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±0  作者: 日向陽夏
第1章 殺人カリキュラム【前】 処刑斬首編
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第1話 殺人カリキュラム⑲


      ♦♦♦


 遠い記憶。赤いランドセル。放課後。ウサギ小屋でウサギをハサミで殺した少女の後ろ姿。

 日曜日の昼頃。俺は学校に忘れ物を取りに行って、ウサギ小屋で”その少女”と出会ったのだ。

「……見たわね。このこと、先生に言う?」

「いや、別に言うつもりはない」

「嘘よ。そんなの信じられない。だって、こんなの見ちゃったら絶対言うでしょ。みんなそう、そうやって私を悪者にして、苛めるの」

「嘘を言ったつもりはない。このことは誰にも言わない。信じなくてもいいが、お前にもう選択肢はないと思う。俺がチクろうがチクるまいが、お前はもう何もできない」

「……」

「それに、生き物を殺すのは俺もやってた。今はもうやってないけど」

「え? なんで、なんでそんなこと言うの……」

「お前、自分が特別だと思ってるだろ」

「そ、そんなこと!」

「俺も自分のことを特別だと思ってた。生き物を殺すなんて、おかしいよな。でも、なんだかやりたくなる。隣のクラスの大坪ってやつも、カエルを遊びで殺して女子のランドセルに入れて先生にぶっとばされてた。大人はやるなって言うけど、異常だって言うけど、子供なら生き物の一匹や二匹、必ず殺してる。お前の場合、それがたまたまウサギだっただけだ。正しいことを、ただ正しいって言うのは簡単だ。けど、俺はそうは思わない」

「アンタ、変なヤツね……」

「そうか? 別に、普通だろ」

「名前……」

「なんだ?」

「名前! 教えて」

「俺は百鬼零。よかったら友達になろうぜ。お前は?」

「私は××」

「そうか。じゃ、俺はもう行くわ。セリカと、このあと遊ぶ約束してるんだ」

「セリカ?」

「ああ、弱っちいヤツでな、俺がついてないとすぐ泣くんだ。でも、悪いことを悪いって、ちゃんと言えるヤツだ。だから、俺も安心してあいつになら自分のことを全部話せる。あいつになら、間違ってるって言われても、ムカつかない。だから、虫を殺すのももうやめた。次は犬を殺そうって、思ってたんだけどな……」

「……」

「じゃあな、××。次会った時は、鬼ごっこでもやろうぜ」


      ♦♦♦


 ああ、そうだ。なんのことはない、ガキの頃の、とりとめもないありふれた思い出。名前を思い出せない、旧知の友。そんな関係、なぜ今になって思い出すのか。

「お前、は……」

 花子を見据え、名前を呼ぼうとする。だが、どうしても思い出せない。

 だが、リンクする記憶は一つじゃ無い。朝カーテンの外にいた女も、こいつだ。

 そして、子供の頃に会ったのも、ウサギ小屋の一度きりでは無い。暗い暗い林の中で、俺とこいつは何度か会っている。そう、そこまでは思い出せるのに……。

「…………」

 一瞬だけ悲しそうに目を細め、花子は微笑した。

「久しぶりね、零」

「ああ、ウサギ小屋の、だよな?」

「そこまでは思い出せてるんだ。少し、嬉しい」

 真っ直ぐな思いを口にされ、俺は戸惑いを隠せない。花子、と呼ばれている少女は間違いなく、ウサギを殺していた少女で間違いない。なぜ、今になって、透の仲間として、俺の前に現れた?

「アンタは、今、幸せ?」

 唐突に尋ねられ、俺は更に困惑する。だが、花子のあまりにも真剣なその瞳に気圧され、俺も真剣に熟考し、返答せざるを得なかった。

「ああ、幸せだよ」

 セリカがいて、結がいて、俺がいて、この平和な日常が永遠に続けばいいと思う。退屈で、平穏で、何もない。そんな静かな日々が、永遠に続けば、それ以上の幸福はない。

「……そう」

 そう寂しげに呟き、花子は俯いてしまう。

「?」

「ごめんね、先に謝っておくわ。私は、あなたをどうしようもなく不幸にしてしまうだろうから。こんな私、死ねばいいのにと思う。けど、どうしようもない。自分を、抑えられそうにない。だから……」 「……」

「アンタの言う”幸せ”を守りたいなら、死に物狂いで私を殺しなさい。それができないのなら――――」

 花子は覚悟を決めるかのように一息区切り、そこでまっすぐに俺の目を見た。その目は俺しか映っていない。奈落のような虚無の瞳。狂おしいほどの深紅の瞳は、冷たいナイフのように俺だけを見つめていた。


「全てを失い、私のモノになりなさい」


「…………お前の、モノ?」

 俺が問うと、花子は蠱惑的な笑みを浮かべる。ああ、そうだったな。こいつはいつだって、こんな風に微笑うのだ。そして、同時に思い出す。花子の、あの時の言葉を。


 そんな女、殺して埋めちゃえばいいんだよ。だって、邪魔じゃん。

 簡単だよ。見て、周り。この辺りなんて、沢山犬の死体が埋まってるんだから。

 犬を殺すのと人を殺すのは、違うだろ。

 おんなじだよ。だって、”命は平等”なんだから。

 命は平等なんだから――――。


「フフ、ハハハッ! お前の思想を思い出したぞ。”命は平等”だったな! 聖人や偽善者のセリフなら神託や戯れ言としか思えない! が、もしそれが殺人鬼や悪魔のセリフなら、それは究極の呪詛。全てを犯し喰らい尽くす破滅の言葉だ……」

 思わず俺は花子を冷笑したが、花子は不気味なほどの無表情で俺を見据え返すのみ。。

「これはゲーム。私が零を支配するか、あなたが私の命を犯し尽くすか。私が勝てばあなたは全てを失い、私のモノとなる。でもあなたが私に勝てば、あなたは自由と幸福を取り戻す」

 花子は淡々と、呟くように言う。だがその瞳は俺しか映していない。思わずゾクリとし、身震いと同時に欲情している自分を感じる。それほどに、狂気に身を委ねる花子は美しかった。

 狂気の瞳は、いつだって危ういほどに美しい……。そう、こちらまで狂ってしまうほどに。

「花子、お前が俺に執着しているのは分かった。だが、俺には俺で執着するモノがある。お前がその奪い合いをゲームと言うのなら、俺は絶対にお前には負けないと言っておくよ」

 花子の狂気に呑まれかけながらも、俺は自らの思いを花子へ伝える。

「零がセリカを殺した時、零は完成する。私と”同じ”になれる。でも、あなたは彼女を殺さない。殺せない。だから、零。私が、この手で、セリカを――――」

 花子の言葉は、過去の記憶とリンクする。その先は聞かなくても分かる。


 「殺」「――――す」「――――させない」


 花子の宣言に合わせて、即座に否定の言葉を俺も宣言する。そんな必死になる俺を見て、本当に愉しそうに花子は唇を三日月に歪めた。その蠱惑的な微笑が、どうしようもないほどにそそられてしまう。そんな自分もいる。

 ……悪魔のような女だと思う。だがそんな女を美しいと思う俺も、相当に終わっているのだろう。セリカより先にこの女と出会っていたら、俺はきっと――――

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