第1話 殺人カリキュラム⑫
『今ここで死ぬか、安藤を犠牲にして生きるか。特別に、選ばせてやる。安藤を生贄にするなら、俺の代わりに死んでくれ! と言え。あと三十秒で決めろ。それまでに結論を出さなかった場合、最大出力の電気ショックを与える。今の三倍ほどの電圧だ。その場合、お前は100%死ぬことになる。いいか、三十秒だ。……いくぞ。三十、二十九、二十八』
ヒコ助の、死のカウントダウンが始まる。これほど悪趣味且つ陰惨なカウントダウンは初めて見た。
えぐいことをするものだ。こんなことを思いつく時点で人間じゃないが、実行したらもう二度と人間には戻れまい。それほど穢れた場所に、こいつらは立っている。
――――いや。その位置にいるのは俺たち生徒も同じ。加害者になるか、被害者になるか。その究極の二択のなかで行動するしかないのだ。殺すか、殺されるか。
『…………五、四、三』
いつの間にか、カウントが差し迫っていた。
『ああ、あああざあああッッッ!』
渡辺が苦悶の声を上げる。電気ショックを浴びたわけではないのか、真っ直ぐにこちら……つまりカメラを見つめている。発狂寸前、といったところか。死への恐怖は絶対的なものらしい。
『わか、った。わか……った』
『…………何が?』
愉悦と殺意を滲ませて、ヒコ助が問う。
『…………俺の、俺の為に、安藤…………死んでくれ』
『クハッ、カハッ、クククククク…………あひゃひゃひゃひゃひゃッッッ!』
ヒコ助の狂った笑い声が、画面越しに部屋中に木霊する。聞いているだけで頭がおかしくなりそうな、そんな笑い声だった。
『いいだろう。お前を助けてやる。安藤は殺すが、その代償にお前は生き残らせてやる。お前の代わりに、安藤を殺す。お前の決断通りに、俺は安藤を殺す。お前と同じ電気ショックを用いて、安藤を殺す。お前の意思を、俺が代行する』
まるで渡辺が安藤を殺すかのような言い回しで、ヒコ助は言う。
『ち、違う。俺の、俺の意思なんかじゃ』
『なら死ぬか? 俺はどっちでもいいぜ』
『い、嫌だ! 生ぎだい、俺は……俺はまだ、生ぎだいッッッ!』
『なら、もう一度、今度はしっかり、自分の意思で言え。次はないぞ?』
『……安藤。俺の為に、死んでぐれぇぇ……ッッ』
『迷いはないな?』
『ないッッ!』
『よし、それじゃあもう一度メッセージを流せ。安藤宛に、自分の代わりに死んでくれるようお願いするんだ』
『……俺は悪くない。俺は、俺は悪くない! 強要されて、こんなことになったんだ! 俺の、俺のせいじゃない! 許してくれ……許してくれ安藤ゥゥ、俺は、俺は生きたい。生きたいんだァァ……。お前なら、お前ならいいだろ? 万年赤点で、どうせ進学も絶望的だ。ロクに就職出来まいし、お前が死んでも、誰も悲しまない。俺には、家族がいるんだ! 妻と息子を養わなくちゃならないんだ! お前は何も背負っていない。先がないお前なら、死んでくれていいはずだァ。俺の代わりに、俺の代わりに、頼む! 死んでぐれぇぇ…………ッ』
渡辺は泣きながら懇願する。涙と鼻水を垂れ流し、失禁した椅子で無様に声を荒げながら、保身に狂い命乞いをしている。自分のために生き残るのではない、と、家族すら言い訳に使う始末。人間の根底に潜む、醜悪な生存欲求がむき出しにされ、俺は思わず顔をしかめる。