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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第9話 禁断のタナトス⑲【白雪セリカ視点】

 あれから、どのくらい時間が過ぎたのかも分からない。

 この部屋には時計がない。

 だから、一秒、一分、一時間、一日の感覚が……分からない。

 一年ぐらい経ったような気もするし、三十年ぐらい経ったような気もする。

 窓もなく、真っ白な部屋なので空を見て時間を判断することもできない。

 鏡もないので、自分の顔すら少しずつ思い出せなくなっていく。

 お腹も減らないし、トイレにも行きたくならない。眠くもならない。

 生理現象がないのは良いことなのか、悪いことなのか。

 自分が生きている実感というものが、少しずつ曖昧になっていく。

 初めは、足掻いた。

 棺の中にあるナイフで壁を刺したり、削ろうとしたり、色々やったけれど、傷一つつかなかった。ジェネシスを出そうと何度も試したけど、これもダメだった。

 途中、少しヤケになって自分の指をナイフで少しだけ切ってから、その血でドアを描こうとして、途中でやめた。

 絵を描いている途中で、自分の頭がおかしくなっていることに気付いたからだ。同じ景色の日々とも言えない日々が続いて、私は自分が何をしているのかすら、分からなくなっていた。

 話す相手もいないし、眠気も訪れないので時間の長さがただただ苦痛に思える。

 抗うこと、歩くこと、立っていることに意味を見出せなくなり、私は棺の中で横になった。意外と寝心地は良く、安らぎを感じる。

「早く……終わらないかな」

 思わず、そう呟いていて天井に手を伸ばす。

 爪は伸びず、肌ツヤは今までとなんら変わりない。

 鏡を見なくても、自分が老化していないのが分かる。つまり、老死することはないということ。自害することでしか、終われない部屋なんだ……ここは。

 終わる……。

 終わるって、何だろう?

「……このナイフは、そっか、その為に……あるんだね」

 お守りのようにいつも握っていたナイフを、まじまじと見つめる。

 この、“永遠に続く時間”という苦痛から逃れる方法は、死ぬしかない。

「…………せん、ぱい」

 あまりにも膨大な時間の経過で、私は何のために戦い、ここに来たのかすら、忘れようとしていた。

 でも、ふと呟いた言葉によって、意識がわずかに引き戻される。

「先輩……」

 取り戻さないと。こんなことしてる……場合じゃ、ない。

 私はナイフを投げ捨て、棺の中から出る。

「…………初心に、初心に……帰ろう。そうでないと、マザーの思うつぼだ」

 もう一度ひたすら、部屋の中を歩き回る。

 10周ぐらいして、足を止める。

「……本当に、何もない」

 1K程度の部屋。棺とナイフしかない白い部屋で、途方に暮れてしまう。

 電気も日の光もないのに、何故か密室の部屋の中は白と認識できる。

 これは間違いなく、異能力で具現化された部屋。

 いや、マザーの世界だ。


 《白雪之剣》――シラユキノツルギ――


 切り札の異能力も発動しない。

 ジェネシス無しで……乗り切ることなんて到底できない。


 ――――けれど。


 何か、何かある筈だ……。

 どんな僅かなきっかけでもいい。考えろ、そして思い出すんだ。

 これはマザーの異能力。

 マザーを完全に理解すれば、この異能力の本質も自ずと紐解ける筈。

「……マザーは、私を自殺させたがっている。そこから逆算するしかない……か」

 マインドコントロールの解き方は様々あるけれど、唯一無二の弱点と言ってもいい方法が、一つだけある。


 ――――それは、“誘導の逆算”だ。


 相手が心理誘導していると理解した時点で、相手の心理誘導の終着点と、その過程の全てを逆算して相手の本質を突き止める。

 いつかは忘れたけれど、一度だけ、先輩が教えてくれた。


          ♦♦♦


「お前は占いとかすぐ信じるし、友達とかテレビ、教師の言うことを信じやすい。だからこれは警告だが、マインドコントロールについて教えてやる」

「まいんどこんとろ―る?」

「悪人なら全員使える技術だ。頭の悪い犯罪者ですら、暴力や恫喝で相手を支配するというマインドコントロールを行っている。学校レベルで言うのなら、教室にいるスクールカースト上位の人間も全員使える筈だ。集団心理操作はコツさえ掴めば人すら殺せるからな。イジメという名のもとに。だから俺はコミュニケーション能力が高い傾向にある人間はあまり信用しないのさ。サイコパスが多いからな。……話がそれたな。この技術はクズどもの中では基礎と言ってもいい。だけどお前はきっと性格上、この力を上手く使えない。だから、この力と反対の力をお前に教えてやる。外道を上回る外道の技だ。俺は勝手にサイコパス殺しと名付けているが、この力を使えるのは恐らく一握りの人間になるだろうな。これを使えば、どんな弱者でも悪人どもの急所を握り潰すことすら可能だ」

