第12話 Gランクプラン⑰【赤染アンリ視点】
「私を……裁くのはおやめになるのですか?」
「今、現世で最も価値ある命をお前は救った。お前がどれほど殺そうとも、このたった一人の命にはそれを上回る価値が我々にとってはある。お前が救ったのが白雪セリカでなければ、そして馬鹿な答えを言えば問答無用で地獄に叩き落とす予定じゃった。運が良かったのぉ、お主」
好々爺は池を眺めながらそう言った。池の向こうにはセリカが映っていた。状況がよく分からないが、西園寺要と剣で戦っている様子が映る。だがどうやら本気で殺し合っている感じではなく、時々倒れそうになるセリカに西園寺要が手を差し伸べている。
「お主も見るといい。ここからは現世がよく見える」
「価値ある命。セリカが……ですか?」
「分かりきったことを聞くな。あの者の為に命を賭けたお主なら、一番理解できている筈だ。さて、暇つぶしは終わりじゃ。本題に入るかのぉ」
「……」
暇つぶしって……。私はさっき、相当追い詰められたのだが、この方にとっては戯れにも満たない些事らしい。
「敢えて明言してやろう。あやつは“失敗”する。いや、失敗を繰り返す、というのが正しいかのぉ」
「……Gランクになれないということですか?」
――――Gランク。
セリカからはっきりと説明を直接された訳ではないが、結と百鬼君が出てきた夢について話をしていたことを盗み聞きしていたので、記憶している。
Fランクを超えた高潔な精神性を獲得した人格者だけが到達できると。
「本来であれば、こんな流れになる事は無かった。透による悪の救済によって全ての人類はお互いに殺し合いながら、緩やかに死滅する流れじゃった。まぁ最後の救済措置として良心に特化したジェネシスにFランクという処置を施しはしたが、まさか本当に使いこなすヤツがおるとはなぁ。大番狂わせもいいところじゃよ」
「やはり、あなたがジェネシスを人間に与えたのですね?」
「それは答えるわけにはいかんの。あまり人間に知恵を与えるべきではないしな」
「…………」
唯一神、ではない……のか?
仮に死後の世界があるとして、いや、今がまさにそうなのだが、人ではない高位の存在がいるとする。それは唯一神ではない……のだとすると、いや、そもそも、世界は、そして神は――――
「答えんし、お主はここでの会話の殆どを忘れる。だからお主の思考は全て意味が無いことじゃ。なまじ優秀じゃからのぉ、お主は。会話が面倒じゃ。いちいち質問してきても答えんぞ? よいな?」
「……はい」
黙らされてしまった。
死後の世界があるとはっきり分かった今、知りたいことが沢山あるのだが、詮索は許されないらしい。
「では、ここであなたが私に何かお話になることに、意味はあるのでしょうか? 記憶には残らない……とおっしゃっていますが」
「意味は二つある。一つは意志だけは持っていける。二つ目は、一つだけ記憶を持って行かせてやる」
「…………」
「輪廻転生で記憶が消えることにも、意味はあるんじゃよ。なまじ記憶を持ったまま転生すれば同じ精神状態で同じことを繰り返し続けるだけの痴呆が出来上がるだけじゃ。だからこそ、意志だけは引き継げるようにしてある。まぁお主の場合は、転生ではないがのぉ」
「二つ目については、どういった意味でしょうか?」
「本来、儂に会った者には一つだけ質問をすることを許している。この姿ではない場合もあるがのぉ。お主の場合は黒へと至った訳でもなく蘇生前というかなり稀有なケースではあるが、白雪セリカを守った褒美として、特別に扱ってやろう」
「……一つだけ、ですか?」
「一つだけじゃ」
「何とか、二つ、お願いできませんか?」
「……図々しい奴じゃの。二兎追う者は一兎も得ずと知らぬか?」
「私が知りたいのは、セリカをGランクにする方法と殺人者は例外なく地獄逝きなのかの二つです」
「強欲なのは人間の業じゃが、それならもう少し頭を使うべきじゃのぉ」
頭を……?
