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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第12話 Gランクプラン⑯【赤染アンリ視点】


 ――――他の生物と比べた時。“人間の価値”とは何か?


「フフ、ハハハッ! お前の思想を思い出したぞ。”命は平等”だったな! 聖人や偽善者のセリフなら神託や戯れ言としか思えない! が、もしそれが殺人鬼や悪魔のセリフなら、それは究極の呪詛。全てを犯し喰らい尽くす破滅の言葉だ……」


 唐突に、百鬼君が花子に対して放った言葉を思い出す。


 他の生物と比べた時、人間の命は同じという考え方。

 それが、“命は平等”だ。

 だが、本当にそうだろうか?

 先ほどの“お金”で人間の価値を測る話を振り返る。

 金持ちにとっての死と、貧困層にとっての死は、平等か?

 老人にとっての死と、幼児にとっての死は、平等か?

 自殺志願者にとっての死と、闘病患者にとっての死は、平等か?

 死は絶対だ。そういう意味では平等なのかもしれない。

 だが死を絶対ではなく、相対的なそれぞれの主観として“価値”を評価した時、命は平等ではなくなる……。

 “死の価値”は、人によって違うからだ。

 死の価値が違うということは、命の価値もまた違う……。そう考えるべきだ。

 何故ならこの世には、死を”救い”であると、プラスに捉える人間も存在するからだ。

「……」

 悪くない着眼点だが、視野が広がり過ぎている。

 もっと絞り込んでいかないとこの思考には決着がつかない。

 改めて自らへ問う。

 人間の価値とは何か?

 金か?

 ――――違う。

 それは、人が人の価値を証明する時に使う指標でしかない。

 それに私は、ヒコ助を殺す時に命の取捨選択をしたが、金のことなんて一秒たりとも考えはしなかった。

 それに、お金は“ここ”では何の役にも立たない。

 死後に持ち越せるのならお金にも価値があるのかもしれないが、それなら死体は例外なく札束を抱いて鬼籍に入るだろう

 もし、死後にも世界があるのなら、金には途端に価値が無くなる。

「だんまりじゃのぉ。そんなに難しい質問じゃったかのぉ? 世間話のつもりだったんじゃが」

「……っ」

 よく言う。私の回答次第では、地獄のような場所に送られる可能性もあり得る。

 やけくそに答えることだけは避けなければならない。

「あ、そうそう。“嘘”も駄目じゃ。思っても無いことを言ったらすぐに分かるからのぉ」

「……」

 まぁ、最初から嘘を言うつもりはない。浅知恵は即看破されると思っておくべきだ。

 ……だが、素直に答えてよいものかどうか。

 仮に素直に答えるなら、なんと答える?

 善行の数、か?

 割と良い線行ってるとは思うが……我ながら模範解答過ぎて気持ち悪い。何より、私らしくない。

 ……いや、初心に帰ろう。

 一番引っかかるのは、“他の生物と比べた時”という部分だ。

 なら一番肝心なのは、他の生物の解釈をどうするか。

 虫、動植物、他人、の内のどれかか、全てかだ。いや、あるいは……目の前の神のような存在に対して……か?

「…………」

 駄目だ、分からない。

 こうなったら、逆から考えよう。

 価値の無い生物の定義。

 知能が無い。生産性が無い。良心が無い。

 あるいは、悪行の数が多い……とかだろうか。間違ってはいない。だがピンと来ない。

 ……駄目だ。迷走している。

 更に発想を変える。

 “ここ”で何か役に立つものはあるか? 私は持っているか? 実行できるか?

 ……ジェネシス、か?

