第12話 Gランクプラン㉜【白雪セリカ視点】
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……さすがに鬼畜過ぎるんじゃないかな。シスター。アンリも」
起き抜けなのにまた修行みたいなことをして、再び睡魔が襲ってきている。
今度の修行はジェネシスを使用した全力での模擬戦。異能力も全て制限なしの解禁で、三人で戦い合った。とはいっても、相手を殺すまでの火力は出さないようお互いに制限はかけはしたけど。しかし、二人とも鬼のように強い。模擬戦じゃなかったら私、死んでたかもしれない……。
シスターは猪突猛進で剛の強さ。
アンリは変幻自在で柔の強さ。
二人から学べる点は多くあり、シスターからはFランクの強みを。アンリからは異能力を使いこなす応用力をそれぞれ学んだ。
アンリのジェネシスの使い方はユニークで、私も参考にして異能力を組み合わせて全く新しい別の型を作る着想が湧いた。この力は追々何らかの形で生きるかもしれない。
「……意味のないことをさせている訳じゃない。ジェネシス切れを起因とした睡魔に対する耐性と、何度も気絶する経験をすることによってジェネシスの限界値を感覚的に知ることには大きな意味がある。特に、《守護天使》発動前にジェネシス切れで気絶することだけは避けなければならない。あなたも何度も気絶した経験をしたことで、自分の限界がどの程度なのかはそろそろ学習できているんじゃない?」
シスターも流石に疲労の色を隠せないのか、濡れタオルで体のあちこちの汗を拭きながら、淡々と尋ねてくる。
「そ、そういえば……確かに……」
無意識に気絶しない程度の調整はするようになった。アンリの節制訓練の成果もあってか、いつも全力で戦う悪い癖は無くなっていた。加減できる時には加減してジェネシスの消耗をなるべく抑える、それが長期戦では重要な考え方だと今なら理解できる。
「シスターって、実は色々考えてたんだ」
「……まるで私が何も考えてないと今まで思ってたみたいな言い回しね」
「だ、だって。いつも気合とか根性とか努力とか言うし、行動ありきな考え方だし。理論より実践派だし……」
「悪かったわね、体育会系で」
「いやいやいや。シスターの視点には気付かされるところも多いし、別に嫌味で言った訳じゃないよ……」
「あっそ」
「もぉ、機嫌治してよ……」
「別に、怒ってない」
「怒ってる人はみんなそう言うんだよ……」
シスターはなんだかんだで大人なので、怒ってはいてもすぐに鎮静化してくれる。短い付き合いではあるけど、シスターのことはなんとなく分かっていた。
「それにしても……このロジックツリー? っていうやつ、なんだか初めて見た気がしないんだよなぁ」
アンリが記録として残す為に壁に転写した血文字の数々。初めて見た時はホラーじみて怖かったけど、今は冷静に見つめることができる。
ロジックツリー、存在すら知らなかったけど、どうやら問題解決の糸口を探す時に使う思考ツールらしい。こんなの学校で教わらないのに、よく知っているものだと思い感心した。いや、今はそれは置いておいて、本題は……。
「……まるで、輪っかみたいだね」
ずっと思っていたことを、ぽつりと呟いた。
「輪?」
シャワーを浴びて帰ってきたアンリが、首を傾げて私の言葉に食いついてくる。
「《起死回生》で運命をやり直す。でも死んだ起点がある訳で、時間としてはその起点の前に私たちは今いる訳だよね。なんだか、行って戻ってきて、輪みたいだなってさ」
ロジックツリーは直線で描かれているが、《起死回生》の巻き戻りを矢印を使って書こうとすると、曲線の矢印になる。そして結局元の時間に戻ることを考え、その動きを曲線で描くと、ちょうど輪のような形になるのだ。
「輪、ね……。でもそれを言うのであれば、環の方が正確かもね。環る、という意味があるから。行って戻ってくる意味で、還るという解釈もできるか」
ふむ、とアンリは壁のロジックツリ―を見つめ、顎に手を当てて考え込んでいる。
「ねえ、セリカ。あなたは……このロジックツリーを見て、どの部分が失敗だったと思う? 直感で答えてみて」
「え? うーん……そうだな」
ロジックツリーにはこれから起きるであろう出来事の可能性が網羅し、分岐点まで正確に描かれている。
「……ごめん、分からない」
六つの死亡フラグも、Gランクの成就も、問題ないように思える。何も憂いる必要はなく、このまま直進すればそれでいい。
