第12話 Gランクプラン⑦【白雪セリカ視点】
「へこんじゃった?」
いきなり、あっけらかんとした声で問われて驚いて目の前の相手を見つめてしまう。
「あ、ごめん急に。驚かせちゃったね。私のこと、覚えてる?」
「……メアリー」
「正解」
くすりとメアリーは悪戯っぽく微笑んだ。
「やっぱりセリカは凄いなぁ。一瞬で見分けられちゃうんだね」
茶目っ気溢れる雰囲気と、陽気な声と、どこか寂し気な眼差し。見間違えるはずもない。この人は、メアリーだ。
「アルファは、どうしたの?」
「あー、なんかやっぱり恥ずかしくなったみたいで隠れちゃったね」
苦笑しながらメアリーは言う。
「そう、なんだ……」
アルファとはもっと話をしていたかったのに。
「ねえ、セリカ。私たちのこと、どう見分けてるの? ジェネシスの色? でも、今はジェネシス出してないしなぁ」
「声と、表情と、雰囲気と、目……かな」
「そんな違うもん?」
言いながらメアリーはポンポンとあちこち自分の身体を掌で叩いて首を傾げている。
「メアリーは特に口調が違うから分かりやすいよ。シスターは堅物で冗談通じない感じで、アルファは優しいけど底が見えなくて怖い」
「アルファはああ見えて最上位人格だからね。表を統括する人格。裏を統括するデルタはどっか行っちゃったけど。まぁアルファが怖いのは仕方ないかも。普段シャイだからあんまりあの人の怖さは分かりにくい所はあるけどねぇ」
しみじみとメアリーは呟くように言う。
「アルファ……」
――――悪を救う者は、もはや悪です。あなたは悪になりたいのですか?
「……っ」
この言葉が、死ぬほど痛い。
もしかしたら私は、その過ちを犯した過去があるのかもしれない。
かつて悪を救おうとし、破滅したことが……。
「アルファには、どこまで見えているんだろう……」
あの海のような深い眼差しで、人の魂の全てを神様のように見渡す残酷な目の輝き。あの瞳は私の魂を見通していた。
「なんでアルファは、ピュアホワイト……なんだろう……」
「優しいからじゃない?」
独り言のような小さな呟きに、メアリーは朗らかに返してくれる。
「優しい……。でも残酷だよね」
「優しさには二種類あるんじゃないかなぁ。絶望や痛みを知らない無知な優しさと、苦しみを誰よりも理解しているからこその優しさ。上手く言えないけどさ。アルファは後者なんじゃない? 絶望を知ってるからこそ、残酷に見えちゃうっていうかさ」
「絶望を知らない優しさと、知っている優しさ……か」
「私は頭脳も実務も両方そんなでもない落ちこぼれ人格だからさぁ、話半分に聞いてよね。あんまり真剣に聞かれると申し訳ないというか、なんというか」
メアリーは気恥ずかしそうに前髪をいじっている。
「メアリーって、普通だね……。安心する」
まるで殺人カリキュラムよりも前の自分に戻ったかのような、何の緊張も憂いも無く、くだらないからこそ価値がある日常の平穏をメアリーには感じられる。
「え~~、それ褒めてる?」
「誉めてるよ」
「ハハ、じゃ調子に乗っちゃおう」
ケラケラ笑って、メアリーは行儀悪く机に腰かけて両足をぶらぶらさせる。
「でもこんな私がSSSってのも変な話だよねぇ。透とかマザー並みにぶっ飛んでるって感じはしなくない?」
「確かに……。真理に到達すればなれるとは認識してるけど……。メアリーの真理って何?」
「そんなたいそうなもんじゃないって」
やめてやめて、と手を大げさに振りながらメアリーは笑う。
「死は平等。どんな命にも平等に死は訪れる、みたいな?」
「……なるほど」
「ま、ジェノサイダーはジェノサイダーにしか殺せない不死の存在だから、ジェノサイダ―に対してはそうとも言えないところはあるけどね。私はジェネシスなんて知らない状態でこの考え方だったから、SSSが自然適用されたんじゃないかなぁって」
「……なるほど」
「まぁ反面教師にしてよ。セリカはSSSにならない為に、色々頑張ってる訳でしょ?」
「うん、そういうことに……なるね。気を悪くしないでほしいけど」
「あー全然」
「私は……正直、これからどうしたらいいのかすらもよく、分かってなくて」
「泣きそうな顔してるもんね。ハンカチいる? 洗ったまま使ってないから心配しなくていいよ」
「だ、大丈夫……」
「そっかぁ。じゃ、しまっちゃうね」
「め、メアリーは、これから私はどうしたらいいと思う?」
「ぶん投げたね……。キラーパス来たね……」
メアリーは目をきゅっと閉じて、大げさにボールをキャッチしたような手のしぐさでパントマイムする。
「ごめん……。こんなの聞かれても困るよね」
「う~~~~~ん……」
メアリーは神妙な面持ちで考え込む。
「ぶっちゃけ、善悪とかそういう話をされちゃうとお手上げ。わかんないし。でもそんなに難しく考える必要ないんじゃないかなぁ? ジェネシスって良くも悪くも欲望とか心とか精神とか、そういうものを色に表してるだけじゃない? だったら心をどうするかっていうアプローチじゃなくてさ、色をどうするかってアプローチもアリなんじゃないかなぁとは思うよ?」
