第12話 Gランクプラン⑥【白雪セリカ視点】
「悪を救う者は、もはや悪です。あなたは悪になりたいのですか?」
「…………」
悪を救う者は、悪?
アルファの言っている意味をかみ砕いて理解することが、できない。
「わ、私は……悪に、なりたい、わけじゃ……」
「セリカ。私の“役目”を、たった今認識しました。私がピュアホワイトのFランクであること、あなたと出会い、あなたに忠を尽くすことも、何かの運命なのかもしれませんね……」
アルファは何かを悟ったかのような深い海のような眼差しで、私を見つめる。
「放火魔に自分の温かい家を、快楽殺人鬼に自らの未来ある命を、強姦魔に清らかな肉体を、詐欺師と強盗に価値ある金銭を、幼児性愛者に自分の愛する子を、精神を壊すマニピュレーターに人の心を、あなたは差し出せますか? 差し出すことを“善”と、言えますか? そうして救われた“悪人”が誰かを殺し、奪い、犯した時、あなたは“その悪”に責任を持てますか?」
「…………」
「現代社会にも悪を救おうとする者はいます。でも、彼らは悪の未来に責任を持ちません。救われた悪が何をしようとも、その未来に自らの不利益は無いからです。本来、悪を救おうとする者は、たとえば隣人を殺した殺人鬼を救おうとする者にはその隣に住む義務があるべきですが、彼らは絶対にそうしない。自らに不利益が被ることだけは絶対に避けますが、何故か執拗に悪を救おうとする人種がいます。人々は何故か犯罪者にばかり注目しますが、“真の悪”は檻の中にはいません。そのことにそろそろ気付くべきです」
「…………」
「話がずれました、戻します。悪は奪うことしかしません。だからこそ、悪に何かを与えてはならないのです。悪を救うということは、悪に“全て”を与えるということです。全てとは悪の未来、悪の命、悪の快楽、全てです。悪に施す者は、悪をも上回る悪と、そう知ってください」
「…………」
「透さえいなければ、透がジェネシスを誰にも与えなければ、何も始まらなかった。全ての始まりは透です。私のことを正当化するつもりはありませんが、透さえ悪を救う者でさえなければ、あなたは初めから何も失わなかったのです。そう、思いませんか?」
アルファの瞳はどこまで清らかで、澄んでいて、その柔らかで諭すような口調に私は何も言い返すことができない。
「悪を救う者は、“それ以上”の悪。アルファは……そう、言いたいんだね」
「今のは私の主観であり、警告です。“事実”のみを客観的に言うのであれば……」
アルファはそこで言葉を区切り、静かに宣告する。
「――――透は“Gランクではない”ということです」
「――――っ」
「悪を救う者である透は、SSSの漆黒。あなたが悪の救済を目指せば、“黒へと至る”未来は必ず訪れる。もし今のあなたがその思想で未来を目指すのであれば、そこにある色は漆黒のみ。必ず黒へと至ることでしょう」
「…………っ」
アルファの言葉は、私の魂を抉るように痛い。
「……どう、すれば」
アルファの言葉に絶望したくなる。六つの死亡フラグなんて安く思えるぐらい、アルファの今の言葉の方が残酷で救いが無い。
崩れ落ちる私の両手を、アルファは優しく両手で包み込み、陽だまりのような温かな声で語り始める。
「……私は死でしか人を救えないと思っています。本来一人の人間を殺せば遺族が苦しみますが、全人類を全て殺し尽くせば、苦しむ遺族も存在しない。死という究極の幸福により全ての生の苦痛と呪縛から解放する。それが、あなたが“死の母”と呼んでいる考え方です。私の、私たちの、“救わずの善”です」
「救わずの善……」
悪を救う者が悪なのであれば……っ。
私は……私は、どうすれば……。
「残り二日と少し、まだ時間はあります。考え、苦悩し、あなたなりの新しい答えを出してください。その為の協力は惜しみません」
「アルファ……」
「生きるということは、苦しむということです。あなたが未来を望むのであれば、その苦しみも痛みも避けては通れない。苦しみなさい、セリカ。でももし“その先”に何の救いも無いのであればその時は――――」
「……っ」
「――――私があなたを殺します」
慈愛溢れる聖母のように優しく、でもどこか残酷に、アルファは静かに微笑んだ。