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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第12話 Gランクプラン⑪【白雪セリカ視点】

「あ、あの、セリカ……お会計のやり方って、どうすれば……。お釣りのもらい方とか全然分かりません。助けてください」

 アルファがレジで半泣きになりながら私を呼んでいる声がする。

「……はぁ」

 一気に肩から力が抜ける。さっきまでの緊張感が馬鹿みたいだ。

「あれ? おかしいですね。デルタさんの気配がします」

「デルタ?」

「…………ここから、凄く濃い気配を感じます」

 無造作にポケットに手を突っ込まれて、焦る。

「ひゃ! 急に触らないで」

「あ、ごめんなさい」

「暴発するかもしれないから」

「暴発?」

「ひ、ひとまず! 話は後。ここだとちょっとマズいから」

「? 分かりました」

 キョトン顔で小首を傾げるアルファをそのままに、私はそそくさと会計を済ませた。


      ♦♦♦


「……そんなことがあったんですね」

「凄い……怖かった、あの人。心が無いみたいだった」

 私たちはショッピングモールの自動販売機近くのベンチに座り、飲み物を飲みながらさっきのいきさつを語っていた。私はアイスレモンティー、アルファはミネラルウォーターを飲んでいる。アルファは問答無用で早速お面を付けようとしたので、目立つからやめるように強く抵抗して何とかやめさせた経緯は語るべくもない。

「恐らく、すぐ死ぬことが前提で、即席で創られたダミー人格なのでしょうね。デルタさんは自分のダミー人格を作るのが得意でしたから、何かしらの異能力で他の人にダミーを植え付けたのかもしれません。自分自身を憑依させることはできずとも、ダミー人格をジェネシスを経由して相手の頭脳に送り込むぐらいはできるのかも、ですね」

「規格外過ぎると思う……」

 思いつかないよそんなの。どういう精神構造をしていたらそんなことが思いついて、且つ実行できるのか……想像もつかない。本当に人間なのだろうか? もしデルタが本気で私と相対する場面があったとして、とてもじゃないけど切り抜けられる自信が無い。強いとか弱いとかは別として、思考回路とか性格とか存在そのもの全てが意味不明過ぎる。

「それで、渡されたものが“ソレ”という訳ですね?」

「うん……」

 私は監視カメラを気にしつつ、おずおずと拳銃をアルファに手渡した。

「……間違いありません。これは、デルタさんのジェネシスの残滓です。セリカにも分かりませんか? この黒のジェネシスの残滓が」

「い、言われてみれば……」

 さっきまで混乱していてそこまで冷静に観察する余裕は無かったけれど、この拳銃が放つ黒いジェネシスの残滓は、途轍もなく濃い。そして怖い。残滓の気配だけで全身に悪寒が走り、震えそうになる。

「なんで、こんなに……怖いんだろう」

「……それが正しい反応だと思いますよ。デルタさんは、人間性を排除し、デストルドーの中でも極めつけの、私達の中で唯一ゲシュタルト崩壊を極めた人格ですから。マザーの比ではありません」

「……マザーは、優しかったんだね」

 あれほど恐ろしかったマザーにも、慈悲があり、感情があり、母性があった。


 ――――けれど。


「この拳銃が放つ黒いジェネシスの残滓からは……“何も”感じられない」

 ジェネシスは人の心の欲望が色として現われたもの。良くも悪くも喜怒哀楽や、それ以外の強い感情が詰まっている。なのに、デルタのジェネシスには……“それ”が無い。人間なら誰にでもある心と感情の波や浮き沈みが無く、ただただ底無しの空洞が広がっているような得体のしれない恐怖を感じる。例えるなら、夜の海のような……そんな感じだ。心は無いのに、引きずり込むような魔力と思える重圧だけが、そこにある。

「……凄い、ですね。デルタさんのことをもう、理解したんですね。半身の私ですら、半分も理解できているか怪しいのに」

「理解できないことを理解したって、感じだけどね……」

 ただジェネシスの残滓に触れただけで、対話による理解を一瞬で諦めざるを得ない挫折感に、打ちひしがれそうになる。

デルタに気付かされたのは、この世界には、対話や説得ではどうにもならない闇という存在がある……という当たり前の真実。

「でも、そんなデルタさんも、今回は珍しく主体的な行動をしてきましたね。最後はあなたに委ねましたけど」

「この銃をってこと?」

「デルタさんが一発だけジェネシスを込めた黒の弾丸。今はその意味が全く分かりませんが、いずれ大きな決断をセリカが下す時が来るのでしょう。その時、あなたは選ばなくてはいけないのかもしれません」

「……何、を?」

「それは、分かりません……。ただ、その時あなたは何かを得る代わりに、何かを失うのだと思います。その時、どちらを得て、どちらを失うのかを、あなたは決めるのかもしれませんね。身を引き裂かれるような痛みと共に」

「得て、失う……?」

「……ごめんなさい。何の根拠もありません。これは私のただの直感です。デルタさんのジェネシスを見て、何となく思っただけです。聞き流してください」

「…………」

 まじまじと、拳銃を見つめる。

 デルタが見ているものは私には何一つとして分からない。


 ――――けれど。


「やれることを、やろう。今はそれしかできないし、それでいいと思う」

 私は拳銃から目を背けるように、そう言い聞かせるようにして、アルファと共にその場を後にした。

 胸に突き刺さるような、嫌な痛みだけを残して。

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