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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第11話 ⍜⑧【白雪セリカ視点】

「シスター、《時間停止》は……」

 私はヒキガエルを警戒しながら、シスターへ問いかける。

 《時間停止》さえあれば、どんな敵でも無抵抗に殺せる。あれはマザーしか使えないのだろうか? 敵だと厄介だけど、こちらの戦力として考えられるならこれほど心強い能力はない。

「今は……まだ使い時じゃない」

「どういう意味?」

 シスター達が保有する異能力の総数はまだきちんと聞けていない。

 でも、使えないわけじゃないらしい。

 この返答は、マザー以外でも使えると理解していい。

「ジェネシスの消耗が大き過ぎる。一度発動してしまえば、たとえ一瞬の時を止めたとしても黒のジェネシスは使えなくなる。だからどうしても使わざるを得ない時にしか使うつもりは無い。そして、その未来はもうすぐ来る。けど今じゃない」

「…………」

 ヒキガエルよりはるかに大きな脅威がもうすぐやってくるというの?

「何かやるつもりかもしれないけど、僕のこの身体は“本体”じゃない。この身体は遠隔操作しているただの肉でしかない。僕は転移異能力なんて使わなくても、肉さえあればどこにでも魂を移せるんだ。たとえこの身体を殺したとしても僕という存在は死なない。今まで食ってきた肉体のストックだけ“命の残機”もある。戦うのはお勧めしない。お前たちも無駄にジェネシスは使いたくないと思う。僕もだけど。それに、お前たちが変な動きを見せたら僕もアンリの腕を転送してもうお前たちの前には出さない。お前たちはお前たちだけで《赤い羊》の全員と戦わなければならない状況に追い込まれる」

 ヒキガエルはたどたどしくも、こちらの状況を見透かすように語りかけてくる。

「取引の内容は? あなたはアンリの腕をこちらに渡す。私はあなたに何を差し出すことを望んでるの?」

「《赤い羊》を狩るのを、三日待ってほしい」

「……三日?」

「それだけ、だ。僕がお前たちに要求するのは」

「三日って……。何があるの?」

「詮索は許さない。飲めないならお前たちにこの腕は渡せない」

 三日……。私たちに動かれたくない、ということは、詳細は分からないけど、その間《赤い羊》は弱体化しているという仮説が立つ。

「お前の異能力は把握している。《一蓮托生》は約束を守らせる異能力。これを使い、お前とそこの女と、蘇生されたアンリに対して、《赤い羊》への攻撃を三日間許さないという盟約を結びたい。そうすればこの腕は渡してやる」

「…………」

 こちらの力を知っている。でもスノーホワイトになってからの異能力のことは《赤い羊》は知らない筈。何かしらの探知能力がヒキガエルにはあるのだろうか。それとも……もっと別の何かか。いや、駄目だ。今は情報が少なすぎる。シスター側で何か力を使ってヒキガエルから情報を取れていないか、後で確認した方がよさそうだ。

 でも、何か不自然だ。ヒキガエルの要望にはどこか違和感がある。

 この違和感の正体は……。

「アンリの身体はこちらで預かっていいっていことだよね? 蘇生後も含めて」

「無論、僕はアンリの脳が食べたい。が、お前たちはそれを許さないことも分かってる。だから今は我慢する。時が来て、お前たち全員が死ぬタイミングで、僕がアンリの脳を回収する」

 強気だ。《赤い羊》が負けるとは微塵も考えていない。

「……どうして、私の蘇生に拘るの? そっちには骸骨がいる。どうして骸骨にお願いしないの?」

「あの異能力は“不完全”だ。かつての生者の状態のまま蘇生することができない。蘇生された人間は何かしらの記憶の欠落等、異常な点が見られた。アンリを骸骨に蘇生させれば、生前と同じジェネシスカラーになる保証は無い。僕は……血液を自在に操る異能力がどうして欲しい。それに何より味も期待できる。でも、骸骨が蘇生すれば赤染アンリは恐らくパープルで蘇生されてしまう可能性が高い。同じ異能力になるかどうかは、賭けになる。僕は危険なことが嫌いだ。安全に、絶対に大丈夫な場所から、確実に成功して生き残りたい」

