Prologue①
「僕は悪が好きだ。人間の持つ恐ろしく醜悪で残酷な深遠の闇。それが、たまらなく好きだ」
あるビジネスホテルの一室で、僕は窓から眼下の夜景を見下ろし、そう呟いた。都心ビルが沢山あり、ぽつぽつと光が蛍のようにぼんやりと滲んでいる。僅かな小雨により、景色もどこか心許なげにぼんやりとしている。
「アンタって、本当に気持ち悪い男よね。親の顔が見てみたいわ」
ベッドに腰掛け、そう毒づく少女が一人、僕を蔑むような目で見て、冷笑する。年齢は16で、容姿は端麗。黙っていれば深窓の令嬢に見えなくも無いが、何よりも目を引くのは少女の可憐さと相反する灰色の長髪。そして、禍々しい真紅の瞳。常に全てを蔑み、憎み、呪っている彼女はとても美しいと僕は思う。付き合いは長くない。3ヶ月くらいだ。本当の名前も知っていたが、忘れてしまった。
「あいにく、僕に親はいない。殺してしまったからね。君も、親がいるなら早く殺しておいた方がいい。自分を生み、育てた存在というモノは、生きているだけで目障りなモノだよ」
「ご忠告どうも。考えておくわ」
僕の方を見もせずに、花子は一蹴する。相変わらず生意気な態度ではあるが、僕はそれを正そうとは思わない。
「ねえ、花子」
「何?」
「僕は君以外に、ジェノサイダーを増やそうと考えてる。そのことについて、君はどう思う?」
「べつに、アンタの好きにすれば?」
花子は面白くなさそうに、吐き捨てるように言う。
「僕は君の意見を聞きたいんだけど」
僕は首を傾げながら、花子を観察する。
「…………」
花子は僕と目を合わせ、何かを探るように僅かに目を細める。そう、殺そうと思えば、花子なんていつでも僕は殺せる。殺せてしまう。それを花子も分かっている。なのに、媚びようとしない。その態度が、僕はとても”良い”と思う。ただ……必要な時だけ、僕の言うことは聞いて欲しい。そう、弁えて欲しいな、と思う。今は、その弁える時だ。
「…………リスクは大きい。ジェネシスはとても強大な力。その力を分け与えることによって、目的達成のメリットは大きい。けれど、人材の選定を間違えれば、暴走され、裏切られる確率も上がる」
花子は淡々と考えを述べていく。
「うん、その通りだね」
僕はにっこりと微笑み、頷く。花子は苛ついたように僕を睨む。