――――その過程で赤染アンリも百鬼零も死ぬかもしれません。ただそれは些末なことです。全ては《予定調和》。ここは待ち合わせ場所。もう一度あなたは、この場所までたどり着きさえすればそれでいい。私との、最初で最後の取引です。存在しない筈の4周目を作ってあげます。私が、あなたを殺してあげましょう。私自身の願いの為に……。
頭痛が一瞬走り、ノイズとともに誰かの声が再生される。が、一瞬過ぎてその記憶の根拠が分からない。
ただ、今のところ万事順調。それが私の直感だ。けれどもその考えはあまりにも楽観的過ぎて、本心をそのまま吐露することは憚られた。
「セリカ。敢えて今確認するけど、百鬼君を諦めるという選択肢はないの? 彼を諦めれば、全ての戦いから身を遠ざけ逃げるという選択肢も生まれる」
「……それだけはないよ」
「それはやっぱり、百鬼君が好きだから? それとも、彼を犠牲にして自分だけ生き残った罪悪感?」
「全部、ひっくるめて……だよ。感情がぐちゃぐちゃで、上手く言葉にできない。けど、私は先輩を諦めるつもりは無い。それは今までの全てを無駄にするあり得ない選択肢だから」
「……そう」
私の決意表明を聞いて、アンリは達観したような眼差しで私を見据える。まるで私の心の底を見通そうとするかのような……。値踏みとも少し違う。アンリもアンリなりに私の心を見通すことでGランクを探ろうとしているのかもしれない。敢えて口にすることでもないので、私は話の続きを始める。
「このロジックツリー、直感だけど、一番大事な部分は起点の部分だと思う。なんとなくだけどね」
「起点……?」
「時間軸における、一番最初のダウングレードして死んだ地点。ここが恐らくはタイムリミット。その時間が未来のいつなのかは分からないけど、その時間が私にとっての確定した死の未来なんだと思う」
私はその場所に行くことを、誰かと約束した気がする。
「そう。このロジックツリーは、途方もなく傲慢で、狂気すら計算に含む周到さを感じる」
誰がどう動くか。心という不確定要素を持つ人間を、ましてや複数の人間の心を深層意識と狂気まで完璧に読み、因果の糸を描き切るなんてことは常人には不可能だ。私の副人格、要の最終兵器デルタの心理まで読めないとこの設計図は書けない。恐らくそれは透でも不可能だろう。
「それには同意するわ。この設計図にはあらゆるリスク管理が組み込まれているしね」
「リスク……。ヒキガエルの好きな言葉だね」
「ヒキガエルはリスクが口癖だったの?」
「ヒキガエルはゼロリスク思考の塊だったよ。リターンよりも常にリスクから逃れることを第一に考えていた」
「それは良いことを聞いたわね。彼ともいずれは対決することになるでしょうし、対ゼロリスク思考に特化した戦略でも練っておくか……。それにしても、リスク。リスクか……」
「何か引っかかることでも?」
「このロジックツリーに感じていた違和感の正体について、少し見えた気がしてね」
「違和、感……?」
「はっきり言うけど、あなたにはSSSになる未来も可能性としてはある。百鬼君を切れない以上、ただ悪を断罪するだけという単純な立ち回りは出来ない。そのリスクに対する恐れを、この設計図からはまるで感じない。あなたがSSSにならないという確信があるのか、それともあなたがSSSになることが前提なのか。白か黒か、それがこのロジックツリーからは見通すことができない……」
「ダウングレード戦略そのものが、私がSSSになる前提で組み込まれている……と言いたいの?」
「飽くまで可能性としての話。初めは天才的に感じたダウングレード戦略だけど、深く考えて見直すと、善意にも悪意にも捉えることができる。もし万が一これが悪意で作られていた場合、Gランクプランは完全に破綻する」
それは、最悪の未来であり、最低の想定だ。
「このロジックツリーを一番最初に考えたあの子はまごうことなき天才だと思う。でも、能力があるからといって信じられるかどうか、それはまた別の話」
どんな力も、良い事にも悪い事にも使うことができる。得体のしれない計算力には頼もしさと同時に、不気味さがある。この先の未来を完璧に計算できたとして、それを意図して私の破滅に利用しようとすることも……可能だからだ。
「信じられるの? あの子を」
この先の未来を、Gランクを目指して進むのであれば……私は選ばなければならない。信じるか、信じないかを。
“百鬼結”を……信じられるのか……。
「私は……」