「…………」

 私は内心、驚愕していた。

 紫色のジェノサイダーは全員頭がおかしくて会話なんて成立しないと思っていた。

 でも、目の前にいるヒキガエルからは、狂気を感じられない。いや、飽くまで今この時は、というだけだ。普段は落ち着いているけどいきなり豹変することも考えられる。

 ……でも。


僕は危険なことが嫌いだ。安全に、絶対に大丈夫な場所から、確実に成功して生き残りたい。


この言葉……。ある意味一番厄介な考え方だ。

慢心が無く、常にリスクを恐れ安全を最優先に考える、悪く言えば臆病、よく言えば慎重な、保守主義的な思考。

何より、殺人カリキュラムでもヒキガエルは表舞台に出てこなかった。今ですら、遠隔で肉体を操作し、本当の姿すら分からないまま。

命の残機と言っていたことからも、何度も殺さないと本体も死なないと考えるべきか。

弱者の生存戦略、とでも言えばいいのか……。だがSSの領域まで到達した強力なジェノサイダーが、弱者の生存戦略を本気でやっているのだとしたら、それはある意味、透や花子なんかよりもよほどの曲者。

《赤い羊》を全員殺したとしても、ヒキガエル“だけ”を仕損じる可能性が高い……。肉を操れるということは、死体も偽装できるということ。

確実に殺害したということが証明できる手段が、無い。

“生き残る”という行動原理、ただその一点においては、全ての《赤い羊》を上回る最悪の殺人鬼なのかもしれない……。

「どうして……あなたみたいな人が、《赤い羊》にいるの? 彼らと一緒にいても、危険しかないでしょ?」

「お前は分かってない」

「?」

「透は、本気で“自由な世界”を実現するつもりだ。それが実現すれば、法も、国も、全てが崩壊する。戦争よりも醜悪な、殺人者だけの世界を透は作るつもりだ。そして透ほどの力があれば、恐らくいずれは実現する。僕は死にたくない。絶対に死にたくない。強力な力を手に入れて、僕だけは生き残る。滅びる国で馬鹿な国民として生きていくぐらいなら、僕は透に力を貰って“最強”の存在になる。生きて、生きて、生き延びる為にッッ!」

 覇気がなく、薄暗い存在だったヒキガエルの言葉尻が、徐々に強くなる。

 私は、全身に鳥肌が立つのを感じる。

 ヒキガエルにあるのは、透という強者への畏怖。恐怖による忠誠心。

 生き残る為に。そんな理由で《赤い羊》にいるヒキガエルの存在は、私にとっては受け入れがたいものだった。

「人間は生き残るために他人を犠牲にする。イジメで孤立させた人間を寄ってたかって攻撃するのは、それ以外の人間たちの結束と絆を深める為。受験も就職活動も出世競争も常に自分を高め他人を蹴落とすことが正しい。全ては椅子取りゲーム。僕は生き残る。他人を犠牲にして。だって、他人が滅びるところを見て自分の生き残りを実感するのは、とてもキモチノイイことだから。人間は他人を犠牲にして勝利し、自分の命の価値を実感できた時にのみ、幸福を実感することができる。そういう動物だ。透の、受け売りだけど」

「…………っ」

 生き残る為だけにリリーを殺した私にとってそれは、耳の痛い話だ。

「生きることは正しい。生き残ることは常に正しい。だから。白雪セリカ、選べ」

 ヒキガエルは、無表情のまま、感情を感じさせない真っ黒な瞳を私へ向けてくる。

「お前が大嫌いな《赤い羊》の一員である僕との、取引を受けるかどうかを」

 ヒキガエルは無感動に私を見つめていた。

「私は――――」

 私はヒキガエルから目をそらさずに、ゆっくりと言葉を選びながら、唇を開いた。

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