で加速させる。この一撃で仕留める!
《空中分解》――クウチュウブンカイ――
俺の十本の剣は透に触れることなく、粉々に砕け散る。
「……《紆余曲折》で減速させてもなお、この速さと威力。そして操作した分のジェネシスの消耗量……。まさか守りに特化した《空中分解》まで使わされるとはね」
「なん、だ、てめえ……その……強さ」
透は俺への《紆余曲折》の力を継続しつつ、しげしげと観察してくる。だが俺も少し慣れ始めてきた。最初程の苦痛は無い。これなら……。
「それはこちらのセリフだよ。ヒヤりとするようなことは今までの人生で一度も経験したことがない。どうやら君に殺されたというのは本当のことらしいね、今ので理解したよ。《絶対不死》を過信せず、真面目にやることにしたが、君相手ではそれでもまだ警戒が足りないかもしれない。確かに君ならば……僕を殺し得るだろう」
「……ごたごたうっせえよ。それにしてもお前……“運”が良さそうだな」
「……運? それがどうかしたかい?」
「――――くたばれ」
《運命之環》――ウンメイノワ――
俺の頭上に小さな黒いジェネシスの輪っかが現れる。
俺の持ち運は「マイナス10」。最悪の値だということは分かっている。俺はこの能力の本質を使う前から理解していた。
俺は透を指さし、宣言する。
「カウント」
透の頭上に表示された数字は「9」。最高値が「プラス10」、最低値が「マイナス10」、中央値が「0」であることを考えると、「9」という、こいつの運はとびぬけて高い。
「リバ――――」
「――――全能力の使用を停止、及び攻撃を禁止する」
低く宣言された男の声とともに、俺の能力の全てが掻き消される。
「はぁ、はぁ、走りましたよ。ヒキガエル君のビビリ顔と花子ちゃんのやつれた顔を見て飛んできました。運動不足の身には堪えますね」
黒ぶち眼鏡の好青年が部屋に入り、ぜぇはぁと息を整えている。
「間に合ったようでよかったよ、骸骨」
透から殺気が消え、《紆余曲折》が解け、重圧から解放される。
「《冒涜生誕》の効果が発揮できたようだね」
「まぁ、こう見えてネクロマンサーなものでしてね。おかげさまで、力も戻りましたよ」
ヘラヘラと突然現れた男は笑う。それが癪に障る。
「……今、俺に、命令したのか?」
あの男に命令された瞬間、俺の力が無力化された。俺の身体の占有権を持っているということだ。許せない。怒りが……怒りが止まらない。
「俺を支配していいのは俺だけだ」
全ジェネシスを解放する。死んでもいい。この身体がぶっ壊れたとしても――――
俺は命令を無視して自らのジェネシスを放出する。ジェネシスがドス黒く燃えはじめ、骸骨と呼ばれた男が身を震わせる。
「《命令》を突破しただと……? そんな死体は今までいない……っ。ぐ、あああ」
骸骨の全身が黒い炎で燃え始める。俺も燃えているが、関係ない。こいつごと燃やし殺してやる。
「ジェネシス発火現象……。従者の死体が抵抗すると、所有者の命も危うくなるのか?」
「と、透さん、見てないで助けてくれないですかねぇ?」
骸骨は燃えながら脂汗をにじませて、透へ手を伸ばす。
「あ、ああそうだったね」
透はつかつかと俺へと歩みを寄せ、手を差し伸べてくる。
「見ての通り、今の君の主は骸骨であり、身体の自由は骸骨が所持している。だが君が本気で抗えば、その所持者である骸骨もただでは済まないらしい。君と骸骨、両方が死ぬことになる。君の気概は買おう。だがこんなところで死ぬのはつまらないと思わないかい?」
「……なにが、言いたい」
黒い炎の中で、妖艶に透は微笑む。
「君を正式に仲間として歓迎しよう。君と友達になりたい。君は僕らを利用するだけすればいい。君は生きる為に、僕は僕の目的の為に。どうだろう、ここで無駄死にするよりは悪い話ではないと思うんだが?」
「…………」
一瞬の躊躇の末、俺はジェネシスの放出をやめる。骸骨は黒焦げになり気絶しながら床にぶっ倒れ、俺も地面に両手をつく。マジで……自分のジェネシスで死ぬところだった。汗が止まらねえ……。
「上位ランカーを下位ランカーが無理やり支配した代償か。まぁ仕方ないね、あとでヒキガエルに治させよう」
透は黒焦げになった赤黒い骸骨を一瞥すると、床へ倒れる俺へ手を差し伸べた。
「契約成立だ。僕は透。そして君は今日から――――」
透は天使のように優しく微笑する。
「――――ゼロだ」