ああ、なるほど……そういうことか。質問の仕方を変えるだけでいいか。
「セリカをGランクにする為に殺人行為を行った場合、殺人者は例外なく地獄逝きなのでしょうか?」
「Gランクについては一切答えることはできん。“存在しない”からのぉ」
「……御冗談、ですよね?」
「同じことは二度言わん。さて、じゃが、お主に言えることは一つじゃ。白いネグリジェの女に対し、《異能奪取》を使え。そうすれば手掛かりぐらいは見えるじゃろうて」
「……《異能奪取》、ですか?」
「本当に……本当に、特別じゃ。儂が人間なんぞに肩入れするとは……天地がひっくり返ってもあり得ん事じゃが……小僧との賭けには負けたからな。小僧の代わりにささやかな褒美じゃ。受け取るがいい」
……小僧? 百鬼君のことだろうか? 質問したいが、釘を刺されたばかりだ。
そう言って好々爺は人差し指を私の額に当てる。
私の額は黄金に光り輝いた後、嘘のように光が消えて静寂に戻る。
「……?」
「今は分かるまいて。じゃが、千載一遇の好機は必ず訪れる。それをものにできるかどうかは、お主次第じゃろう」
好々爺は意味深な微笑みを浮かべて私を見ている。
「……ありがとう、ございます」
「さて、強欲なお主の為に、殺人者は例外なく地獄逝きなのかについても答えねばなるまいな」
「……」
「もし例外なく殺人者が地獄逝きなのであれば、戦場で兵士として生きていた者達の子孫も裁かねばなるまいて。そして、それら兵士によって国を救われた者も、戦わずに全ての罪と悪を兵士に擦り付けた卑怯者も、その子孫も裁かねばなるまい。だがそれじゃと全員地獄逝きになり、地獄の意味が無いじゃろうて。なら地獄に意味を持たせねばなるまい。地獄に意味を持たせるためには、どうすればよいとお主は考える?」
「……罪と罰を定義し、重さを定義し差別化します」
「そうじゃ、それが答えじゃ」
「……それが答えって。それだけ、ですか?」
「フッ、はぐらかすようでスマンが、儂からはお主らが死んだ後のことについては多くは語れない決まりになっておるんじゃ。だが、これでは少々哀れな気もするし、そうじゃなぁ。では一つだけお前に土産をやろう」
「土産、ですか?」
「地獄については話せんが、現世で地獄逝きになる者の特徴について、少しだけ教えてやろう」
「……」
「お主らの国は“民主主義”じゃったのぉ。じゃが民主主義とは何じゃ?」
「多数派である国民の総意による意思決定が司法、政治、立法に反映されるという国家を運営していく上での決まりであり、システムそのものです」
「その上で聞こう。お主の国は本当に国民の総意が司法、政治、立法に全て例外なく反映されていると断言できるか?」
「…………」
猟奇殺人を犯した触法少年が少年法に守られ死刑にならず少年院で保護され、釈放されたこと。幼児を約百人強姦した男が死刑にならず無期懲役となったこと。
政治家の政治活動を官僚が独断で妨害した時、その官僚を民主主義として人事評価して反映させる選挙などの手段がないこと。
少子高齢化が当たり前となり高齢者に有利な政策ばかり行われ、シルバー民主主義と呼ばれていること。
まぁ例を挙げればいとまがないけれども、そもそも日本の運用の全てが国民の総意かどうかと聞かれれば、そうではないとは思う。
「民主主義なのに民主主義ではない。その矛盾を作り出した者と、それによって利益や快楽を貪る者……。民主主義という建前を以て国家の権限を己の利益の為だけに独占している者。それらに焦点を当てれば良い。善悪についての答えは言えんが、お主らが決めたルールと、そのルールに対して不誠実な者は人間の薄弱な知能でも“絶対悪”と定義できることは言うまでもなかろうて。ま、これはあくまでも一例じゃ。これ以外にもいくらでも地獄逝きの条件はある。敢えて語らんがのぉ」
「……なる、ほど」
「民主主義であることを思い出せ。それすら思い出せなくなったら、人間という動物は衆愚以下の奴隷……。いや、それにすら劣る家畜に成り下がるだけじゃ。それでも結局はお主らの在り方次第じゃがな……」
「良いお話を聞けました。ありがとうございます」
「さて、雑談は終わりじゃ。真っすぐにいけば門がある。そこをくぐれば、お主は現世へと戻ることになる」
「……戻っても、良いのですか? 肉体はもう……」
「行けば分かる。まぁ、せいぜい足掻くことじゃの。そうすれば……少しは可能性があるやもしれん」
そう言って好々爺は私に背を向け、また釣りを始めてしまう。もう話しかけられる雰囲気じゃない。お別れの挨拶も終わったようだ。
「……それでは失礼致します」
私は最後に一礼して、門の向こうへと駆け出した。もしまだ現世でやり直せるのなら、私の役目は山ほどあるだろう。こうしてはいられない。
「最後に大サービスじゃ。忠告をしてやろう」
門の向こうへ足を踏み出した瞬間、好々爺が静かによく透る声で何かを語り始める。門は淡く輝き、視界が歪み滲んでいく。
「――――白雪セリカに伝えよ。人間はどう足掻いても《全知全能》にはなれん。仮にGランクなるものが存在したとしても、人間が想像するような万能の力ではない。何故なら人間は自分の想像を超えるモノを創造できないからだ。“諦めろ”。儂から言えるのは、それだけじゃ」
私は何か言葉を返そうとするも、門の向こう側は何も見えなくなり、私の意識も掻き消えた。
全知全能、異能力名としては個人的には最高なんですけどね……。