「色……?」
メアリーの言葉に、思わず目を丸くする。
色……か。確かに、その着眼点は無かった。
「ジェネシスの“色”ってさ、私たちはもう変わらないと思うんだよね。アルファはピュアホワイト、シスターはスノーホワイト、私はジェットブラックで、ずっと変わることは無いと思うんだ。それを“変える”となると、今までの自分を否定して、新しい自分になるってことだし……」
「うん」
「んー、じゃ逆にさ。セリカは今まで自分の色が変わったことってある?」
「変わったこと……」
過去を振り返れば、私の色が変わったことは六回ある。言葉に出して整理しながら、メアリーに伝える。
①リリーに電気椅子に座らされ、結を呪ってしまった時。ピュアホワイトからグレイへの変色。トリガーは結への嫉妬心。
②先輩に励まされた時。グレイからピュアホワイトへの変色。トリガーは先輩への思い。
③結とアンリをリリーとヒコ助に殺すと言われ、激怒した時。ピュアホワイトからスカーレットへの変色。トリガーは怒り。
④結の助言により深呼吸して気持ちを落ち着けた時。スカーレットからピュアホワイトへの変色。トリガーは怒りを宥める理性。
⑤結とアンリをリリーとヒコ助に殺され、心が無になった時。ピュアホワイトから透明へ変色。絶望を超えて感情感覚が麻痺、破損して全ての感情を消失。トリガーは完全敗北に対する諦念。
⑥ヒコ助に首を斬り落とされ、死んだ時。透明から、スノーホワイトへ変色。トリガーは悪への怒りと、絶対に諦めないという決意と覚悟。
「なるほどね。でもまぁ、ノエル交代の変色はノーカンね」
「ノエル?」
「私とセリカの“子”だよ」
照れ臭そうにメアリーは言う。
そう、メアリーは《処女懐胎》の異能力者。触れた相手を強制的に多重人格者にしてしまう。人格の源にあるのは、主人格の死への欲動。デストルドーだ。
「……ノエル、か」
良い名前だ。
「ごめん、名前は私が付けるように言われてるから、その名前は私は呼べない」
「いいって。私が無責任に勝手に呼んでるだけだから」
「……うん、ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。で、話を戻すと、六回変色したことがあるんだね?」
「うん、六回……だね。私の覚えている限りでは。でも、それが何かGランクへの足掛かりになるかな?」
「一番大事なのはさ、マイナスからプラスに変色したパターンだと思うんだよ」
「マイナスから、プラス……?」
「Eランクの灰から、Fランクに純白になった②のパターン。あとは、Sランクの赤から、Fランクの純白に戻したパターンの④かな」
「②と、④」
「良くも悪くも、セリカは白であることが“通常”な訳じゃない? でもGランクがあるって前提で考えて、Gランクを通常である状態まで持っていきたいのであれば、セリカは今通常じゃなくてマイナスってことになる。マイナスからプラスに変換された色と、その時の精神状態を思い出せば、何か手掛かりぐらいにはなるんじゃないかな?」
「今の状態、スノーホワイトをゼロではなくマイナスの状態であると考える……」
「そ。そして、マイナスからプラスへ転じた過去の体験には、何かしらの共通点、再現性、取っ掛かりがある可能性は高いと思う。EからFになるのも、FからGになるのも、マイナスからプラスっていう変色の動きそのものは“同じ”だから。今がマイナスの状態で、プラスの動きで変色が起これば、それはもうGランクと言っても過言ではないのかなってさ」
「す、凄い……」
感動のあまり、震えそうになる。
考えたことも無かった。
そんな、そんな考え方が……あったのか……。
「まぁ、その肝心の、心の動きの中身は思いつかないけどさ。ただ、セリカは過去にマイナスからプラスの精神状態の動きを体験してるんだよ。その過去を思い出せば、そこにGランクのカギの一つぐらいはあると思うよ」
「Gランクの……カギ」
そっか、そうだ……。
カギはきっと一つじゃない。
集めるんだ、一つでも多く。
Gランクへのカギを。
多分、私は、その為に時間を――――
――――巻き戻したのだから。
「メアリー、ありがとう」
「やっと、元気な顔になったね」
「え、そう……かな?」
「シスターもアルファも厳しくて怖いけど、私なんかで良かったらいつでも話し相手にならせてよ。あんまり役に立たないかもしれないけど」
「メアリー、自分を……卑下しないで」
「……」
「役に立つとか、立たないとかじゃない。人と人の繋がりは、もっと言葉にできない、掛け替えのないものだよ」
「……セリカ、ありがとう」
「私は必ずGランクになるよ。それで、あなた達の絶望も、いつかこの手で跳ね除けてみせる」
「…………うん」
メアリーは泣きそうな顔でほほ笑みながら、頷いてくれた。