第9話 禁断のタナトス⑱【白雪セリカ視点】
「リリー、何故生きているの?」
呆然と呟く私を前に、リリーの形をした怪物が、パープルジェネシスを迸らせる。
「正義という名の悪に到達してなお、その輝き。君に殺されることを誇りに思おう。僕は……君に殺されるために生まれてきたのかもしれない」
穏やかで静謐な表情で微笑む透。
「これは《起死回生》じゃない。だから、まだチャンスはある。次は、間違えないでね、セリカ。あなたの言う、“過程”を私に見せて」
シスターがスノーホワイトジェネシスで私を包みこむ。
「お前の“本当”の記憶を返す。これが、私の最後のけじめだ」
結が私の額に触れて、漆黒のジェネシスを走らせる。
「実力主義という”幻想”。それを全ての人間に思い知らせるのさ。俺の世界を具現化してな?」
残酷な微笑を浮かべる先輩。
「生き返らせてあげよう。僕の力で。君の愛しい百鬼零を。今度こそ、完全な形で。ただし、この世に存在する全ての人間の命を僕に捧げることを約束してほしい。君にしか、透さんの代わりはできないのだから。今度は君が、《赤い羊》の王となるんだ。それを約束してくれるのなら、君と彼の楽園を、この僕が約束しよう。誓え、白雪セリカ。永遠の愛を……!」
先輩の亡骸を前に佇む私に、手を差し伸べて微笑む骸骨。
「《絶対零度》を使おう、セリカ。やっぱり人間は無価値だったんだよ。零も含めてね」
小さな私は泣きながら私を抱きしめてくる。
「セリカ、どちらを選んでも私は構わない。だから、死ぬまでそばにいさせて」
泣きながら私を抱きしめるアンリ。
「私は――――」
私は――――
――――っ、痛い。
ズキン、とひどく頭が痛み、私は起き上がる。
何か、夢を見ていたような気がする。
けれど、何も思い出せない。
あまりにも断片的で、連続性がない映画のフィルムを頭の中に直接叩きこまれたような、嫌な感覚。
「……ここは?」
真っ白な部屋。立方体で、どこにもドアと窓がない。
私はどうやら眠っていたらしい……。
腕が、何かに当たる。
「……これは、棺?」
私は棺の中で眠っていたらしい。
棺の中から出ると、本当に何もない。
ぐるりと一周部屋の中を歩いてみても、やはりどこにも出口はない。
少しずつ、思い出していく。
直前の記憶は、マザーの異能力《唯一無二》を撃たれたこと。
そこから、記憶が途切れている。
つまり……この空間そのものが《唯一無二》の異能力だということ?
密室なのに、息は出来る。二酸化炭素中毒になる気配はない。
危害になりそうなものはない。
壁に触れると、どことなく冷たい。
ジェネシスを使おうとしても、発動しない。
「キルキルキルル」
楯も出てこない。
仕方なく、棺の前に戻る。
棺の中には、さっきまで無かった抜き身のナイフが置いてあった。
この部屋にあるのは、それだけ。
出口のない密室。あるのは棺と、鈍く光るナイフのみ。
……どうしたらいいの?
ジェネシスが使えない密室に閉じ込められた。
突破口がまるで思いつかない。
《唯一無二》。名前はシンプルなのに、体験してもどんな意味がある異能力なのか、その真意が分からない。
――――どこまでも無。そんな残酷を思わせる白い密室の中に、私は閉じ込められた。