第10話 Fランク VS Fランク③【白雪セリカ視点】
シスターの顔が視界が滲んだようにブレる。
「――――うっ」
この景色は前にどこかで見たことがある。聞いたことがある。
そしてこの先私はシスターを“殺す”のだろう。それが分かる。
強いデジャブに頭の中が揺れるような頭痛が走り、思わずよろめく。
前にも、こんなことがあったような気がする。
なのに、どうしてもそれが思い出せない。
ただ、このまま先へ進めば、破滅が待っている。
そんな、曖昧で確実な予感めいたもので胸がざわつく。
――――何の為に“ここまで”やり直したのか?
意味不明の自己への問いかけに、思わず戸惑う。
「……?」
シスターは困惑の眼差しで私を見据えている。
《武御雷神》が通用しなかったのがよほどショックだったのか、先ほどまでの勢いはない。実際は《飛翔蒼天》を打ち砕かれたのでこちらとしては大打撃なのだけど、シスターから見れば切り札を無傷で済まされた不気味な存在にしか見えないのかもしれない。
戦意が薄くなっている……?
シスターは警戒するように距離を取ったままだ。
「…………Fランクの限界って、何だと思う?」
自分でも何を言っているのか分からないまま、何故か私はシスターへ問うていた。
「……どういう、意味?」
「……さぁ? 自分でも、よく、分からない……」
「…………」
シスターはマザーと違って無口だ。自分からは喋らないタイプらしい。でもさっきまでと違って、返事は返ってくる。
「Fランクの限界……。それは、善や正義なんてものに縋らずにいられない弱者にしかなれないこと。優しさも厳しさも結局は誰も救わない。救われない。自分自身すらも」
意外にも、シスターは黙考の末、答えてくれる。
「…………Fランクを超える為には、どうすればいいと思う?」
「人は自分以外の何者にもなれない。アリやゴキブリやカタツムリが人間になれないように、人間が人間以外の存在になることはできない。生まれた瞬間から、全ての生命にはポテンシャルの限界値が定められている。その限界値を超えることは誰にもできない。よく人はスポーツや芸術の世界で、限界を超えろなどと言うけれど、彼らの定義する限界はそもそも本当の限界ではなく、予め超えることが予定されていた一定の基準値に過ぎない。努力さえすれば超えられる限界なんて、本当の限界ではないということよ」
「……確かに、努力じゃどうにもできないことはあるね」
「死という限界を超えられないのに、何故生に縋るのか。どれだけ努力しても無駄なのに、無駄だと本当は分かっている筈なのに。あなただって馬鹿じゃないのに、マザーを倒すほどの力があるのに、どうして生きようとするのか……」
「《思考盗撮》で私の心をマザーを通して見たのなら、分かるんじゃない?」
「……《思考盗撮》はその時考えていることが見えるだけだから、別にその人の本質を理解できるわけじゃない。この異能を使えるのはマザーだけだし、そのマザーも消えてしまった」
「マザーの《唯一無二》で、私はあなた達の絶望を見たよ。生まれてから死ぬまで独りぼっちの、無機質な人生。あなた達の目に映る世界は、あの世界なんだよね。死を愛するようになるのも、分かるよ」
「それなら……何故、《唯一無二》を突破して、それでもまだ生きようとするの?」
「自分の人生に、納得できないから……かな」
「……どうせ、死ぬのに?」
まるで捨て猫のような弱弱しい目で、シスターは問いかけてくる。
さっきまでの冷徹な殺人鬼とはかけ離れた、迷子の少女のようにも見えてしまう。
「……シスター」
殺すと決めたのに。
そんな顔されたら……殺せなくなる。
でも、“これ”でいい。
《快刀乱麻》――カイトウランマ――
《白雪之剣》を二刀流のレイピアに変形させ、ジェネシス反射効果のある銀のレイピアを投げ捨てる。ジェネシス減少効果のある金のレイピアのみ、両手で構える。
シスターのジェネシスのみを削り取り、殺さずに無力化する。そう、決める。
殺さないことを決める。
「私は、“限界”を超えようと思う。その為には、同じFランクであるあなたを超えなくちゃいけない。あなたと同じ考えで何もかも諦めてたら、きっとGランクには届かないから」
「…………」
「――――全力で来なよ、シスター。悔いが無いように、後悔しないために。限界を超えて、ね」
今度は私の番。
――――反撃開始だ。