第12話 Gランクプラン⑨【白雪セリカ視点】
「じゃあ、最後二つを詰めましょう。⑩の結&デルタとどう向き合うかの想定」
「……苦手なやつ来た」
「どうせ全部苦手でしょうに」
シスター……言葉がいつになく冷たい。やはりさっきの先輩を殺すぐらいならGランクを諦めるという意思表示に怒っているのだろう……。
でも今は気持ちを切り替えるべきだ。残り二つを詰める方が最優先。感情を切り離して義務を全うすべく、意識のスイッチを切り替える。
「結、か……」
私の弱さを暴き、一番隠したい闇を容赦なく引きずり出してくる存在。
恋敵でもあり、私の味方なのか敵なのかすらも曖昧……。
「でも少なくとも、あなたを殺しに来る未来は無いわね。あの時の、あなたを殺さないという意思表示は証明されている」
「……結に会いに音楽室に行った時、私が殺されないことは視えていたの?」
「いいえ。あの時はあなたの未来はノイズしかなく、視えなかった。だから分からなかった。だから万が一に備え、私はデルタと百鬼結を殺す覚悟も決めていた」
「私の未来は……あの時点では未確定だった?」
「あなたの未来が決まったのは、ヒキガエルが姿を現した時点ね」
「あの時……6つの死亡フラグが突如として現れたってこと?」
「ターニングポイントだったんでしょうね。ヒキガエルが現れ、彼との取引の内容そのものが」
「ヒキガエルの存在が、私にとってターニングポイント……か。死亡フラグの一つでもある」
本能が早くあいつを殺せと警鐘を鳴らし続けている。でないと、取り返しがつかないことになると。でも、今は違う。ヒキガエルのことは後で考えるべきだ。
「……でもそもそも、結達が敵対してこない以上、向き合い方なんて考える必要あるのかな?」
「アルファは無駄なことは言わない。アルファが言うことには“全て”意味がある。答えは出しておくべきね」
「……分かったよ。そういえば、デルタについては私、殆ど何も知らないんだけど」
「言っておくけど、デルタとだけは戦ったら駄目だからね」
「どうして?」
「“誰も”勝てないから」
「……それ、どういう意味?」
「デルタは、マザーを百人ぶつけても倒せない。それぐらい規格外の存在だと考えておいて」
「マザーが、百人……?」
「あれは人間性とは対極の存在。たまたま多重人格者だったから人格として存在しているだけで、そもそも人間の括りで考えること自体がおこがましい存在」
「何それ……。まるで幽霊とか悪魔とか、神様みたいな言い方するんだね」
「……もし、デルタとまともにやり合えるとしたら、それは……この世でノエルしかいないと思う」
「私の副人格……。でも、さっき、シスターは結とデルタを殺す覚悟を決めたって言ってなかった? 少なくとも戦えるってことじゃないの?」
「デルタ単体なら勝ち目はない。でもあいつには主体性が無い、主人格ありきの存在だから、百鬼結が隙を見せれば勝ち目はあると思った」
「……単体が強すぎて別の存在に依存して弱くなるって、滅茶苦茶だね」
「だからアイツを人間の括りで考えること自体が間違いだってさっき言った」
「なるほどね……」
「デルタには自分の意思とか、方向性が希薄だから、百鬼結についていること自体が私には理解できないし、どう動くかすらも予測できない」
「それって、もうどうしようもなくない?」
「百鬼結次第ってことよ。あの人が指針を決めればデルタは恐らく協力する。その結果が何なのか、私には予測もつかない。アルファですらそこだけは分からない。百鬼結を一番近くで見てきたあなたしか、あの二人の行動は予測できない」
「……そんなこと言われても」
「質問が曖昧過ぎたわね。じゃあ、的を絞りましょう。Gランクプランに、あの二人が邪魔してきたり、介入することはあると思う?」
「…………」
