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±0  作者: 日向陽夏
第2.5章 束の間の平和
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幕間⑥ 貴重な人材【透視点】

「入ってもいいかな?」

 声をかけて、ドアの向こうからの了承の声を確認し、僕は中に入る。

「……透」

「やあ、ヒキガエル」

「…………」

 ヒキガエルは怯えているのか、僕とは目線を合わさずに、操作したコントローラは床に転がされてしまう。画面の向こうは一瞬でゲームオーバーに変わる。

「花子にも言ったが、僕は君たちの裏切りに対して報復しよう等とは思ってはいないんだ。だからその点に関しては気にしなくていい。いくらでも裏切ってくれて構わない。それで君たちが“成長”できるのであれば、僕は自らの血肉すら君たちに捧げても良いと思っている」

「……っ」

 ヒキガエルは一瞬で図星を突かれ、表情を歪める。言い訳も思いつかないのか、無言のまま唇を噛んでいる。

「僕と君が一番最初に出会った時のことを覚えているかい?」

「……今でも、たまに夢で見る」

「ジェネシスを君に与えた時、僕が君になんて言ったかも覚えてるかな?」


「――――僕が恐怖を“克服”した時、僕は“完成”する。」


「一言一句そのままだね。素晴らしい。そう、その通りだ。それさえ忘れないでくれれば、他の事は“全て”どうでもいい。憂いなくただ君は自分のことだけを考えて、自分の為だけに成長し続ければそれでいいんだ」

「い、意味は分からないままだけど……」

「“その時”がくれば分かるさ」

「…………」

「そうそう、君に仕込んだ心理誘導はちゃんと日々実践してるかい?」

「ゲインロス……効果。やってる。ジェネシスは常に少なく見せてるし、本気で能力を使ったことも無いし、全力で戦わないようにしてる」

「そう。常に自分の力に“制限”をかけろ。そして“誤認”させて欺くんだ。弱者を演じ、自分の底をダミーで用意し、“この程度”だと錯覚させろ。自らの用意したニセモノの弱さを撒き餌として……ね」

 ゲインロス効果。それは簡単に言ってしまえば、有能な人間が無能に、無能な人間が有能に見える現象。高学歴で明朗快活な人柄の新入社員が全く仕事ができなくて無能に見えたり、逆に低学歴で無口でコミュニケーション能力が皆無の新入社員が人の何倍も仕事ができて有能に見えたり。実際の能力ではなく、“印象”で相手を誤認するという心理現象。これをジョハリの窓である「盲目の窓」に応用すれば、相手に自分の印象を意図して決めさせ、“評価を捏造”することができる。プラスとマイナスの印象操作が可能だ。だから僕はヒキガエルには徹底して弱者を演じさせ、能力にも制限をかけるように命令している。

 絶対に失いたくない、僕の至宝。それが、ヒキガエルだ。花子にはバレてしまっているようだけど……ね。彼女もなかなか有能だ。まぁ、だからこそ一番近い位置に置いているのだが。

 まぁ、誰を評価して地位と役割を与えるか等の思考についてはピグマリオン効果とピーターの法則等も考慮しなければならないが、《赤い羊》ほどの小規模な組織であれば、まだそこまで考慮する段階ではない。そしてこれらが実践できている企業、公的機関も殆ど存在しない。

 現代社会の人々は子供に対し学力と金儲けのことに成長促進を偏らせ過ぎたせいで、“心を鍛える”ことを疎かにしてきてしまった。優れた感受性や情緒も無く、サイコパスとしても無能な人材を量産する傾向にあるのが現状と言える。だが、そのツケを精算する時も近い。

 優れたマニピュレーター無くして社会の円滑な統治は不可能だと気付けない愚者が現代社会に多すぎるのは、嘆かわしいことだね。「子供を産まない」という若者の集団的選択は、暴力による革命より恐ろしい事だと何故気付けなかったのか。国家の中枢にいるサイコパスも無能が多くて困る。下層が存在しない組織等、どう抗っても滅ぶに決まっているというのに……。