「……えぇ、なんか悪そう。なんかお酒にそういう名前のなかったっけ?」

「鬼●ろしか。よく知ってるな」

「よくお父さんが飲んでるから……」

「ハハ、なるほどな。でも俺の苗字には鬼が入ってるから、大人になってもあんまり飲みたくないな」

「それで、その、なんとか殺しは悪いことに使う技術なの?」

「いや、監視カメラや防犯ブザーみたいなものだ。クズや外道にしか有効打にならないから、その点は気にするな」

「う、うん……。それで、まいんどなんとかって、何?」

「そこからか……」

 呆れたように、でもどこか楽しそうに微笑む先輩。


          ♦♦♦


そんな面影は、いつの間にか遠い過去となってしまった。

「……マザーを洗い出そう。それから逆算しよう」


 マザー。

 西園寺要の複数人格の一人。

 SSSランク、ジェットブラックジェネシス、真理に到達している。

 その真理とは、“死の母”になること。

“死の母”の理念には複数ある。

その理念は驚くことに一つの人格から分離した関係からか、メアリー、アルファ、シスター、マザー、それぞれ異なっている。

 マザーの“死の母”は“あるべき姿に正す”こと。

 死の方が正しく、生の方が間違っているという思想を持つ。

 人間の断末魔の叫びが、生の否定の象徴そのものであり、死の肯定そのものであるから。

 苦しむことでしか死の価値に気付けないという独特な考え方をし、相手を苦しませて自殺に追い込むことで相手を自ら死に追いやる。自殺誘導に特化した殺人鬼。

 生を肯定する私を敵対視している。

 使える異能力は分かっているだけで、《思考盗撮》、《絶対不死》、《絶叫崩壊》、《時間停止》、《灼熱地獄》そして……《唯一無二》。

 《唯一無二》について分かっていることは、異様な量のジェネシスを消費するということ。《時間停止》と同じぐらい、彼女は出し惜しみをしていた。

「それぐらい……強力な異能力なんだ」

 ジェネシスを使えないのも、恐らくこれが強力な異能力だから。

 そして、この異能力は、私を自殺させることだけが目的の異能力。

「…………」

 辺りを見回してみる。

 危害になりそうなものは、ナイフぐらいしかない。

 私がこのナイフを使って自殺すれば、マザーの勝ちだ。

 逆に言えば、それぐらいしか自殺の手段が無い。

 でも……何か引っかかる。

 それから、こんなことが前にもあったような気がする。

 ……思い出せ。これはかなり重要なことだ。


      ♦♦♦


 私の“死の母”の理念はアルファとは対極。苦痛によってもたらされる死への渇望。それこそがデストルドーの正体だと思っています。人間は苦しめば苦しむほど死にたくなる生き物。だからなるべく苦しませるのです。苦痛の度合いが大きければ大きいほど、死への渇望は大きくなる。それが私の導きだした“死の母”の答えです。


 リリー様は苦痛を与えた後自分で殺してしまいますが、私は相手が自分で死ぬまで苦痛を与え続けます。過程が殆ど同じなので、とても惹かれたんです。リリー様なら、もしかしたら私を理解してくれるかもしれない。


      ♦♦♦


 マザーの言葉を思い出す。

 マザーの理念はアルファとは対極。

 アルファの“死の母“は相手の多幸感を導き出し、己の死に幸福感のある納得をさせて死に追いやる。幸福によって死へと導く存在。

 そして、マザーはリリーと似ている部分がある。

 “そこ”にきっと、答えはある。

 私はリリーと戦っている。殺し合ったことで、私はリリーを理解した。

 答えはもう、私の胸の中にある筈。

「苦痛による自殺誘導、幸福による自殺誘導、そしてこれは……虚無による自殺誘導」


 ――――《唯一無二》の本質は、《五感奪取》と同じだ。


 相手から生を実感する要素の全てを奪い、虚無の中に閉じ込める外道の技。

 あの時は、どうやって解いた?

 どう、抜け出した?

 ……ああ、ダメだ。思い出して絶望する。

 あの時、あの境地を突破できたのは、《守護聖女》を使えたから。

 そしてそれができたのは、使われた異能力が《五感奪取》だったからだ。

 《唯一無二》は言ってみれば《五感奪取》の上位互換。

 ジェネシスすら奪われたこの状態で……私に、活路は、ない。

「……無駄、なの?」

 全部……今までやってきたこと。

 アンリの死も、リリーを殺したことも、マザーと対峙したことも。

 全てが、無駄。

 意味のないことだったの?

 問いかけようにも、その問いに答える者はいない。


(……無意味なことにも意味を見出してしまえるのが、あなたの力であり、本質だと私は思っているわ)


 どこからか聞こえる、声。

(久しぶり、セリカ)

「その声は……小さな私」

(やっと絶望したね。だいぶ待った。……長いよ)

「……絶望すれば、あなたの声が聞こえるようになるんだっけ」

(45年9か月2週間と11時間。よく頑張ったわね、セリカ)

「……よんじゅう、ごねん……?」

(おばあちゃんになっちゃうところだったね)

「……精神的にはもう、それぐらい行ってるかも」

 久々に話す他人との会話に、思わず浮足立つ。

 と言っても……この子は結局私の一部なのだけど。


(――――この異能力、《唯一無二》を突破する方法を教えてあげる)

「――――え?」

(何度も言わせないでよ。突破する方法、教えてあげるって言ってるの)

「……で、でも。希望なんてものを実現するつもりなら、私に頼らないで自分で道を切り開いてって言ったじゃん」

(根に持ってるの? 私が動けるのは、あなたが絶望した時だけとも言った筈)

「力を……貸してくれるの?」

(それはできない。私は死の象徴でもある。だから、選ぶのはセリカだよ。そこだけは間違えないでね)

「…………それでもいいよ。それで、《唯一無二》を破る方法は、何?」


(それは――――)


 小さな私は、少しだけ躊躇いがちに、そして寂し気に言葉を続けた。


(私の声が聞こえる今の状態のまま、そのナイフで、あなたが自殺することだよ。そうすれば、自殺というトリガーという役割を果たしたこの《唯一無二》は解除される。主人格の楯、副人格という私という人格の消滅。その死によって)


「――――っ」


(この異能力は“死ぬ“ことでしか解除することができない。”死の母“の真理の一つと言ってもいい究極の異能力、《唯一無二》。これはマザーが持つ《時間停止》を凌駕する、永遠という名の牢獄を具現化した、最低最悪の異能力だよ)


 ――――そう、悲しげな声で、小さな私は囁いた。


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