結。私を助けてくれることもあるけれど、私の劣等感や闇を煽ったり暴いたり、嫌な存在だ。最終的に私と敵対することはあり得る。でも……。
目を閉じて、直感を研ぎ澄ませる。
どれだけ考えて頭を捻らせたところで、私は一生結には勝てない。
私の思考そのものを結は全て計算できるから、思考の世界では私は結の掌の上から出ることはできない。先手を打っても後手を打っても、全て常に上回られる。
無能の持てる最大の武器は自分を無能と知り、己の分を弁えることだけだ。その範疇を見誤らないことを徹底すればいい。そうすれば、少なくとも致命傷は避けられる。保守的な考え方ではあるけれど。
思考を放棄するのであれば。
――――直感に頼るしかない。
「結は……」
全てを直感に委ね思考を完全に放棄したことで、全神経が研ぎ澄まされる。
「私を、助けるかどうかは“まだ”決まっていないと思う。でも、敵対はしてこない筈。ただ、私が“黒へと至る”時があれば、結は多分……私を殺しに来る」
「……根拠は、やっぱり無いの?」
アンリ蘇生のことを根に持っているのか、疑うような目で私を見てくるシスター。
「…………分からない」
何故か、涙がこぼれてきた。
意味不明の涙。
「どうしたの?」
「ごめん、分からない……」
裾で両目をぬぐい、涙を拭く。
「使いなさい」
シスターがハンカチを手渡してくる。さっきメアリーが渡してきた物と同じで、思わず笑いが零れる。
「ありがと」
「……何か、思い出したの?」
「ううん、何も思い出せない。でも……感情だけが溢れてきたって感じで……」
「時間遡行前の記憶があれば、話はもっと早いのだけどね」
「ううん、これでいいんだよ。今の私になることに、意味があるんだから」
「……信じるわよ。百鬼結の指針の見立てを」
疑う様にシスターは言う。
「結は多分……最後に現れるよ」
「最後?」
「私が黒へと至る時か、Gランクへ至る時か、どちらかは分からないけれど……その直前に現れて何かしてくると思う」
「私の予知では百鬼結があなたを殺す未来は視えない」
「……なら、今のところ問題ないよ。希望と言ってもいいと思う。結は私がSSSになるなら間違いなく殺しに来る筈だから」
「あの二人が、希望……?」
「Gランク最後のカギ……なのかもしれない」
これは完全に直感だ。Gランクへのカギが複数あるのだとしたら、その最後の一つは……結が握ってる。そんな気がしてならない。
「ま、いいわ。あなたの直感が外れた時は、最悪私達が何とかする」
「ありがと。頼りにしてるね」
「……その頼りにしてるってやめてくれない?」
「えーなんで?」
「にやにやしないで、ウザいから」
「ごめんって」
「……最後の⑫ね。万が一ジェネシスカラーが変色した時の対策、想定」
「メアリーにさっきヒントを貰ったのを参考にするよ」
「マイナスからプラスへの心の変化って話?」
「そうそう」
「……アルファから伝言。あなたがランク変動したら私が何とかしますって」
「え?」
「アルファの能力があればあなたのジェネシスカラーを強制的にFランクに戻せる。命がけになるけど」
「命がけ……かぁ」
「慣れてるでしょ?」
「いやいやいや! 慣れてはないよ」
そんな当たり前みたいに言われても!
「えっと、アルファは直接出てこないんだね……」
「恥ずかしがりもたいがいにしてほしいわね。うざったい」
シスターは呆れたようにため息を吐く。
「辛辣だね……」
「とにかく、課題とその対策の詰めは一通り終わったわね」
「うん、じゃあ……次は何しようか」
「余裕がある今のうちにジェネシスを貯蓄するわよ。一番軽いタスクだし、アルファに出てもらう」
「あ、結局出るんだね……」
「あんまりジロジロ見ないでくださいって言ってる」
「えーー」
先が思いやられるなぁ……。