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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第8話 THE FOOL ⑧【赤染アンリ視点】


 ――――来い! 三十三人分の血液! 


 見えないけれど、分かる。

 大量の血液が、私のもとへ押し寄せてくるのが。 

 雨水が流れるが如く濁流の音が響き渡り、《朱色満月》がドクンと鼓動する。

 ……さあ、《朱色満月》。食事の時間よ。

 ジュル、ジュルルルルルルルルル……。

 人間が下品な音を立ててスープを啜るように、小さな《朱色満月》に赤い渦が広がり、大きくなっていくのが分かる。

 私は、ある基準で“命の選別”をした。

 西園寺さんは強すぎるので攻撃するだけ時間の無駄。だから除外。

 結はまだ裏切ったのかがハッキリしないし、私の攻撃を回避する可能性も高い。除外。

 私の血を操る速度は遠距離であればあるほど遅くなる。

 そして、液体化したときより凝血している時の方が動きが遅い。

 つまりSSの私から見て、この超遠距離攻撃はとても遅い。

 この攻撃を対処できない時点で戦力としては使い物にならないことが分かる。

 たとえ私がSSだったとしても、身体能力強化はランクは関係ないと結が言っていた。

 今のこの攻撃を避けられたのなら、少しは見込みがあるし、セリカとともに戦える可能性がある。けど、”全滅”した。

 あまりにも、弱すぎる。

 戦力になる可能性すらないのなら、今ここで死んでヒコ助を殺す糧になってもらうだけだ。

 何の慰めにもならないけれど、あなた達の犠牲は絶対に無駄にしない。

 あなた達を犠牲にした責任を以てこの男を、殺す。

 フッ、ハハ、アハハハハハハ。

 思わず零れる笑い。

 生き残った生徒のほぼ全員を殺してしまった。

 生徒会長である、この私が!

 これほど滑稽なことはあるだろうか。

 セリカと出会ってしまったせいで、僅かながらも私は私の中にある人間らしさを取り戻してしまった。けど、それが邪魔をして私はここまで追い詰められた。

 もっと早くこうしていれば、もっと余裕をもって勝つことができたのに。

 生徒達を殺害して血を補充するという選択肢を排除した私は、みすみす勝機を最初から逃していた。

 良心を捨てなければ、怪物になど勝てはしない。

 現在のくだらない“迷い”が、意味のない損失を未来で生み出す。

 決断できない弱者に未来はないし、人の上に立つ資格もない。

 受け入れよう、甘んじてこの死を。私は弱かった。

 私は無能だった。私は、無能だった……。

 もっと早く決断できていれば……っ。

 セリカは、私という戦力を失わずに済んだかもしれない。

「……お前、マトモじゃねえな。常軌を逸してやがる……。たった今、殺して“補充”してきたのか? まぁ、そうだよな。でなければこの血の量はありえねえ。今まで色々な人間を殺してきたが、自分が死ぬことが確定してなお、他人を犠牲にしてまで俺を殺そうとしてきたやつはお前が初めてだ。他人を死なせる代わりに自分を生かしてほしい、そういう命乞いは星の数ほど見てきたが、お前は……そうじゃねえ。なん、何なんだ。お前。何が、お前をそこまで駆り立てる? 意味が、ワカラネェ……」

(快楽殺人鬼ごときに私は理解できないでしょう。なんにせよ、次の攻撃が最後。これを凌げばあなたの勝ちよ。まぁ、必ずお前のことは殺すけれど)

 声が出せないので、チャネリングで宣告する。

「……ヒヒ、痺れるねぇ。イイ殺気だ。ゾクゾクする。エクスタシーだなァァ。いいぜ、マゼンタ女。もう遊びは終わりだ。俺の全力を以て相手をしてやる。なぁ、最後に教えろよ、お前の名前を。俺は板橋雄哉イタバシユウヤだ。ヒコ助ってのは、透さんがかつて飼っていたお気に入りの犬の名前らしいが……な」

(――――これから死ぬお前が、私の名前を知る必要はないわね)

 ……頭が白くかすんで、息苦しい。あと3分息をしていられるかどうかも危うい。

 全てのブレーキを外す。全ジェネシスと私の命を賭けて、こいつを殺す!

 自分が死ぬと分かっていれば、むしろその分振り切れる。

 自分の命に執着する弱者に、私の攻撃は破れない!

「つれないところも含めて惚れそうだぜ! マゼンタ女ァァ!」

(あいにく私に獣姦の趣味はないわよ? ヒコ助君)


 《曼珠沙華》――マンジュシャゲ――


 血の雨に打たれながら、死ね。


 私は間髪入れずに《曼珠沙華》を展開。

 こいつが吸い込んだ全ての私の血液を服毒させ弱体化させる。

 即座に《朱色満月》から大量の血液を空中で取り出し、雨のようにして展開。

 その全てに《曼珠沙華》を複合。

 サァァァアアア……。人の体温を含んだ温かな赤い雨が肌を濡らし、ヒコ助だけを蝕んでいく。

 攻撃手段を雨にしたのは、《異能粉砕》対策だ。攻撃手段を単一に集中してしまうと、《異能粉砕》で強制的に私の異能力を解除されてしまう。攻撃手段は分散させ継続的なものが良い。その形としての理想は雨だ。それ以外の攻撃手段では、《異能粉砕》で無効化した後にこいつは《支離滅裂》で全てをひっくり返してくる。

