第8話 THE FOOL ⑨【赤染アンリ視点】
奪った異能は筋力アップの効果を持つゴミクズみたいな能力、《絶対強者》。
こんなカス能力、手札にすらならない。
《異能奪取》は一人の相手に一度しか使えない。二度目は、ない。
私の持つ力だけでもうこいつを殺すしかない。
運を、実力でねじ伏せるしか……っ。
「あちぃ、熱ィィイイイ、クソがァァアアアア!」
ヒコ助は苦しみの声を上げている。
ジェネシス発火現象か? 私の異能に燃焼の効果のあるものはない。そういえば、ヒコ助の拳を覆っていたジェネシスも燃えていた。
何らかのトリガーでジェネシスは燃える。そう考えるべきか……。
「クソ、クソ、クソォォォオオオ!」
……時間の問題だな。こいつが無理やりにでも《支離滅裂》を使えばこちらは即死。ヤツは《無限再生》で生き残れる。
私の《曼殊沙華》の毒は雨で分散してしまっているので、そこまでの威力は無い。気体化してヤツの肺に流すのもいいが、人間の呼吸で吸い込む空気は量が少ないので致命傷にはならない。一気にぶつけても《異能粉砕》で無効化される。
やはり、《異能粉砕》が邪魔過ぎる。これさえなければ血で窒息させながら《曼殊沙華》の毒で殺せるというのに……。
《曼殊沙華》は使い勝手が良すぎるが威力が弱すぎる。
けれど、現状を嘆いても仕方ない。切り替えるしかない。
――――焼き殺すか?
ジェネシスが発火しているのであれば不可能ではない筈。
だが、だが、だが。
不確定要素が多すぎる。
どの程度の威力なのかが目で見えないから分からない。
自分のジェネシスを僅かに熱く感じるが、焼き殺せる程度かまでは分からない。
「しゃらくせえええええ!! 死ねぇぇえええ!」
ヒコ助の怒号とともに強烈な殺気!
(ち――――っ!)
考えてる暇はない。
二度目の《支離滅裂》が来る! 気配で分かる!
この馬鹿は私の《曼殊沙華》と自分の《支離滅裂》で《無限再生》が発動せず死ぬ可能性は考えない。
愚者の怖さ。それは、時にこちらの計算をはるかに凌駕する愚かさで行動してくること。心理的な駆け引き等通用しない。
「少しナメ過ぎた……。テメエの死体はもう諦める! その代わり、今度こそこれで“終わり”だッッ! 死ねェェェェェエエエエエ!!」
《支離滅裂》――シリメツレツ――
終わった。
爆風がすぐに来る。
私の命はそこで終わる。
もう打つ手がない。
どれほど覚悟を決めたところで、責任と決意を固めたところで、勝利には直結しない。
異能力と異能力がぶつかった時、より強い異能力が勝つ。
ただそれだけの、シンプルな話。
アリがどれほど努力しようと、決死の覚悟を決めようと、人間に踏みつぶされて終わりだ。
力はより強い力に負ける。
心とは、ここまで“意味がない”ものだったの?
なんて……意味のない、生。
なんて……無価値な、私の命……。
これが、絶望……?
私は――――無意味に三十三人も――――いや、それ以上の生徒を殺した挙句、負けて死ぬ――――なんて――――意味のない――――
《支離滅裂》は俺の最強の異能力だからなァ。《絶対不死》持ちの透さんと、《自在転移》持ちのいばら姫と、《発狂密室》持ちのリリー以外の赤い羊なら確実に殺すことができるモノだ。
ふと、唐突に思い出すのは、ヤツの得意げな言葉。
天啓にも似た閃きが私の脳を焼くように疾走する。
それが意味すること。この三人の異能力なら《支離滅裂》を防げるということだ。
――――何故? どうやって?
“答え”が出るよりも早く、私は本能に全てを預けジェネシスを発動。雨の形態を急遽中断し、血液を念じて動かす。同時に、《朱色満月》が私のすぐ目のまえに来るようにするのも忘れない!
《絶対強者》――ゼッタイキョウシャ――
《煉獄愛巣》――レンゴクアイス――
轟音で空気が鈍く唸る。
何かが吹き飛ぶ音と風切り音。
――――でも、それだけだ。
“死”はやってこない。
私の意識はちゃんとまだここにある。
(フ……フフ、アハハハハハ!)