 イメージすれば確かに赤紫のジェネシスが溢れ出す。だが、そうじゃない。今この場で聞かれているのは、人間の価値であり、ジェノサイダーの価値ではない。

 駄目だ、どれも迷走している。

「じれったいのぉ。生憎儂はせっかちな性格でのぉ、待つのは大嫌いなんじゃよ。あと十秒で答えよ。それが出来なければ、お主と語ることは何も無いと判断する」

「……」

 考える時間も無いのか。

 更に思考を巡らせる。価値、価値……。

 人間は文明を築くことができる唯一の動物だ。建造物、学問、料理、例を挙げればいとまがない。

 他の生物にはできない唯一性があり、価値があると言えるだろう。

 であれば……。


「――――知恵、でしょうか?」


「ほぅ……。”知恵”か。本当にいいのか、“その答え”で? 一度しか答えることは許さんぞ? お主は一切の迷い無く、人間の価値は“知恵”だと、そう思うかね?」

 好々爺は目を細め、ニタリと意味深に微笑う。


 ――――違う。


 自分で答えてなんだが、知恵では……無い。

 人間の価値は知恵。間違ってはいないが、それは“サイコパス”の答えだ。

 知性だけが発達した昆虫のような思考と精神性を持つ者。

 人として生まれ、なのに心を持たず、人間のフリだけが得意なガラクタ。それが、サイコパスだ。サイコパスという人種に人間の価値を問えば、彼らは“知恵”と答えることだろう。例外もいるだろうが……大抵は答えを出す筈。

 けど私は……サイコパスじゃない。

「フフフ、初心に帰るが良い。お主は何故、ここにいる? お主は何の為に命を賭して戦い、死んだ? 思い出すがよい。金の為か? 知恵の為か? 慎重に答えよ」

「…………っ」

 冷静になれ。私は……人間の……価値は……。

 思考は再び迷走する。だが、もう時間が無い。

 なら、直感に委ねるしかない。

 思考を放棄して直感に全てを委ねるやり方は、好きじゃない。でも時に、直感は思考よりも速く最適解をはじき出だすこともある。ヒコ助との殺し合いをきっかけに、私は直感に頼ることが多くなってしまった気がする。

 目を閉じ、思考を完全に遮断。呼吸を深くし、私は唇を開く。

 ふと脳裏によぎったのは、セリカの後ろ姿だった。

 私が命を賭けて守り抜いた人。私が命を賭けるに値すると価値を見出した唯一の人間。

 なら、セリカの価値を一言で表すのなら?


「――――“心”かと」


「ほぉ……。“心”か、なるほどのぉ」

 好々爺は興味深そうに笑みを浮かべ、顎髭を撫でている。

「……いささか抽象的過ぎるが、まぁ質問自体が抽象的じゃし、よいじゃろうて。……して、では逆に、心が無い者には価値が無いと、そういうことで良いかの?」

 ……なるほど、これはしてやられた。価値とは何かを聞くことによって、その回答を逆算すれば無価値なものも同時に定義することができる。そうか、つまり私の答えの先にあるものは、サイコパスには人間としての価値が無い、と言えてしまう……のか。いや、実際私は本心でそう思っているが、私自身がそうではないことを証明することは難しい……か。

 認めざるを得ない。このお方は上位存在だ。

 私が知っている中で弁舌に最も強いのは透だが、このお方は次元が違う。

 この先の展開を予測するのであれば恐らく……私の無価値さについての言及になる可能性が高い。

「……そういうことになります」

 が、間に合わない。これ以外の回答は思いつかないし、何より“正しい”と思う。回答の修正はできない。これでいくしか……ない。

「ほぉ、言い切ったな! 小娘」

 好々爺は歯をむき出しにして残虐に嗤う。その顔は悪鬼のそれだった。


「――――なら、“心”の無いお前に価値は無い。この場で五臓六腑をぶちまけて八つ裂きにされながら家畜の生餌になって妥当。ということでよいかのォ?」


 声を荒げるわけでもなく、凄みの在る声で好々爺は問う。

 怒気と威圧感が凄まじいが、私は何とか視線を目の前のお方から反らさないように尽力する。

「……私に心が本当に無ければ、致し方の無いことかと存じます」

「お前は殺し過ぎた。乱世でもあるまいて、血の流れぬ時世で三十八人を惨殺した。心がある者にできる所業か?」

「……四人は自分が生き残る為、仕方なく殺害しました。三十三人はヒコ助を殺す為に殺しました。ヒコ助がこれから出すであろう犠牲を止める為。そして最後の一人、ヒコ助は殺さなくてはいけない人間でした。あれを野放しにすれば多くの犠牲が出たことでしょう。失われた命と、救われた命を天秤にかければ、救われた命の方が多い筈です。が、言い訳は致しません。ですが私は心があるからこそ――――」

