第12話 Gランクプラン②【白雪セリカ視点】
「蘇生は順調?」
ドアを開き、シスターが入ってくる。水色のブラウスを着てはいるものの、シャワー上がりなのか濡れ髪をバスタオルで拭きながら乾かしている。目をすがめながらうざったそうに髪を拭いているシスターには、独特な色気? のようなものがあった。
「受肉は終わったよ」
アンリの身体の復元は完了した。今は魂を定着させている段階。アンリはまるで生前と変わらない容姿、状態で肉体は復元された。早く服を着せてあげたいけど、《死者蘇生》をそんなことで中断することはできない。失敗したリスクを想像すると怖いから……。蘇生作業と並行して服を着せるなんて器用な真似もできないし。
自分で使っておいてなんだが、どういう原理、プロセスでできているかはまるで想像がつかない。ジェネシスは本当に不思議な力だ。自分の望む結果を、プロセスをすっ飛ばして手に入れることができるまるで魔法のような力。
この力があれば、何でもできる。そう思ってしまえるほどには……。
――――ジェネシスを消耗する量が多いもの、代償がある異能力は他とは違う特別な異能力です。単純な効果しかないことはまずあり得ない。あなたがGランクを目指すのであれば、その力を使う他、道は無いと思います。
マザーの言葉を思い出す。
《死者蘇生》では殆どジェネシスを消耗している感じはしない。でもその対価として、もう二度とこの異能力を使えることはないのだろう。
《起死回生》で私自身をダウングレードしない限りは。
「……ねえ、シスター。私がもし何周もしてるって言ったら、驚く? ただ自分の死を回避するんじゃなくて、記憶ごと抹消して未来からここに戻ってるっていう話なんだけど……」
壁に背を預け、バスタオルを頭にかけた状態でぼんやりとアンリを眺めているシスターは、冷たい缶コーヒーを飲んだまま視線をこちらによこす。
「いえ、納得する。あなたに《未来予知》を使おうとすると、常にノイズがある。こんな現象はあなたにしか起こっていない。あなたが既に未来を経験しているのであれば、潜在意識で破滅を回避できるのかもしれない。それが私の《未来予知》にも不確定要素を与えていると考えれば、辻褄は合う」
「今は黒い雨に打たれて死んじゃう未来なんだっけ?」
「あなたには六つの“未来”がある。一つ目は、黒い雨に打たれて死ぬ未来。二つ目は透に敗北して死ぬ未来。三つ目は、花子に敗北して死ぬ未来。四つ目は、ゼロに敗北して死ぬ未来。五つ目は、ヒキガエルに殺される未来。六つ目は骸骨と取り引きして狂う未来。どれも救いようがない」
「ゼロって、先輩のこと?」
「百鬼零のことよ」
「…………死亡フラグが多過ぎじゃないかな。昨日だけでも大変だったのに」
苦笑しながら返す。
「通常、《未来予知》で分かるのは見た人間が死ぬ一つの未来のみ。なのにあなたは六つもある。いくらなんでも多すぎる。でも、分からない。確定した未来じゃない。でも、ターニングポイントではある。少なくとも、この六つの死の未来を回避しない限りあなたに未来は無いということ。あるいは……その未来のどれかに“タイムリミット”があるのか」
「……タイムリミット?」
「Gランクになる為の猶予期間。その終わりが、この未来の内のどれか一つなのかもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「私には記憶を消してまで過去に戻るメリットが分からない」
「意識をダウングレードさせるメリットは少なくともあるけど……」
それにしても……期限、か。
その発想はなかった。でも、妙に引っかかる。心臓が軋むような、その言葉からは凄く嫌な“感じ”がする。直感は大事にしていきたいし、もう少し深堀りしたいけど……。
「ダウングレード?」
「アンリの蘇生が終わったら話すよ。多分その方が早いからさ」
「分かったわ」
「……期限について何か他に、そう思った理由はある?」
「期限についてね、正直そこまでの根拠は無い。ただ、人間には“寿命”がある。何者かになろうという自己実現の心理にも、死という時間の制約がある。だから人は人以上にはなれない。私自身の人生観みたいな話ではあるけど、それが根拠ね。あとは、そうね。過去に戻るという力からは、猶予を引き延ばしているような印象も受けるから、それも根拠かしらね」
「なるほど……」
シスターならではの考え方だ。私からその発想は出ない。
私が彼女をどうしても殺したくないと思ったことも、もしかしたらGランクへの足掛かりになるからだったのかもしれない。いや、きっとそうだ。ヒキガエルとの交渉の時だって、シスターが警告してくれていなければ私は間違った方向性で進化を目指していたかもしれない。
……時間遡行による意識のダウングレードと、もう一つの保険として、同じFランクの視点での軌道修正の役割としてシスターは絶対に必要だ。
「なるほど……」
今になれば、怖いぐらい“噛み合って”いる。
欠けていたパズルのピースをかき集めるかのように、今の状態は“完成”している。誰かの“計算”によって。恐らくはアンリなのだろうけど。
そして、もうすぐアンリも揃う。
手札は“完成”する。
でも、何かを見落としている気がする。
それが分からない。
「何を難しい顔をしているの?」
「Gランクについて考えてて。私なりに仮定を色々してるんだけど、どうしても考えがまとまらなくてね」
「私じゃあまりその点に関して役に立てることは無いと思うわ。聞かれたことには答えるけど」
「ありがとう。それじゃあまずは、六つの未来について……。本当は聞くの怖いけど聞いてもいいかな?」
「ターニングポイントのことね。いいわ。それに、念のためもう一度視ておく。あなたにもやられたけど、私の《未来予知》は別の異能力干渉で歪むことがある。“運”を操ったり、“確率”を視認する異能力者によって容易く未来は変わり得る」
シスターは飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨てると、温度を感じられない冷たい瞳で私を見つめる。
まるで水晶玉のような透明で残酷なシスターの瞳は、私の死を映しだしているのだろう。
《未来予知》――ミライヨチ――
「……」
私はごくりと喉を鳴らし、静かにシスターの言葉を待つのだった。