第9話 禁断のタナトス⑧【百鬼結視点】
「SSS……か」
透からもよく言われていた。私には、SSSの素質があると。
だが、結局なれなかった。
真理というものが、私にはよくわからないからだ。
「私を受け入れられる上位存在なのであれば、容易い筈です」
デルタは感情のない無機質な顔で、そう断言してくる。
「SSSになる意味はあるのか?」
「強くなれますし、ジェネシスに会うことができます。そして、何か“一つだけ”質問をすることができます」
「……透も言っていたな。ジェネシスは自我を持った生命体であり、人間に寄生して力を与える代わりに、寄生した人間の欲望……特に背徳的な衝動を助長する存在だと。自我を持っているが、その正体は結局のところ不明」
「よく知っていますね」
「お前は……お前たちは、ジェネシスに会ったのか?」
「私、マザー、メアリーは会いましたね」
「一つずつ質問したのか?」
「ええ、まあ」
「なんか……ずるいな」
「もし仮にSSSになれたとして、私は私でいられるのか……?」
じっと両手を見る。
私は常に私を抑え込んできた。
私の欲望は、人間の心を操り破壊し思い通りに支配すること。
その欲望がジェネシスとして具現化するのだ。それはとても恐ろしいこと。
《自我崩壊》で何度セリカを廃人にしようと夢想したことだろう。
ジェネシスを手に入れてからの毎日は、自分との戦いだった。
人間が人間である為の境界線。
それは私にとって、常に強く意識していないと容易く揺らいで抜けてしまう、朧げなカーテンのようなもの。
「無論、今のあなたは別人のようになるでしょうね」
他人事のように、デルタは言う。
「…………具体的にどんな人間になるんだ?」
「あなたは既に自分の中にある真理に気付いている。でもそれが到底受け入れられるものではないから、気付かない振りをして、封印している。無意識の、ずっとずっと奥底に」
デルタは私の質問には答えず、全てを見透かしたような目で私を射抜いてくる。
「…………私が、既に真理に気付いている?」
「あなたは人の心というものがどんなものなのかを完全に理解している。抽象的にではなく、完全な形で認識している。だから精神干渉の異能力であれば、使えないものは無い筈です。でも、だというのに、自分の心からは常に逃げているから、真理に到達しているにも関わらずSSSになれていない。ジェネシスの色も安定しない」
「…………」
「三色混合のジェネシスの本質を三人同時出しだと一瞬で見破り、私に精神を乗っ取られてもなお冷静、心が揺らいでいない。透に見出されるポテンシャルの高さもそうですし、赤染アンリもあなたを認めていましたね。あなたは立派な怪物ですよ。意外ですけれども、怪物は自分のことを怪物とは思わないものです」
「……どういう、意味だ」
「分かってるくせに」
デルタの姿が、ぐにゃりと歪む。
「あれ、私の形が崩れちゃいましたね。少し動揺していますか?」
屋上の床が、地割れを起こし、空が裂け再び視界は漆黒に戻る。
「フッ、私の作った明晰夢があなたの世界に引きずり込まれてしまいました。これ以上、私と会話を続けたくないという意思表示ですね」
「……私の、無意識が、分かるのか?」
「私はよく、イドの中で眠っていますから。それが西園寺要のイドの中ではなく、あなたのイドの中になっただけ。それでも、なんとなく分かってしまいます。嫌ですか?」
「良い気分はしないさ。だが……お前は……私をSSSにしたいんだな? 珍しく、それはお前にとって特別な主体性なのかもしれない」
「私の無意識も読んでるようですね。そう、その通りです」
「……いいだろう。SSSになってやる。元々、この力がなければこの先《赤い羊》、未来のセリカと、兄さんだったナニカに、対抗できないだろうからな……。だが、SSSに至る為には、その真理は他人に言われたものではダメなんだろう? 自分で気づかないといけない」
「そう、その通り。でももうあなたは“気付いて”る。あなたは気付いてるのに、気付かないフリをしてた。私はそれを教えただけ。何も問題はありません」
「……気付かない、フリ?」
気付いているのに、気付かないフリをしている。
知能を持つ人間だけが持つ、特別な落とし穴。バイアス。愚かさ。
あるいは……“自己防衛”本能。
「――――――――っ!」
脳天を雷が突き抜けるような衝撃とともに思い出す。
「……そうか、私は……《堕落遊戯》を自分に……使っていたんだな……」
私は、兄さんの破壊衝動を《堕落遊戯》で封印したように、私自身の記憶を一つだけ封印していたんだ。
私にとっての禁忌。
だが、解けてしまった。デルタの言葉のせいだ。
その瞬間、漆黒の景色が別の景色へと変わる。
封印した過去が色を持って、新しい世界を作る。
私は私の、過去を見た。