「くだらんなぁ、建前はよせ、愚物。その舌引っこ抜くぞ?」

「――――っ」

「本来であればお前のようなゴミは、糞尿の沼に沈めて妥当な魂じゃ。人間のフリが得意なだけの、木偶人形が一丁前に小賢しく儂に抗弁を垂れようなんぞ片腹痛い。お前は人間の価値は心だとのたまいながら、人間を三十八人も殺したんじゃよ。この意味、分かっておるか?」

「…………」

「お主は外道じゃ。根っからのな。人間を殺しても何も感じないゴミ。失敗作の木偶。ガラクタが……人間のフリをするな」

「……っ」

「本音を言え、本音を。儂に二度と建前を使うな。改めて聞くぞ。お前は、人の価値は心だと言い、何故三十八人を殺害した? 殺害できた? 答えよ」

「……四人は自分が生き残りたいから殺しました。三十三人はセリカを死なせたくなくて、血を集める為に。ヒコ助も……セリカを死なせない為に、殺しました」

「ほぉ……つまりお前は、自分が生き残り、且つ、たった一人の人間の為に多くの人間を殺したということじゃな?」

「……はい」

 駄目だ、観念しよう。

 どんな弁舌も一撃で完封される。そして私自身ですら自覚していない精神の秘所を無理やり暴いてくる。もうなるようになるしかない。

 死刑執行を待つ死刑囚のような面持ちで、私は好々爺の目を直接見ることができなくなり、このお方の足のつま先を見つめていることしかできなくなった。

「フッ、ハハハハハハハハハハ!」

「……!?」

 突然、好々爺が笑い出し驚愕する。

「面白い、面白いぞお前……。やはりこういうキワモノには毒にも似た華があるのぉ」

「……」

「天を目指す愚かな人間の娘。鬼の自我を持ちながら聖人の呪縛で死んだ男。死を目指す女。悪を以て人類救済を目指す聖人。人間の心を完全に計算できる怪物の娘。そしてお前は……一人の為に全てを犠牲にできる娘、といったところか。よくもここまで出揃ったものじゃ。お前たちはもはや人間という尺度を超越した“何か”じゃ。ただの黄泉送りで終わらせるには惜しい存在じゃなァ……」

「な、何の話……でしょうか」


「――――白雪セリカが“欲しい”か?」


 好々爺はいつの間にか、黒い何かの塊に変わっていた。

 燃えるような漆黒の炎を全身にみなぎらせる、人の形をした何かに。

「……」

「儂と取引すれば“くれてやる”ぞ。白雪セリカの魂を未来永劫、お前の物にしてやろう。どうだ、あの清き心を持つ娘の魂をそのお前の穢れた両手で抱き、口づけしたくはないか?」

「……」

「どうせあの娘は“堕ち”る。お前がどれだけ苦悩し、葛藤し、守り抜いたところで、必ず堕落し穢れ果てた存在へと堕ちる。ならそうなる前に、お前好みの色に染めてやりたいとは思わんか?」

「――――っ」

 なん、て、ことを……言うんだ、この、いや、こいつは……っ!

「なぁに、多くは語るまい。小さく頷くだけで良しとしてやろう。恥はかかせん。ほぉら、お前の本音をもう一度聞こうか。白雪セリカが、“欲しい”か?」

「…………いりません。もう、これ以上いいでしょう。どんな罰も受け入れます。地獄でもどこでも、連れて行ってください」

「それは本心か?」

「私にとって生きることはくだらないことでした。命もそう。それは自分のも、他人のも、関係なくそうでした。私には罪悪感が無いから……。でも……私は、誰かを守るために死ぬことができた。こんな私でも、そんな死に方ができた。その掛け替えのない思い出さえあれば……これ以上はもう何もいりません。その過程で殺人をしたことは事実です。私に罪があり、罰があるのなら……それを謹んで受けいれます」

