第9話 禁断のタナトス②【百鬼結視点】
「……お前は、西園寺要……なのか?」
初対面とだいぶ印象が違う。
西園寺要に対して初対面で感じた印象は妖艶さと母性。全てを包み込むような慈愛と、残酷な死の気配。
だが、目の前のこいつは違う。
無垢な笑顔の裏に隠してはいるが、自分の猟奇的な発言に対する私の反応を静かに、面白がるように観察しているのが分かる。
兄さんに匹敵する“サディズム”をこいつは持っている……。
自分の言動、行動に対して他者が恐怖したり混乱するのが面白いのだろう。
そういう残酷なサディズムを感じる……。
そして、透を目の前にしているような精神的な重圧、存在感。
「まぁ、戸籍上はそういうことになりますね。西園寺要という人間は一人しかいないことにはなっています」
ピアノの屋根を下ろし、その上に西園寺要は腰掛けながら言う。
そもそも、こいつのジェネシスは何だ?
三色混合? トリプルカラージェネシス? あり得ない。見たことが無いし、透ですら仮説ですらその話題を上げたことがない。つまりあり得ないということ。
そもそも、こいつは人間なのか?
こんな意味不明なジェネシスを身に纏っていて、人間……なのか?
錯乱しては駄目だ。こいつのプレッシャーに呑まれれば終わる。
何かを恐れるのは、その何かを知らないからだ。
人間は未知のものを恐れる。
目の前のこいつを恐れないためには、こいつを少しでも理解する必要がある。
こいつの発言を思い出してみる。
ファーストコンタクトがこのような見苦しい姿で恐縮です。
副人格は私のことを”デルタ”と呼びます。
「……まさかとは思うが」
仮定が一つ頭の中に降りてきた。
あり得ないと一笑に付したくなるが、その常識的考え方こそ人間の持つ愚かさ。バイアスの特徴そのもの。
「お前は多重人格者……なのか?」
私がそう問いかけると、西園寺要は退屈そうにあくびをしてから、ニッコリと微笑んだ。
「正解です。ヒントも沢山あげたので簡単でしたね。ただ、まぁそんなことはどうでもよくてですね」
西園寺要はつまらなそうに答え、掌からジェネシスをシャボン玉のようにふわふわと大量に浮かせて遊び始める。黒と紫と赤のシャボン玉が空間を飛び回る景色は、どこか幻想的で蠱惑的な危うい印象を感じさせる。
「私はこの身体を早く出ていきたいってことなんですよね。私は常にシスター、マザー、メアリー、アルファの上位人格に押さえつけられていて、表に出ることがなかなかできないんですよ。いじめられてるんです、私。酷い話ですよね」
ぐすん、とわざとらしく泣き真似をしている。
「でも、あなたたち三人組がマザーとメアリーを消耗させてくれたおかげで、この身体は“意図しない眠り”に落ちました。馬鹿人格達は今頃この身体は完全に眠ってるって思い込んでますよ。笑っちゃう」
クスクスと楽しそうに肩を揺らして西園寺要は笑っている。
「……多重人格者のメカニズムは私は全く分からないが、お前は他人の身体を乗っ取る異能力を持っているんだろう? 手近な人間の身体を奪えばいいのではないか? 乗っ取った後自殺するから、元の身体に戻ってしまうんだろう?」
こいつの行動原理は全くと言っていいほど理解できないが、ひとまず話を合わせることにした。私のこの適応力の高さは一時期透と行動を共にした所以だろう。
「その通りです。ただ、私が乗っ取った身体は発狂してしまってうるさいんですよね」
「……うるさい?」
「返せ! 返せ!って、ひたすら叫んだり泣いたりとにかくうるさいんです。肉体を奪っても精神まで完全に奪えるわけではないらしく、私が乗っ取った後も自我が残っちゃうみたいで。一番最初の憑依の時は、あんまりうるさいんで最後は屋上から飛び降り自殺して静かにさせたんですが、これがなかなか気持ちよくて。乗っ取るより乗っ取って自殺する方が楽しくなってきちゃったんです。これぞまさに、本末転倒ってやつですね。フフ」
自分のドジを取り繕うような、そんな微笑を西園寺要は浮かべる。
「……」
明るく朗らかに耳障りの良い少女の声で語る内容は、陰惨極まりないもの。
まだこんな化け物がいたのか……。
透が《主観盗撮》している筈なのに、こいつをノーマークにしたのは、多重人格者だからか?
「……透が《狂人育成》で生徒全員にジェネシスを与えた時、誰が表に出ていたんだ?」
「あぁ、それは……ガンマですね。私たちの中には“凡人”として設計された人格が二人いるんですよ。家用ベータと外用ガンマですね。マザーたちはダミー人格って呼んでますが。自分のことを“単一人格だと思い込んでいる”人格。ジェノサイダーとしては、ベータはグリーンジェネシス《愚者の領域》のDランク。ガンマはアクアブルージェネシス《労働者の領域》のCランク。だから、そうですね。私たちは全員で七人いるんですよ。多重人格者といっても、足並みは全く揃ってないんですよ? フフ。蚊帳の外のベータとガンマ以外、上位人格は全員それぞれ仲が悪いので」
おかしくてたまらないというよう、お腹を抱えてアハハと西園寺要は笑う。
「それで、お前は……デルタなのか?」
「その名前は嫌いなんですよ。何か新しい名前を付けて頂けません? できればとってもチャーミングなやつを」
「そう急に言われても……思いつかないが」
「じゃあ、名前はいいです。そんなことより!」
忘れていたスケジュールを突然今思い出したかのようにデルタは両手をパンと叩いて、ニッコリと微笑んだ。
「――――あなたの身体、私にくれませんか?」