第1話 殺人カリキュラム⑯
「先輩?」
セリカの、俺を案ずるような、心配する瞳。
いつの間にか、高校生になったセリカがそこにいた。
「…………っ」
現実に意識が引き戻される。昔のことを思い出している場合じゃ無い。催眠が、一瞬解けたか。強力な催眠を、また結にかけ直してもらわない、と、な……。
頭が割れそうな頭痛に目眩を覚えながらも、俺は懸命に微笑んでみせる。
――――ああ、そうだ。こいつはいつだって弱い。だから俺も、”演じ”なければならなかった。強くない俺を。セリカが怖がらないように。セリカを怖がらせないように……。
これからも、俺は演じられるだろうか? 平和な日常で踊る、怠惰なるピエロを。こんなぶっ壊れている俺を好いてくれるセリカを、笑わせてやれるだろうか?
「お前は何があっても俺が守る。だから、行ってこい。な?」
「……っ、先輩」
セリカは俺の声に後押しされるかのように、ふらつきながらも、壇上へ向かう。
「よく、出来た……流石は、俺の――――」
「兄さん!」
崩れ落ちそうになるところを、結に肩を貸される。
「わりぃ、結。いっつも迷惑かけて」
「そんなのいつものことでしょ? 今更謝らないでよ」
「……だな」
俺は苦笑し、壇上を見据える。セリカは震えながらも、透の前に立っていた。
「……ふむ。君が、そして後ろの彼が、花子が言っていた”特殊な人材”か」
「……?」
「花子が執着するということは、それなりに興味深い。君がどんなジェノサイダーになるのか、見届けさせてもらうよ」
透は意味深に微笑すると、右手をセリカの頭に乗せる。
ちっ、きたねえ手でセリカに触りやがって……。
「ちっ、きたねえ手でセリカに触りやがって……」
結が呟くように言う。
「え? 何? どうしたの結?」
「兄さんの心の声を当ててみた」
「ドンピシャだよびっくりした。そして恥ずかしい」
「お前は何があっても俺が守る」
俺の声まねをして、結が無表情で言う。
「それもやめて、言わないで。恥ずかしいから」
この妹は、こうして時々俺を辱めてくる。だが、少しだけ気が紛れた。正直、セリカの頭に透の手が触れた瞬間、気が狂いそうになった。結はそんな俺の心中を察したのだろう。相変わらず、出来すぎた妹だ……。俺には、勿体ないほどに。
「勿体なくなんてないよ。私は、兄さんの妹に生まれて来られて、幸福を感じてる。だから自分を卑下するのはやめて。私の兄であることを、誇りに思って」
「心を読むなって……」
「今の兄さんは読みやすい。催眠も、もしかして解けた?」
悪戯っぽく微笑む、結。
「……ああ。不安定だ」
「そう。早く手を打たないとね。でも、もしかしたら催眠はしない方がいいのかもしれない」
「……何故だ?」
「透は本気だよ。本気で、私達に殺し合いをさせようとしてる。日常的な倫理観に縋ろうとすれば、間違いなく私達は死ぬことになる。だから……兄さんは“本来の兄さん”に戻るべきなのかもしれない。純粋に生存率だけを考えたら、催眠は悪手でしかない」
結がゾッとするような冷たい目で、壇上の透を見据えている。
「あ、ああ。そうだな」
温厚な結のこんな凍てついた顔は初めて見る。こいつは、こんな顔をするようなヤツだったか?
そして、結の物言いに僅かな違和感を覚えるが、その正体がなんなのかが分からない。
「……私は、私は、どうすれば」
結は目を伏せ、なにやら逡巡している。普段冷静な結がこんなに動揺しているなんて、意外だ。だが、当然か。あんなスナッフビデオを見せられれば……結も年頃の女の子だ。むしろ今こうして気丈に振る舞っている方がおかしいと言える。
…………これからするのは、正真正銘の殺し合い。
”今”の俺が、結とセリカを守りながら生き残れるとは思えない。
なら、もう取れる選択は一つしか――――