「――――ほぉ、それがお前の答えか?」

「はい、私の答えです」

 私は真っすぐに黒い何かの目を見つめ返す。


「……フッ。罪人に最も必要な心は、“どんな罰でもそれを罰として受け入れたいという心”だ。罪と罰の関係は常にそうあるべきであるし、そうでなければならない。死刑だろうと拷問刑だろうとどんな罰であろうと、“本当に悪いと思っているのならどんな罰でも受けることができる”筈であるし、むしろ重ければ重いほど、その罰を謹んで喜び求めることこそが罪人のあるべき姿だ。本当に罪人の為を思うのであれば、より重い罰を下してやるべきだ。そんな簡単なことも分からない痴呆が、地獄に叩き落とされる。そして、儂の見てきた人間の殆どはそんな痴呆ばかりだった。現世でも大量に蛆のように蠢いているだろう? 司法の世界で蠢く断罪者、聖人気どりの堕落者が。儂は例外なく価値無きゴミとして叩き落すことになるだろう。儂の言っていることが分かるか、小娘?」


「はい」

「――――ふっ、及第点もいいところだが、合格にしてやろう。いいじゃろう、お主の価値。確かにこの目で見定めた。お主は見事にそれを満たしている。価値があるぞ、お前。かろうじて……かろうじて、じゃがな」

 いつの間にか黒い化け物は好々爺の姿に戻り、意味深な微笑を浮かべ私を見据えていた。

あとがきです、長くなります。


読者にとっては読むことが全てであり、その他の要因、例として作者のモチベーション等どうでもいいことであることは承知しています。

が、メリットが皆無の”無報酬”である以上、私にも色々と思うことがある訳です。

私は対価無しでひたすら不特定多数の人に対し、奉仕の精神を持つ聖人君子ではないので……。

ただ、そういう創作者の方も一定数いることも事実で、それについては尊敬しますとしか言えません。ただ私はそうじゃない、というだけで。


さて。

無報酬という制約を解くのであれば、別サイトさんで展開するなり、商業化を目指すなり色々あるとは思いますが、

一つだけ方針が固まりました。

それは『±0』を同人ビジュアルノベルゲームとして売り出すということです。

なろうさんの規約を調べ、運営さんに追加で色々問い合わせた結果、

有料版を読まないと本編が理解できないような状態でなければ、特に問題ないとのことでしたので、

文章のみの無料版ということで削除はせずなろうさんで展開している『±0』は残し、書ける時に書いていこうと思います。

まぁ仮にその運用が始まったとしても赤字が続きそうだとも思ってますが……。

確実に無報酬よりは、もしかしたら黒字になるかもという状態の方が、

まだやれるかなと思っているので、もし機会があればその時はよろしくお願いします(営業スマイル)

詳しい話はまた後日準備が整ってから展開します(いつになるかは不明)。


ただ、更新頻度がこれで爆上がりするかというと、それは違くてですね。

確実にお金になる本業が最優先になることは自明の理なので、

私にとっての人生の優先順位は、

本業>>>>>プライベート>>>>>創作活動

な訳です。

もし何かのミラクルが起きてこの関係が逆転してくれれば最高なんですけどね。

そういう訳で、本業が忙しくない時で書ける時に書くという感じになります。

繰り返しになりますが、無償で書き続ける為には、原動力が必要です。

謙遜でも卑下する訳でもありませんが私は創作者としては五流なので、創作意欲とか作品を通して何かを伝えたい気持ちとか熱い情熱とかはカケラもありません(昔は少しだけありましたが今はもう無いです……)

で、報酬も無いとあれば、原動力になり得るものが”何も”無い訳です。

読者さんはサイレントさんばかりですし……。別にジャイルさん程高度な感想じゃなくても全然ありがたいんですけどね……。なぜ沈黙を貫くのか……。

というわけで、更新頻度については何も言えません。無報酬なのでw

それだけは努々お忘れなきよう……。

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