幕間⑦ 完全美という名の悪【透視点】
「やはりここだったか。君はいつもここにいるイメージが強いね」
骸骨に会いに行くため、僕は地下室に移動した。
骸骨は手術台の上に乗せてある女の死体の身体を丁寧にタオルで拭いていた。彼はまめな性格で、自分が集めた死体を定期的に自分の手で洗浄しているのだ。
「あ、ああ! 透さん、戻ったんですね。ジェネシスもいつも通り真っ黒で安心しましたよ」
骸骨は笑顔を見せた後、仰々しく両腕を広げて僕を歓迎する。
「僕は元Fランクだったようだね。皆を動揺させてしまったかな」
僕は皆に挨拶をしながら思考を見て、記憶との整合性も確認しながら頭の中を整理している。そして骸骨でその作業も最後だ。
「いや~正直ビビりました。記憶の方はどうです?」
「ああ、そこはいばら姫のお陰で問題ないよ。君たちにはいつも助けられている。感謝してるよ」
「いやぁ、そう言ってもらえると感無量だなぁ」
骸骨は鼻の下をこすりながら、照れ臭そうに笑う。
「まぁ、僕がSSSになる前の記憶に関してはさっぱりだけどね」
「色々あったんでしょう。まぁ、今の透さんさえ生きていてくれるなら、どうでもいいことですよ」
あっけらかんと笑いながら、骸骨は作業台の横に置いてあった飲みかけのカフェオレの缶を手にし、口に含む。
「そう言ってもらえると助かるね」
「いばら姫ちゃんもお役に立てたようで何よりです」
「《赤い羊》で最も優秀なのはいばら姫。有能なのは花子。この二人が僕にとっての現時点での二強だ」
「優秀と有能に違いとかってあるんですね。知らなかったですわ」
「これは一般論だが、情報収集力、分析力、知識量、理解力に秀でているのが優秀な者。問題解決力、機転、統率力、判断力、イレギュラー対応力に特化した能力を持つ者が有能とされている。優秀な者は参謀、有能な者は指揮官に配置すると良い動きをするんだ」
「いばら姫ちゃんが優秀ってのは認めますよ。ただ彼女、性格が“ああ”でしょう? だからいつも透さんの逆鱗に触れないか、心配で心配で。僕もこういう平和主義な性格なもんで、あまり彼女にはキツく言えないですし……」
「僕は支配者ではないよ。君たちの上に立ち、支配欲を満たしたいとは思わない。花子やいばら姫の不遜な言動はむしろ好ましく思っているぐらいだ。その点は安心してのびのびやってほしい」
「流石は透さん。器が違いますね」
「支配者になる者は、例外なく劣等感の塊だ。自分の欠点と弱さを認めたくないから、他人を支配して満足するのさ。そういう人種も過去に採取して実験し尽くしたが、せいぜいS止まりで終わり廃棄することになった。彼らは支配することはできても、自らを高め本物の強者になる事は一生できない。だからいつか、裏切られるのさ。必然的にね」
「まぁ透さんがその程度であれば、僕らに見限られてますもんね」
にこやかに微笑みながら、骸骨はうんうんと頷く。
「相変わらず、君は死体が好きなようだね」
地下室には何人もの死体の女性が丁寧に棺に入れられて保管されている。
「お恥ずかしい限りですが」
「生きている人間では駄目なのかい?」
「女という生き物は、死んで初めて美しくなれると思うんですよね。あ、婆さんは駄目ですよ? 若い女の死体じゃないと。死んで永遠になるってやつです。生きてる女はやたら美しさに拘るけど、男と同じで毎日のように排泄も屁もするし腹を切り開けば血と臓物の悪臭がする。特に、化粧水と香水の匂いが入り混じった血と臓物と排泄物の匂いのミックスはゲロよりも 最悪だ。そして口を開けば推しのイケメンがどうの、年収がどうの、ハイスペ彼氏がどうのと、わめき散らして男を使ってマウントを取りたがる醜い存在でもある。それがどうして、どんな女も死体になると例外なく本当に美しくなる。醜く金、地位、男に執着しない、完全美がそこにあるんですよ。美しくありたいと言うのであれば、若く綺麗な内に状態を傷つけないように殺し、永遠にしてあげるのが美学ってもんじゃないですかね? だってどうせいつか必ず死ぬんですよ? なら更に醜く婆になる前に殺してあげるってのが、僕なりの愛であり善意ってやつです」
