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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第12話 Gランクプラン④【白雪セリカ視点】

 シスターとじゃれ合っている内に、 アンリの身体、受肉、精神の定着、再生、全てが完了した。手首に触れたらちゃんと脈はあり、胸に耳を当てたら心臓の鼓動の音もする。そして、「すぅ、すぅ」と静かに寝息を立てている。

 蘇生は完了した。と同時に、私は《死者蘇生》を失った。《起死回生》でダウングレードしない限り、もうこの力は使えない。

「赤染アンリの蘇生に、やけに拘っていたわね」

「まぁね」

 四苦八苦しながらなんとかアンリに下着とジャージを着せつつ、シスターに応じる。

 このジャージは私が家で使ってるやつだったけど、サイズは合っているみたい。ジャージにしたのは一番着せやすそうだったからだ。下着は流石に新品のストックではあるが。

「Gランクになる為の計画……。ちょっと語呂が悪いな。うーん、Gランクプランでいっか。Gランクプランを、《赤い羊》と戦う前に完成させたいと思ってる。その重要なカギを握ってるのはアンリであると思う」

「根拠はあるの?」

「ぶっちゃけると、無い。直感だけ」

「……」

 ジト目で無言の非難をしてくるシスター。言いたいことは分かる。一度しか使えない《死者蘇生》という希少な切り札を、勘で使うなんてどうかしてる。

「この力があれば、先輩を蘇生できるって言いたいんでしょ? もちろんそれは私も考えた。そういう意味ではこの力は絶対に手放せない。でも。この異能力は諸刃の剣でもある」

「諸刃の剣?」

「この力があれば、Gランクを目指す必要が無いから。そうすれば私は慢心して、Fランクの現状維持に甘んじる」

「それの何がいけないの?」

「正義を貫くのであれば、先輩という例外を許してはならないから。本当に自分の正義というものを証明して貫くのであれば、自分の大切な人が悪であった時、その人も差別せず裁かなくてはいけない。そこを例外にして逃げてしまえば、正義と悪の境界線は簡単に崩壊する。私がその道を自分の意思で選んだ時点でFランクではなく、堕ちた存在になり果てる。

「正義は差別してはならない……ね。じゃあ聞くけど、あなたにとっての正義と悪の違いは何?」

「正義と悪の違い? また難しいこと聞くんだね……」

 顎に手をやって少しだけ黙考しつつ、唇を開く。

「私にとっては正義と悪はかなり似ているもの。殺したいから殺す快楽殺人鬼の悪と、裁きたいから裁く正義の本質は“同じ”だと思うから。よく正義感でネットニュースとかSNSで匿名で人を叩きまくる人とかも、裁きたいから裁く。叩きたいから叩くだけ。そこに“快楽”を感じているのであれば、それは正義ではなく悪。何故ならそれは自分の快楽の為に人を攻撃しているから。何の正当性もそこにはない。正義で“利益や快楽”を得てはならない。私はFランクのこの力を使って《赤い羊》を殺した。でもその果てに先輩を取り戻すという利益を得ようとしている。これは誰かの為とかじゃなく、自分自身の為。そういう意味で、《死者蘇生》は危うい。私は先輩だけは多分、裁けない。その自己矛盾はきっと、私の心を破壊するから」

「確かに、匿名で寄ってたかって個人を攻撃して罵詈雑言を浴びせる人間は一定数いるわね。指殺人という言葉も一時期流行ったし、自殺者を出したこともある」

「そう。“人殺し”だよ。一度でも指殺人をした人間にいじめ、差別、暴力、犯罪を否定する権利は失われる。直接手を下していなくとも、死んだ人の痛みは本物だし、絶対に忘れることはない。ただの快楽殺人鬼でしかない。そういう意味で、正義と快楽殺人鬼は紙一重だと思う」

「指殺人をする人間が本当の意味で正義になる方法はあるの?」

「自分の攻撃したコメントに全責任を持ち、顔、住所、年齢、職歴、学歴、勤め先の会社名、そういうのも同時に晒すことが一つ。攻撃することによって金銭、承認欲求、攻撃の快楽を得ないこと。正義を語るのであれば、最低でもこの二つが絶対条件じゃないかな。自分の素性を隠してコソコソ他人を攻撃して気持ちよくなってる時点で、正義になる可能性はゼロだよ。そこにどんな正当性があったとしても、ね」

「なるほどね……」

 シスターは少し感心したように頷いている。もしかしたら私、ちょっと馬鹿だと思われていたのかもしれない。いやまぁ、確かにそういう面もあるんだけどね。

「それで《死者蘇生》を手放せるところが、あなたの怖いところね。……自分に厳し過ぎる。まぁ、だからこそFランクなのだろうけど」

「でも私は別に、そこまで正義に拘ってない。必要に迫られて仕方なく正義に縋っているだけ。正義は私の本質じゃない。Gランクになれるのであれば、正義のFランクである自分自身を切り捨てることもできる。《死者蘇生》の異能力を持っているのは、私自身の弱さであり恐れの象徴でしかない。この力を先輩以外に使うのは、そんな私自身の弱さを手放す為の、決意表明みたいなものだよ。一度使えば二度と使えないのであれば、それこそ天の采配だね。ここで使い、私は自分の退路を断つ」

「なるほどね。あなたの考えは分かった。でもまだ答えは半分しか言っていないわ。もう半分。蘇生対象が何故、赤染アンリなのか。本当にただの勘なの?」

「私は頭が良くないから、物事の筋道をゼロから組み立てたり、全体像を見て対極を把握したり、そういうことはできない。でも、今は全て上手く行き過ぎてる。なら、今この局面を考えた私以外の誰かがいるってこと。考えられるのはアンリぐらいしかいない」

「セリカって、ちゃんと自分にできないこと、苦手なことが分かってるのね。意外とそれができる人間は少ないものなのに」

「身近に優秀な結がいたからね……」

 苦々しく答える。

 結は、私にとって劣等感の象徴だった。

 私にとって苦手なことは、全部結の得意分野だった。

 結は常に優等生で、何もかもが完璧で、私は勝負の土台にすら立てない。

 勉強も、料理も、運動も、容姿も、精神力も、駆け引きも、あらゆる全てで結に負けている。

 自分自身を好きになり切れないのも、結が傍にいたからだ。

 私は結より劣っていて、勝てなくて、弱い存在だ。

 悔しいと思えるぐらいの土台にすら立てない。そもそも、勝負が成り立たないから。

 でも、だからこそ、私は自分にできないこと、苦手なことは誰よりも分かってる。

 人生は自分の思い通りにならないし、常に他人と比較して自己嫌悪に陥ることの繰り返しだ。

「でも、ジェネシスは違う」

 ジェネシスは自分自身の心がそのまま色として現れる。

「できないことを無理にやるよりは、そこは人を頼って、私は私にできることを探して全力でやるだけ。それしか、私には無いから」

 劣っていて、無能な人間に出来ることなんて一つしかない。


 ――――当たって、砕けろだ。

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