 まぁ、それもこれから全て、僕が終わらせるんだがね……。

「そういえば、リリーとヒコ助が死んだんだね。君が見届けたのか」

「……うん」

「とても悲しいことだね」

 リリーほどの才能とセンスを持った快楽殺人鬼はそうそういないだろうし、ヒコ助もまだ成長の余地があった。忸怩たる思いだ。彼らの損失は僕にとって悲しいこと。しばし目を閉じて、仲間であった彼らの冥福を十秒ほど祈る。

 目を開き、頭を切り替える。過去に思いを馳せる時間は終わりだ。

 次は損得勘定について思考する。


 ――――彼らの損失は大きい。だが彼ら程度であれば、まだ替えは効く。次は彼らを作り出したノウハウを活かし狂人育成カリキュラムを強化し、更に優れた人材を確保すればいい。いばら姫も成長したし、彼女の考えも取り入れれば更に効率よくSSを作れるだろう。


 沢山の失敗とモルモット達の犠牲を経験してきた今の僕であれば、もっとSSを少ないコストで“量産”することも可能な筈だ。

 僕にとって絶対に失いたくない人材は、実はまだ一人も失っていない。あの二人程度の損失で済んでよかった。その辺の判断とさじ加減をしてくれた花子は僕の想像以上の働きをしてくれたと言えるだろう。

 殺人カリキュラムで失ったものもあるが、得られたものもある。

 花子の進化、百鬼零という収穫を考えれば、実質はプラマイゼロと考えていいだろう。

「透」

「何かな?」

「……白雪セリカには、気を付けろ」

「君がそこまで言うほどなのかい?」

 ヒキガエルは滅多に自分の意見を主張しない。ましてや僕に警告など今まで一度もしたことがない。

「絶対に油断するな。最初から全力で殺しに行くつもりで、対応した方がいい」

「……君が僕に助言とはね。雪でも振るのかな?」

 冗談めかして笑うが、ヒキガエルは深刻な表情のままだ。

「あいつには、“何か”ある」

 ヒキガエルの思考を見ると、どうやら白雪セリカはSSSの力も使えるらしい。

「……興味深いね」

「違う、目に見える力なんて大したことじゃないんだ。目に見えない力の方が、怖い」

「目に見えない……?」

「分からないんだ。今の白雪セリカは、存在としての次元が違う。いばら姫が自分の肉眼で直接あいつを《異能解析》で見ないことには、能力の底も分からないし……」

「……」

「ただ一つ言えるのは、白雪セリカは……Fランクを超える“何か”になろうとしている」

「Fを超える……“透明”ぐらいしか想像がつかないが……。いや、違うか。実用性があまり無いしな。別、か」

「透……明?」

「いや、何でも無いよ。それよりも一つどうしても気になっていることがあってね。存在しない色についてだ」

 ヒキガエルの思考を見ながら、僕は新たな疑問に気付く。

「?」

「マゼンタジェネシス。赤紫なんて色のジェネシスは僕の認識の限り、存在しない筈なんだ。しかもパープルと同じSSなんて、僕にとってはあり得ないこと。Fランクもピュアホワイトのみで、スノーホワイトなんて色は認識の範囲外」

「……存在しない色が、出始めた?」

「ジェネシスが途中から変わるなんてことは、あり得ない。ジェネシスには殺人という方向性しかないからね。自分から勝手に変わることはない。だから結局のところ一つの可能性しか現実味がない。ジェネシスそのものに干渉した“何者”かがいるってことだ。“誰”かは知らないが……ね」

「……?」

「ああ、ごめん。難しかったね」

「別に、いい」

「なるほど、分かったよヒキガエル。君の言う“見えない力”とやらは確かに存在するらしい。流れが変わったね……。目で見えない、大きな流れが……」

 運命など普段は信じないが、今は少しだけ信じてもいい気分だ。

 僕の予測を超える展開がこうも続いたということは、僕を超えるジェノサイダーが現れたということに他ならない。

 それは、とても喜ばしいことだ。

「……僕は、僕の為にしか行動しない。それは事前に許してほしい」

「いいさ、それで。僕らが負けたら、僕らの脳を君への供物として捧げよう。やがて君が“完成”するその日を願って、ね」

 ヒキガエルには、一番期待している。

「じゃあまたね、ヒキガエル」

 僕はそう言い残し、その場を後にした。

 さて。次は、骸骨に会いに行こうかな。

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