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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第9話 禁断のタナトス⑥【百鬼結視点】

(……どこだ、ここは)

 身体中が、足元がおぼつかない。

 水の中を漂っているような……そんな感覚。

 視界は全て黒だが、怖さはない。宇宙空間のような、そんな印象。

(……そうか、私は《自我崩壊》を使ったのか)

 人間の精神を、イドの領域まで根こそぎ破壊し尽くし、記憶は愚か、人格すら残らず破壊し、対象を廃人にさせる異能力。

 命ではなく、精神そのものを完全破壊する力。

 精神系において究極の異能力と透に評価された私の最終兵器。

(まさか……こいつを使わされることになるとはな)

 精神という曖昧な概念を破壊するイメージをすることは難しいが、PCの初期化をするときに何度も何度も意味のない乱数データを上書きして元々のデータを限りなく消去する方法と感覚は少し似ている。

 ジェネシスをデータレベルまで細分化して精神に何度も流し込んで上書きを繰り返して破壊する。それが、私の《自我崩壊》だ。

(だが……おかしい)

 異能力は確かに発動した。

 だが、何故、私は私を認識できている?

 デルタの人格のみを破壊するイメージはした。

 だが、それでも、私もただでは済まない筈。

 私に記憶はあるし、理性もあるし、思考もある。

(……重要なのは、ここがどこか……ということか)

 意識はあるのに、景色は黒。

 ここは現実世界では……ない。

(その通りです。あなたは正しくデルタを破壊しました。本来であれば、あなたの人格もただでは済まなかった。まさか私が出ることになろうとは。しかもジェネシスまで使って。運が良いのか、悪いのか。その判断は私には難しい)

 思考。いや、声……か?

 私なのに、私ではない声。

 頭がおかしくなりそうだ。

 意識の中に自分ではない自分がいて、自分ではない自分が考えて、思い、言葉を話す狂気。

(こんな真っ暗闇では落ち着かないでしょう。イメージしましょうか。落ち着ける場所を)

 私ではない誰かが言い、空間はぐにゃりと歪み、学校の屋上へと変わった。

 手足の感覚が戻り、夕暮れの空に染まる給水塔と、フェンスの手前に立つ女と、二人の亡骸。

 西園寺要の顔をした少女が私の前に立っていて、二人の亡骸も西園寺要と同じ顔をしていた。二人の西園寺要の死体と、生きている西園寺要が一人。

 一目で死体だと分かるのは、肌の色が青白く、首があり得ない方向に曲がっていて、眼球が外へ飛び出しているからだ。

「……初めまして。百鬼結さん」

 死体ではなく、立っている方の西園寺要は、にこりともせずに私に挨拶をしてきた。

「…………お前は、誰だ」

「……そう、ですね。その話をするのは少し難しいですが。あなたが殺したデルタではない……とだけ」

 単一色のジェットブラックジェネシスを放出させ、西園寺要はかがみながら二人の同じ顔をした死体に手を当てて何かを始める。

 《死屍再生》――シシサイセイ――

「あら……駄目だ。治らない。もう“このデルタ”は駄目ですね。新しく作り直さないと」

 感情と抑揚を感じさせない声で、西園寺要は自分と同じ顔をした死体に当てていた手を放し、ゆっくりと立ち上がって私を見た。

「お前たちは七人と言ったな。あれはどこまで本当なんだ? お前は……誰なんだ?」

 そう……か。

 問いながら、私は気付いてしまう。

 何故、デルタは三色混合のジェネシスだったのか。

 ジェネシスは変化することもあるが、必ず一色だ。

 だが、それが複数あるということは……答えは一つしかない。

「お前たちは……“同時”に“表”に出ていたのか?」

 それなら……つじつまが合う。

 一人の人格ではなく、三人の人格が同時に表に出ていれば、三色に……なるからだ。

「……あなたは……異常者ですね。精神の」

 西園寺要は困惑するでもなく、動揺するでもなく、私の仮説を聞いて真顔でそう呟くのみだった。

「初見でそこまで看破してしまえるのは、あなたは人間寄りではない……ということです」

 あっさりと肯定し、西園寺要はぼんやりと夕日を眩しそうに見つめた。

 ……なんだ、こいつ。会話に感情を感じない。ガラスのような無機質さと危うさを感じる。

「おっしゃる通り。ダミー人格はベータとガンマだけではなく、デルタもそうなんですよ。デルタは自分のことをSSSと嘘をつきましたが、本当はSS。デルタの性質はパープルジェネシスのみということですね。真理には到達できていません」

「……お前たちは、何人いるんだ? デルタは7人と言っていたが」

「ダミーデルタは自分がデルタだと思い込んでいるので、本体の私と予備デルタを数に入れていなかったんですね。だからトータルで2人足りないということになる。つまり副人格は合計9人ということになりますが、ついさっきあなたの《自我崩壊》でダミーデルタと予備デルタが死んでしまいましたので、今は7人ということですね」

 一瞬理解が追い付かないが、それでも私は何度も咀嚼してその言葉の意味を理解してしまう。

「……もう一度聞く。お前は……誰なんだ」

 全身に鳥肌が立つ。

 《自我崩壊》まで使って倒せないなら、もうどのみち私に活路は無い。

 そして、目の前の相手は単一色のジェットブラックジェネシス。

 すなわち、“デルタの本体”ということだ。

 死体二つがそれぞれSS、Sのジェネシスを持ち、この生きている西園寺要はSSS。だから……三色混合。

 目の前のこいつがジェットブラックジェネシスなら、一番強いヤツが生き残ってしまったという事実がハッキリするだけ。

 ……そして、あの化け物じみたデルタをダミー人格と言ってしまえるほどの人格。

「誰? 名前などに意味はありませんよ。“自分の存在に安心したい”だけ。それだけの記号でしかありませんから」

 西園寺要は自分の顔をした二つの死体をジェネシスで燃やしながら、呟くようにそう言った。

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