「なるほど、それが君の悪の本質という訳か。“完全美”の追究。その先にある結果として、今の君にたどり着いたんだね」
「まぁぶっちゃけ、僕は自分のこと悪だとは思ってないんですけどね。どちらかと言えば善じゃないですかね? 金目当てに強盗とかもしないし、僕はただ美を追究してるだけなんで」
そう言いながら頭の後ろを掻きながら骸骨はヘラヘラと微笑う。いや、素晴らしいと思う。僕が殆ど何の干渉もしないで最初からこの精神状態だったからね、驚きだよ。
「そういえば、リリーとヒコ助が死んだよ。死体も回収できるような状態じゃないらしい」
僕は世間話を続ける。
「……なるほど」
「驚かないんだね?」
「あなたが元Fランクなのであれば、白雪セリカが彼らを殺す可能性は考えていましたから」
「なるほどね」
「そういえば、ジェネシスの調子はどうです? 蘇生後、物凄い不安定でしたが……今は?」
「ああ、それなんだが。今はもう大丈夫だよ。今は目覚めた直後でジェネシスの密度と量は減っているが、少し眠れば完全に復活するだろう」
「はぁ、さようで。透さんは何か治癒能力とか使えましたっけ?」
「僕は元Fランクだったんだろう?」
「ええ、まぁ。目覚めた直後はそうでしたね」
「その際に、自然治癒したらしい。恐らく無意識に自らに治癒能力を使ったんだと思う。全く、過去の白かった自分に救われるとは、因果なものだね」
「な、なるほど……。それは目から鱗ですね」
「さて、少し話は変わるんだが……」
「ああ、何か本題があったんですね? 僕で良ければ伺いましょう」
「蘇生した君の直感を聞きたくてね。百鬼零は蘇生後、どういう存在になると思う?」
「花子ちゃんの方が詳しいのでは? あと、いばら姫ちゃんの確率占いとかも」
「花子では駄目だ。百鬼零への思い込みが強すぎて参考にならない。そしていばら姫の力である《全理演算》ではじき出す確率は、飽くまでも確率でしかない。血が通っていないデータの世界も参考にはなるが、それだけでは足りない。だからこそ、人間的かつ冷静な考え方もできる骸骨に彼への印象を聞きたいと思った」
「……なるほどねぇ」
顎をさすりながら、骸骨は意味深に微笑む。
「まぁ完全に直感で恐縮ですが、彼の蘇生後は恐らく……透さんの想像を超える存在になると思いますよ。彼は花子ちゃんを同じ能力を持ちながら圧倒した。花子ちゃんの上位互換のような存在になるんじゃないでしょうかね。しかも記憶も失うとなると、そのよりどころである良心も欠落することになるかと。良い感じのサイコパスなんじゃないですか? 透さん好みの。まぁ僕の個人的な考えですがね」
「有能を超える有能……か」
そしてあの若さで、僕を殺すほどの力を持つ男。
もしかしたら、ヒキガエルよりも僕にとって重要な存在になるかもしれない。
待ち遠しい……。
「早く、目覚めないかな……」
恋する乙女のような心境と、今の僕は少し似ているかもしれない。
「僕は男には興味ないですが、透さんがそこまで重宝するなら全力でお支えしますよ。今後ともね」
「頼りにしているよ、骸骨」
「クク、お任せを」
骸骨は仰々しく腕を胸に当て、王に仕える従者のように頭を垂れる。
普段見慣れている彼の大げさな所作を見て、僕は日常に戻ったのだと痛感する。
さて、挨拶も済んだことだし、僕は部屋で少し休むことにしよう。
そして、“次”のことを考えよう。
“課題”は、山ほどあるのだから……。
寄り道もそろそろ終わりにしたいところ。