思わず笑ってしまう。
「……何が、起きてやがる。い、意味が分からねえ!」
ヒコ助のヒステリックな声が、血液の向こうから聞こえてくる。
私はとんでもない“勘違い”をしていた。
《絶対強者》は筋力アップの異能力などではなかった。
ヒコ助はそう“思い込んで”いたのでそのようにしか使いこなせていなかったが、正しくはジェノサイダーの“身体能力強化を更に強化”する異能力。
並のジェノサイダーなら自分の身体能力強化を更に強化することしかできないし、応用しようとは夢にも思わない。
けれど私は“血液を操れる”。
そして“血液は身体の一部”であり、“身体能力強化の対象”に含まれる。
故に“身体能力強化を更に強化”する《絶対強者》で私の“血液を更に強化”することができる。
“身体能力強化を更に強化した血液”であれば、《支離滅裂》をも防ぐことができる。
そして私の《千変万化》は血液をどんな形にも変えることができる。
《支離滅裂》の爆発を防ぐには《絶対不死》で生き返るか《自在転移》で逃げるか《発狂密室》で防ぐかという対処方法になるとヒコ助は自分から対処方法を語ってくれた。
この中で形がある異能力は《発狂密室》のみ。
つまり私の血液を《発狂密室》の形に変化させ、《絶対強者》で強化し、《煉獄愛巣》で固めれば、最強の要塞を築き上げることができるということ。
「なんで……なんでテメエが《発狂密室》を使ってんだ……。それに俺の《絶対強者》が解除されてるし、発動しねえ。テメエ……何を、何をしたァァァアアア!?」
(“運”が悪かったわね、ヒコ助君。あなたは私よりも遥かに強い。けれど、“運”が悪かったために私に殺されるしかない。力って、惨めね……)
決意も、覚悟も、純粋な力の前には無力。
心に意味はない。
そして、圧倒的な力も運の前には無力。
力にも意味はない。
もし私が“運”よく《絶対強者》を奪えず、《鎧袖一触》や《殴殺連打》を奪っていたら、先ほどの攻撃で確実に即死だった。
「意味の分からねえことをほざいてんじゃねえェェ! 何をしたか言え! ブチ殺すぞ!?」
ヒコ助が逆上して声を荒らげているおかげで、場所は詳細に掴めた。さっきとさほど変わっていない。ヤツは私が目が見えないアドバンテージを何一つ活かせていない。
(……教えてあげない。だって私、あなたのこと嫌いだもの。何も知らずに惨めに死になさい。あなたの無様な死に顔が見れないのが、最期の心残りかしらね……)
《曼殊沙華》――マンジュシャゲ――
血液の津波を作り、ヒコ助に特攻させる。
「gぼdlんkc」
《異能粉砕》――イノウフンサイ――
ヒコ助は一瞬溺れかけるが、強制的に私の異能を殴って解除してくる。でもせいぜい強制解除されるのは1秒程度。もう一度血液を津波にしてヒコ助へ特攻させる。
《曼殊沙華》――マンジュシャゲ――
《異能粉砕》――イノウフンサイ――
拮抗状態の無限ループ。でもこれでいい。私の血液を体内に取り込む回数は確実に蓄積されているから。
《異能粉砕》――イノウフンサイ――
そう、もうこいつは《異能粉砕》を使うしかない。《支離滅裂》を使ったとしても、もう私の血液は消し飛ばせないから。
相手の選択肢を潰して追い詰める。狩猟の基本だ。
奴は飲んだ。吸い込んだ。
私の……血を。大量の血を……。
そろそろ……いっか。
――――攻撃を次にシフト。
《千変万化》――センペンバンカ――
《絶対強者》――ゼッタイキョウシャ――
《煉獄愛巣》――レンゴクアイス――
イメージするは円。
ヒコ助の頭上に血液で巨大な円を作る。
ヒコ助が逃げられないように、円の広さを維持する。
血の空。赤い空の出来上がり。見られないのが残念……。
でも、これで、終わりだ。
あとはこれを、垂直に落とすだけ。
空を、落とす。
「なんちゅうことしてくれてんだ、おい……。馬鹿女が……なんだその化け物染みたジェネシスの膨大な量は……。死にかけの、死にかけのくせによォォオオッッ!」
《曼殊沙華》――マンジュシャゲ――
《異能粉砕》の対策は“もう”終わっている。
「あばぼじgぽん;だg」
蓄積した毒を開花させる。
声なき声。
無い声を絞り出すように苦しむ嗚咽が僅かに聞こえる。
こいつは私の血液を体内に取り込み過ぎた。
もはや、致死に至る毒。
毒で殺しながら、圧殺する。
そうすれば、《無限再生》も発動しない。
《絶対強者》で強化した血液の円を落とされれば、なすすべなく圧殺される。
私も一緒にペチャンコだけど、どうせもう助からないし、これでいい……。
もう疲れた……。他の攻撃手段を考えるのももうめんどくさい……。
(……ね、むい)
ひどく眠い。
ジェネシスを使い過ぎたのだろうか?
