第12話 Gランクプラン㉝【白雪セリカ視点】
「またウジウジして。じゃあ仮に信じられなかったとして、これを上回る具体案があなたに出せるの? 赤染アンリも。未来を部分的にしか知ることができない私達に迷うなんて贅沢は許されない。迷うぐらいなら行動してその中で活路を見出しなさいよ。私の主ならこれ以上無様を晒さないで。迷って弱気になればなるほど、私の目から視てあなたの死はより濃くなる。それだけは言っておくわ」
ぴしゃりとシスターに言われ、私の猜疑心が鎮まる。
「ご、ごめん」
「私も、迷わせるようなことを言って悪かったわ」
「セリカは馬鹿なんだから、リスク管理とかの頭脳労働はアルファや、アンタが担当して。どうしても必要な時以外はね」
「肝に銘じるわ」
「いや、そこは馬鹿って部分を否定してほしかったな……」
私が苦言を呈すと、アンリは困ったようにニッコリと、シスターは泰然とした面構えのまま黙殺して一蹴した。私の立ち位置……。
「まぁ、せっかくだし、リスク管理について少し話しましょうか。特にセリカは保守主義だしリスマネとは相性良いと思う。これはどんな時でも役に立つと思うし、私を含めあなた達のどちらかがヒキガエルを殺す時に役に立つと思うわ」
アンリが場を仕切り直すように、空中に血文字を書き始める。
「リスクに対するアプローチには、大きく分けて4つがある。厳密に言うと5つ目のエスカレーションっていうのがあるけど、今回は省くわ。なんかのビジネス書を暇つぶしで読んだけど……なんだっけな。PMBOKとかいうやつかしら」
アンリはそう切り出した。
①リスク受容。
リスクに対し、何もせず受け入れるというアプローチ。リスクに対する対応で生じるコストが見合わない場合に行う。軽微なリスクに対して有効。
②リスク低減。
リスクに対してコストを惜しまず対応する。リスクに対するコストが見合うのであれば有効。
③リスク転嫁。
自己が保有するリスクを第三者に移すこと。分かりやすい例で挙げると、車を運転することによって生じた事故に対する賠償責任を保険会社に持ってもらう等。あまりにも大きすぎるリスクで自分では背負えない場合は有効。
④リスク回避。
リスクが生じるような行動、場面から自身を遠ざけ、逃げること。パワハラが怖いのでそもそも就職せず家に引きこもる、という選択的行動もある意味ではリスク回避と言えるかもしれない。
「ゼロリスク思考とは、自身の生活範囲で生じる一切のリスクをゼロにするという考え方。つまりは④のみに特化し、①~③のリスク管理をしないということでもある。もしヒキガエルがゼロリスク思考であるならば、リスク回避させることで罠に嵌めるよう誘導するか、リスク回避できない状況まで追い詰めるか、この辺りになるかしらね」
淡々と語るアンリに、戦慄すら覚える。
「……」
えげつない。怖い。けど頼りになる。アンリとは、もう二度と敵対したくないと心の底から思う。保守主義にとって、リスク管理の考え方を逆手に取られることは恐怖でしかないから……。
「で、赤染アンリ。このロジックツリーにもそのリスク管理の考え方が組み込まれていると?」
「セリカがSSSになるというリスクを受容しているように見える。だから、さっきちょっと言ったのよ」
「なるほどね。確かに透やゼロと向かい合ってこの先あなたの潔白の色をこのまま維持できるかは疑問ね。ただ、その対応策は明日までに間に合いそうなの?」
色々時間を消費し、最初の死亡フラグである黒い雨まで、あと24時間程度。睡眠8時間の枠も引けば、16時間程度しかない。どこまで戦術を用意できるかは、苦しいところだ。
「ダウングレード戦略を信じるのであれば……問題ない筈だよ」
運命に抗うのでもなく、
受け入れるのでもなく、
逃げるのでもなく、
運命を――――“利用”する。
因果の糸という濁流の中で、神をも恐れぬ傲慢な意志が、この戦略の中には宿っている。根拠は……無いけれど。
「まぁ、確かにダウングレード戦略は私でも思いつかないシロモノ。これ以上のものは用意できないし、万が一ほころびがあるのであれば私たち自身で修正すればいい。ただ、それならそれでいくつか聞いておきたいこともあることは確かね」
「というと?」
私はアンリに尋ねる。
「さっきあなたの全体の異能力を見させてもらったけど、発動しない異能力があったわね」
「《起死回生》と、《白夜月光》と《残留思念》と……だね。《色即是空》は効果が分かってるしジェネシス惜しさで敢えて使わなかったけど」
「《起死回生》と《色即是空》は良いとして、《白夜月光》と《残留思念》については一切不明。あなたはこの能力の効果を分かってるの?」
「《白夜月光》については、正直あまり分からない。ただ、何かを“相殺”する異能力であることは確信してるよ」
「相殺?」
「相手が何らかの異能力を使う時だけに使えるっていう限定的な力。相手が使ってこないことには分からないかな。相手の100の力を無理やり50に抑えるみたいなイメージ」
「なるほど。《残留思念》は?」
「これは……《守護天使》と少し似てるかもしれない。保存して記録する為の力。ただ、貯まっていることは分かってるんだけど、出し方が分からない」
「口座にお金を入れたのはいいけどATMで引き出せないみたいな感じ?」
「うん、そんな感じ。何が保存されて記録されているのかもよく分からないし、こっちの意思では引き出せないからどうしようもないね」
「自分自身で操れず引き出せないのに“何か”が保存されている。気持ち悪いわね……」
「そう、だね……。言われてみれば」
「ジェネシス発火現象についても分かってないし、本当に底が知れないわね、この力は。透明なんて色もあるらしいし」
状況説明する際に、クリアジェネシスの変色とその時に聞こえた声についてアンリに話したところ、アンリも自身のジェネシスが異能力無しで燃えるという経験をしたという。
「さて。使える時間はあと16時間程度、か。よし、最後にチャネリングの練習をして、これからのことをおさらいして寝ましょう。それでいいわね」
「え、まだ訓練するの……?」
「気合よ、セリカ」
「まぁ何とかなるでしょ」
呆然とする私を前に、二人は平然と頷き合っている。
「これ終わったら、ご飯、食べる……」
眠い目をこすりながら、私は再び訓練に明け暮れつつ、思いを馳せる。
先輩は今、どうしているだろうか……。眠っているのだろうか。
記憶を失っても、先輩は先輩だ。
私は……先輩を取り戻す。
どんな手を使ってでも、何を犠牲にしてでも、絶対に、取り戻す。
――――いつか、必ず。