第10話 Fランク VS Fランク①【白雪セリカ視点】
「……“超えて”きたんですね」
眩しそうに、マザーは私を見て微笑うのと同時。
音もなく、色もなく。
――――ぶつかる。
銀のレイピアが、《唯一無二》が交差する。
漆黒のジェネシスをまとう人間の形をした何かの両手が、私の《快刀乱麻》に止められる。その瞬間、《明鏡止水》が解除されてしまう。状況把握でほぼ全ての時間を使い切ってしまった。
「……これが、《唯一無二》の正体」
顔が沢山ある。
一つの顔に、複数の顔が埋め込まれていて、それぞれが別の表情をしている。
苦悶、怒り、慈愛、殺意、微笑み、究極のカオスがそこにあった。
お腹の部分だけぽっかりと空白になっている部分があり、そこをよく見てみると人一人分収められそうな鳥籠の形をしていた。あそこに、閉じ込められていたのか……。
「マザー、私はあなたを倒す」
静かな決意表明。
《快刀乱麻》が衝突した“何か”はボロボロと、灰のように崩れ去り、消えていく。
「完敗のようです。セリカ様」
地上で、マザーは霧散したジェネシスの残り香を揺蕩わせながら、寂しそうに微笑う。
「……うん」
「私を倒した褒美に、一つだけ良いことを教えて差し上げましょう」
「良いこと?」
「ジェネシスを消耗する量が多いもの、代償がある異能力は他とは違う”特別”な異能力です。単純な効果しかないことはまずあり得ない。あなたがGランクを目指すのであれば、その力を使う他、道は無いと思います」
「マザー……」
「副人格の気配を、あなたの中に感じます。彼女を犠牲に……しなかったのですね」
「うん、だって……この子は私自身でもあるから」
「…………そう、ですか。では、何も言えることはありませんね」
マザーは何か納得したような表情で、頷く。
と同時に、マザーの身体を《唯一無二》が覆う。
私は、“反射”してしまった。
《唯一無二》はマザーへと返るのは必然の道理だった。
「マザー……」
「何故、あなたが泣きそうな顔をしているのですか? 勝ったのですよ、あなたは私に。だから、そんな顔してはいけません」
「《絶対不死》で、帰ってこられるよね?」
「帰るつもりは、ありませんよ」
「どうしてあなたが死をそこまで信奉するのか、あの白い部屋で分かったよ。あの場所にいれば、死は救いになる。あなたの目に映る世界は、あの部屋の中と同じなんだよね? 私は、あなたも失いたくない。あなたの痛み、苦しみ、それを全部分かったから、だから――――」
「あなたと一緒には行けません。私は、怖いんですよ。死より価値のあるものを知れば、死を恐れるようになる。死を恐れたくないから、私は独りでいい。ずっと独りでいい……」
「マザー……っ」
「セリカ、ありがとう。あなたと出会えて良かった。こんな感情は初めてですが、もしこの気持ちを言葉に表すなら……これはきっと、愛、なのかもしれませんね」
マザーは最後に優しく微笑むと、《唯一無二》の闇に包まれて気配が完全に消滅した。
ゆらりと西園寺要の身体が一瞬揺れたけど、次の瞬間にはもう毅然とした表情で立っていた。
その身体からは、鮮烈に研ぎ澄まされたスノーホワイトジェネシスが溢れ出す。
「……」
「……シスター」
「マザーは消えたわ。完全に人格が消滅した」
「……っ」
「ここまで来たのなら、セリカ。迷いは捨てなさい。私が何者であるかなんて関係ない。あなたはあなたの信念を貫けばいい。私は私の信念を貫くだけだから」
《吹雪之剣》――フブキノツルギ――
シスターを覆うスノーホワイトジェネシスが冷気を帯び、剣として具現化する。
刀身も柄も全てが氷でできた刀を、シスターは握り、構える。
凍り付くような寒さを纏う何者も寄せ付けない、圧倒的な白きジェネシスは、同じFランクとは思えないほど、全身を切り刻むような鋭さで私を威圧してくる。
「最初に言っておくけど、私は自殺に拘らない。あなたをこの手で直接殺すことに微塵も躊躇いがない。そのつもりで、挑みなさい」
「…………」
「まさかマザーが敗れるなんて……ね。あなたが、あなたさえ私達の前に現れなければ……っ。でも、もう過ぎたことは仕方ない。私は、殺す。刺し違えてでも、あなたを殺すわ。セリカ」
そう宣言し、シスターは殺意の眼差しとともに勢いよく駆け出した。
凍り付いた氷の剣を、その手に持ち駆け出すその姿は、まるで神話に出てくる天使のようだった。
1年半経ってもまだ2章が終わっていないという衝撃の事実……。
でも、もうすぐ2章も終わりですネ。
やっと3章に、入れるかな……。入れるといいな……。(←いいなではない