第12話 Gランクプラン㉚【赤染アンリ視点】
私はアルファと《未来予知》の情報をベースに作戦会議を練った。
アルファは頭の回転が速く、私が訊くよりも前に、質問とそれに対する回答を先出しで言ってくれるので、6つの死亡フラグへの対策もある程度は立てることができた。とはいっても、“ある程度”の域を出ない。
「アンリさんは凄いですね。まさかたった一時間ほどで作戦立案ができちゃうなんて思ってもみませんでした。確かにセリカがあなたの蘇生に執心していたのが分かります。あなたがいれば、《赤い羊》とも対等に渡り合えるような気がしてきました」
「とはいっても……この戦略は穴だらけ。どれだけ突き詰めたところで、机上の空論でしかないし、致命的な欠陥がある」
「透と、ゼロですか?」
「それはもちろんそうだけど、《赤い羊》がどう動くのかが読み切れない」
「ああ、シスターが言っていた情報戦、というやつですね」
「……」
《未来予知》は自らの死ぬ未来を知ることができる。未来の情報を知れるのは大きなアドバンテージだ。死亡フラグという未来を予知し、備えることができる。
但し、それは相手が未来の情報を知ることができないという前提が必要となる。
相手も何らかの手段で未来や、それに類する情報に対して収集できる手段があった場合、必ず“読み合い”になる。私たちの陣営で未来の情報を握れるものは、《未来予知》と《起死回生》しかない。《未来予知》は死ぬ直前の情報のみで、《起死回生》は記憶を失っているので殆ど情報は得られない。情報量として考えれば、私達は圧倒的に不利だ。
「確率と運……ね」
「はい」
百鬼くん改め、ゼロの運を操作する能力。
いばら姫の、あらゆる行動に対して確率を計算する能力。
《赤い羊》には、その二つの情報操作の能力があるらしい。
ゼロといばら姫が協力してセリカの運を何度も調整して減算し、殺す未来も、死亡フラグの一つとのこと。
彼らによって、《未来予知》の精度が格段に下がってしまうらしい。セリカの死亡フラグが6つに分裂しているのも、《起死回生》の繰り返し以外にも、彼らの能力が要因だと考えられる。
「《運命之環》と、《全理演算》についてどこまで分かってる?」
「大したことは何も。《運命之環》は運を操作できる、《全理演算》は確率を観測できる、これしか分かりません。何分、死ぬ直前のことしか見れませんから……彼らの未来の言動、能力を使用したタイミング、効果、実際の死に方から推定しているに過ぎません」
「…………」
仮に、仮にだ。
セリカが何度もタイムリープしており、それが計算によって成り立っているのであれば、ある程度は私達にも勝ち目はある筈だ。
何故なら消えた未来でセリカは《赤い羊》を倒している筈だからだ。一度倒した相手であるならば、何度でも倒せる筈。それこそ、決められた運命のように。その運命を乱し得る不確定要素こそが、最大の懸念要素とも言える。
「セリカには6つの死亡フラグは脅威にならないなんて言っちゃったけど……少し強がりが過ぎたみたいね。軽く考え過ぎていたかもしれない」
こちらの行動修正に対して相手が行動修正してくれば、一気に難易度が跳ね上がる。向こうがお馬鹿さんばかりなら助かるけれど、知略に長けた者もいると想定すべきだ。
「攻略の糸口は見つかりそうですか?」
「さぁて、ねぇ……」
ダウングレード戦略が綿密に計算されているのだとしたら。
私達の読みと、《赤い羊》の読みが衝突した時に発生する不確定要素すら計算に組み込まれている筈だ。
それは例えるのであれば、盤上からチェス盤を眺めるかのように。
二つの国の戦争を高見から見下ろす神のような視点で、ロジカルに設計していると考えるべきだが……。
私は血液を操り、空中に文字を投影する。
「何を書いているんです?」
「ロジックツリーよ。終着地点から全てを逆算して過程を割り出す。分岐点含めて全ての可能性を洗い出すのよ。勿論、終着地点はセリカのGランク到達」
「《全理演算》を異能力を使わずに独力でやる、ということですか?」
「その通りよ」
「なるほど。確かにそれは有効ですね。ただあなたにしかできなさそうです」
「ただ、Gランクが見えてこない。だから終着地点そのものが間違っている可能性はぬぐえないけどね」
「セリカのGランク到達は全てのゴールと言えます。そこに至る過程が不明であるにしろ、確率でも分かるのであれば有効でしょう」
「このイカレた設計図を考えたヤツを直接問いただしたいわね……全く……」
あの子の顔を思い描きながら、悪態を吐く。
ロジックツリーは終着地点と、過程A、過程B、過程の派生C、過程の派生D,というように、過程を四角で囲み、それぞれを線で結んでいくことで結果の為の行動を明確にする考え方だ。重要なのは、過程の派生。営業成績が問われるビジネスでよく使用される視覚的ツールではあるが、今回の場合は運命の設計図とも言えるかもしれない。我ながら詩的で苦笑したくなるが。
重要なのは、運命の分岐点とも言える小さなターニングポイントの数々だ。
そこに対するアプローチ次第で、私たちの運命は正にも負にもなる。ここが私たちの弱点でもあるし、逆に強みでもある。
「……不可能、ね」
「不可能とは?」
「これが仮に完璧に計算されていたとしても、過程は必ず分岐する。その分岐がどちらに流れるかまで計算するのは不可能……」
「でも、未来の情報を持っている者が過去をなぞる形でこの設計図を描いたとしたら、そこはある程度完全性があるのではないでしょうか?」
「…………」
未来を知らない人間が描くロジックツリーと、未来を知る者が描くロジックツリーは絶対に異なる筈だ。情報量が違う。確かにアルファの言う通りか……そこは。
「完全性があるとしても、同じ現実をなぞるのでは意味がない。過去を変える為にやり直しているのだし」
「であれば、この設計図を描いた人間は“どこ”を修正しようとしたんでしょうか?」
「どこ?」
「修正箇所が一つなのか、複数なのか、全部なのか。修正箇所によって、設計図の精度が変わってきますよね? 修正ポイントがどこか目安がつけられれば、私達もだいぶ動きやすくなる筈です」
涼しい顔して、私の盲点をこの子は突いてくる。
「……全く、化け物ばかりで嫌になるわね」
赤いロジックツリーを眺めながら、私は半笑いを浮かべる他なかった。