それとも……もう“終わり”だからだろうか。
まぁ、どうでもいいや……。
最期の……仕事を……終わらせて……楽に……。
私は朧気な意識のまま、赤い空をそのまま下に叩き付け――――
「……死ヌのか、俺は……っ。クソ、クソがァァ……。だ、だが、みち、づれだ……あの、ホワイト女も……コロシテ、ヤル」
(……な、にを言っているの?)
強烈な殺気を感じ、遠のく意識が僅かに覚醒する。
「ケケ、死ヌのなんテ怖かねぇよ今更ナ。《支離滅裂》は親指だケで……あの威力ダ。つマり俺の身体全テを使エば……ここら一帯は吹キ飛ぶ。全テ死ぬ。コロシテ、コロシテヤルヨォォ。モウ、スベてオワリにシテヤル。お前が必死にナってル理由は、ソれだロ? ケケ、ケケケケケケ!!」
《支離滅裂》――シリメツレツ――
「あの時、赤染先輩が透を殺せていれば、あなたが先陣を切る形で殺人カリキュラムそのものが崩壊していたかもしれない。そこまでのリスクを犯してまで真っ先に殺人行為に走り透を殺そうとしたのは、生徒会長としての“責任感”からなのでは?」
脳裏によぎるのはセリカの言葉。
生徒をほぼ皆殺しにした生徒会長など、この世には私ぐらいしかいないだろう。
責任感?
あるのかもしれない。
でも、私はあまりにも生徒達を殺し過ぎた。
目的を果たす為とは言え、殺人に変わりはない。正当化はされない。
もはや《赤い羊》と私自身の明確な差すら、自分でも判らない。
私は、間違いなく“悪”だ。
――――でも。ただの悪じゃない。そう言い切れる理由が、一つだけある。
《赤い羊》を止められるのはセリカしかいない。
透を、止められるのはセリカだけだ。
不思議と、確信がある。
この命をその為に使えるのなら……まだ本望だったのに……。
それすら、叶わないというの?
――――ああ、そっか。
今、初めて……分かっちゃった。
どうして私には責任感があるのか。
私はどんな命にも価値を感じることができない。
自分の命に対してすら。
でも、責任を果たしていると思っている時だけは、価値を実感できる。
自分の命に対して、価値を。
私は優秀な人間だ。全ての他人は私が優秀である限りその価値を認めてくれる。
お父様も、私の価値を優秀である限りは認めてくれた。
でも、セリカは……そうじゃなかった。
――――そっか。私、嬉しかったんだ。
優秀以外の部分を認めてくれる人に、初めて巡り逢うことができたから。
なんて、単純なんだろう。
でも、きっとそれが全てだ。
(……セリカ。ごめん、ごめんね。私、負けちゃったけど、ちゃんとヒコ助は殺したから……。あと、結を交えてあなたに話したこと、あれは全部……私の本心だから。ごめん、私はここまでみたい。それから……たとえあなたが《赤い羊》に敵わなかったとしても、誰もあなたを責めはしないわ。それだけは、忘れないでね)
――――死なせない。セリカだけは!
自分とは思えないほど、強靭な意志が溢れてくる。
心は力には勝てない。でも、心が無ければここまで来れなかった。
《千変万化》――センペンバンカ――
爆風が炸裂すると同時に、私は血の空を《発狂密室》の形に変化させ、《支離滅裂》を包み込むように密室を展開する。
全ジェネシスと血液を使い果たし、最高精度の結界を作り出す。
これで、死ぬのは私とヒコ助だけだ。
刹那にも満たない攻防の中、爆風とともに私の意識は消え失せた。
お疲れ様です。
THE FOOLは終わりです。
次は、禁断のタナトスですね。。。