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±0  作者: 日向陽夏
第2.5章 束の間の平和
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幕間⑧ 新たな存在理由【白雪セリカ視点】

「よく食べるわね……ほんと……」

 呆れたようなシスターの声は聞こえないふりでやり過ごし、私はひたすら料理を口へ運ぶ。

 ピザ、カレーライス、から揚げ、餃子、フライドチキン、焼き肉、サラダ、オニオンスープ、お寿司、ラーメン、うな重、アイスクリーム、ソフトドリンク等、ありったけを二人前ずつ宅配注文して公園に届けてもらい、受け取ってからメアリーの作り出した《幻想庭園》に持ち帰った。

 宅配のお兄さんは平日午前帯に学校指定ジャージ姿の女子高生二人が公園で待機していることにぎょっとしていたけれど、プロ意識が優先されたのか仕事を果たすと笑顔で去っていった。

お財布のお金じゃ足りなかったから、貯めたお年玉をATMで下ろして対応した。シスターが奢ると提案してきたけど、申し訳ないので辞退した。

「シスターも、食べなよ」

 口の中の物をお茶で流し込んでから、そう答える。

「もう食べ終わったわよ……」

 シスターは15分程度で食事を終えてしまった。私は食べても食べても一向に満腹感が訪れないので、フードファイターのようにひたすら料理を食べ続けている。かれこれ二時間以上はずっと食べ続けてるかもしれない。ようやく半分以上食べられた。お腹は少し重いが、まだ食べられる。

「美味しい……美味しいね……」

 ふと、目からポロポロと涙が流れる。ご飯を食べられるという当たり前の感動に、今はただ感謝する。

 もう何度も死ぬかと思った。空腹感すら忘れてひたすら戦い抜いたあの24時間を、私は死ぬまで忘れることはないだろう。

「大げさね……」

「幸せだよ」

「赤染アンリの蘇生はしなてくいいの?」

 アンリの腕は、シスターが氷の力で空間を凍らせた手作り冷凍室に布をくるんで保管してある。

「もちろん、食べた後にやるよ」

 とは言いつつ、瞼は少し重い。徹夜でひたすら戦闘し続けた疲労感は徹夜ハイのようなテンションでごまかしてきたけれど、流石にそろそろ限界に近い。

「……食後は気絶したように眠りそうなんだけど」

「寝た後にやろうかな。発動中に寝ちゃって失敗とか絶対できないし……」

「まぁ、あなたがそれでいいのなら」

「うん、そうする」

「……あなたって普段からそんなに食べるの?」

「まぁ、人より普段多く食べるけども……普段はこんなには食べないよ。多分24時間何も食べてなかったのが効いたんだと思う。ずっと殺し合いしてた訳だし」

「なるほどね」

「シスターこそ、うな重一人前しか食べてないけど大丈夫なの?」

「アイスクリームも食べたし、もう十分よ。あなたの食べっぷりを見てるだけで胃もたれしそう……」

 少しぬるくなった缶コーヒーを片手に、シスターは疲れたように言う。

「なら遠慮なく全部食べるね」

「あ、うん……」

 ひたすら無言で、私はご飯を食べ続けた。


      ♦♦♦♦♦♦♦


「ご、ご馳走様……」

 た、食べきった……。

 満腹感を感じた瞬間に、身体が睡眠を求めてぶっ倒れる。一応ソファではあるものの、肌寒い。

「全く……仕方ないわね」

 シスターが慌てて私を両腕で抱きかかえ、運んでくれる。

「ありがとう……」

「ベッドを置いた空間もあるから、そこに連れて行くわ」

「至れり尽くせりだね」

「シャワーは起きたら浴びるの?」

「そうする……」

「全く、こうしてるとまるで子供みたいね」

 《赤い羊》と渡り合った生き残りとは思えない、という意味だろう……きっと。

 どこかの部屋まで移動してベッドに私を横たえると、シスターは去ろうとする。

「ね、ねえシスター」

「何?」

「前にさ。私はようやく自分の本来の存在理由を果たせるって、私と取引した時に言ったけど、あれって、どういう……意味?」

「もう寝てなさいよ」

「気になって寝れない……」

「はぁ……」

 呆れたようなシスターのため息を聞きつつ、私は耳を傍立てる。

「私は、普通の人間とは違う。別に、特別な存在だとかイタいことを言うつもりはない。存在の因果が異なる、という話」

「存在……の因果?」

 疲労困憊の頭では理解するのが厳しい。

「普通の人間は、親が子供を産んで、育てて、成長する。そしてその子供はやがて自分自身で存在の方向性を自分で見出し、何者かになろうとする。何かの職に就く為に努力したり、趣味を楽しんだり何かの物事を極めようとしたり。心理学でいうのであれば、自己実現とかそういうやつね。普通の人間に共通して言えるのは、存在の方向性は“後付け”であるということ。最初から就く仕事、趣味、専門分野があらかじめ確定した状態で生まれてくる赤ん坊なんていない。確定しない未来を、自分自身で手探りで掴んでいく。それが普通の人間の人生のプロセス」

「うん……」

「西園寺要もそこは同じ。でも“私”は違う。私は存在するよりも前から、存在理由を与えられていた。私以外の人格もそう。でも主人格はもう死んでいるような状態。だから存在理由が果たされることは未来永劫無い。だから私は、生まれる前から死んでいる死体のような存在なの」

「…………」

 眠る前に聞くには、少々重い話だった。

 でも、彼女たちの“死の母”という理念、デストルドーの根源の本質に、今言った彼女の言葉が全て詰まっているのかもしれない。

 もし、仮に。

 生まれる前から私に存在理由があったとして、そしてその存在理由が絶対に果たされることもないのだとしたら、その苦痛は恐らく想像すらできない程の苦痛を伴う筈。

 理解も共感も及ばないシスターだけの苦しみ。

 それをこうして吐露してもらえただけでも、少しは信頼してもらえたと喜ぶべきか。

「でも……今は少し、違う」

「?」

「“私”の存在理由は、“主”を、私の全存在に代えても生涯お守りすること。それが、私が生まれる前から与えられていた役割……」

「乱世とかにありそうだけど、現代ではあまり聞かないね……そういうのは……」

 自分の命よりも優先する価値のある、尊い絶対的な主従関係。

 あるいは。

 利害関係と富と打算ばかりのサイコパスが支配する現代社会よりも、乱世の方が人間的な意味で血が通っている人たちが多かったのかもしれない。まぁ、沢山人が殺し合っていたような時代でもあるし、何の根拠もないけれど。ただ、現代社会が過去の時代より全て優れているとは、私は思わないし、思えない。劣っている部分は、必ずある。

「ぼけっとした顔をしてるけど。私にとって“今の主”はあなたよ、白雪セリカ」

「……へ?」

「あなたがGランクになるにしろ、なれないにしろ、私が最後まであなたを見届ける。あなたを守る剣になるか、あなたを殺す剣になるか、全てはあなた次第。そういう、契約よね?」

「……うん」

「お話はここまでよ。さぁ、寝なさい」

「分かったよシスター。おやすみ……」

 睡魔に、身を任せて微睡む。安息の世界に、身をゆだねる。


「おやすみ、セリカ。どうか私に――――」


 ――――あなたを、殺させないでね。


 最後に彼女はそう呟いたような、そんな気がした。

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