 血の濁流で溺死させようとも考えたが、それは前回の窒息攻撃の時に失敗している。攻撃の規模を大きくしても《異能粉砕》がある限り有効打にはならない。

 そして雨ならば、私の目が見えなくとも雨ならば全範囲攻撃なので何も問題はないし、むしろ都合がいい。

「……えげつ、ない、攻撃すんじゃ……ねえか……。俺を……マジで殺る気だな……」

 声にすぐに覇気が無くなるヒコ助。

 《無限再生》――ムゲンサイセイ――

 声を出せば目が見えない私でも場所が特定できるというのに、相変わらず馬鹿な男。

 こいつに《支離滅裂》を使わせてはならない。とにかく弱らせる。あの異能を使われれば一瞬で即死は免れないし、何より《朱色満月》を含めた全ての血液が吹き飛ぶ。血液なくして勝機は無い。 

 《曼珠沙華》で殺し続けながら別の方法で殺し、その命を摘み取ってやる。

 検証している暇はない。思いつく限りの攻撃を食らわせて殺す。

 《曼珠沙華》と同時に殺し続ければ、《無限再生》も追いつかない筈。


 ――――行け、ジェネシス。


背中から生えたジェネシスの腕をヒコ助の声の位置へ伸ばし、身体に触れる。

《煉獄愛巣》――レンゴクアイス――

 ヒコ助の体内の血液を凝血できるか試すが、不発。

 ――――ならば。

 《煉獄愛巣》――レンゴクアイス――

 ヒコ助の体内に送り込んだ血液を起点に、全ての血液を凝血。

 これも不発。

 自分が支配する血液の比率が相手に流れる血液の比率を上回らないと《煉獄愛巣》で凝血させることはできない……?

 そもそも遠隔で操作できる血液は自分の血液だけだ。これは試さなくても分かる。感覚で理解できる。本能を言語化し、思考にまで落とし込んでいく。

 殺した三十三人の血液は殺すことによって所有権をはく奪した。誰のものでもなくなった血液に私の血液とジェネシスを混ぜることによって、その所有権を奪うことで初めて私のものになると理解する。

 ……ヒコ助は全身をジェネシスの鎧で身体を包んでおり、筋力を大幅に増強し、《曼殊沙華》で内側を弱らせていても外側からの殺害は不可能だ。眼球の位置も私の目が見えないから分からない。通常の攻撃は現実的ではないと判断する。

 プラン変更。

 他の方法で殺す。と言っても、もうこれしかない。

 確実とは言い難い“運”という要素を孕んだ脆弱なプラン。

 まさか、この私が、“運”などという不確定要素に勝敗を委ねることになるなんて、ね……。自嘲すらしたくなるこの無様さ。SSに到達してなお、ヒコ助に対する決定打がないことがただただ歯がゆい。だが、やるしかない。

 《千変万化》――センペンバンカ――

 ジェネシスの腕で握っている槍の形状を少しだけ変える。

 刃を片側だけ具現化させ、その刃で生徒たちを殺害したが、今度はヒコ助の向き、逆側にも刃を具現化。伸縮して伸ばし、貫く!

 ガキン! という無常な金属音とともに槍は止まる。

 鎧に刃先を止められたらしい。

 けど、これが失敗すればもう他にプランはない。

 三十三人殺しておいて負けましたでは済まない!

 勝て、何が何でも勝て!


 死ね――――。


 全ての殺意を槍の刃先一点に意識を集中し、

 全ジェネシスをそこに集約させる。

 バリ、バリ、バリ、という異音。

 私のジェネシスが血と混ざりながら租借音にも似た嫌な音をこだまさせている。

 

(はぁぁぁぁああああああ……ッッッ!!)


 息を吐き出しながら、刃をヒコ助の身体の中に押し込む。

「あつっ、熱い熱い熱っ!」

 何故かヒコ助が熱がっている。

 私のジェネシスが燃えている?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 私の全てを以てこいつを殺す!

 ジュワ、という何かが焼けるような音と同時に、手ごたえ。

 貫通。貫通の手ごたえ。

 一瞬で《千変万化》で槍を縮め、刃先を舐める。

 ヒコ助の血を、飲む。


《異能奪取》――イノウダッシュ――


 私の持つ最後の異能。

 生き血を飲んだ相手の異能力を“ランダム”で完全な状態で奪い取る《異能奪取》。名前の通り、奪った後は私の異能力となり、相手はその異能を“使えなく”なる。

 ヒコ助の血を採取できるチャンスをことごとく潰された結果、こんなタイミングで使うハメになってしまった。


 こいつの持つ異能力は、

・即座に自分の傷を再生させる《無限再生》

・触れた異能力を一瞬だけ強制解除できる《異能粉砕》

・自分の筋肉を強化する《絶対強者》

・拳を複数に分裂させる《殴殺連打》

・身体を守る鎧を具現化する《鎧袖一触》

・投擲する力と投擲対象を強化する《電光石火》

・自分の体の一部を爆弾に変える《支離滅裂》

 の7つということが分かっている。

 他に異能を温存している可能性もあるが、《支離滅裂》が切り札のようだし、その可能性は低い。

 奪いたい異能力としての理想は今の最悪の状況の全てをひっくり返す《無限再生》だが、運などそうそう上手い具合にことを運んだりはしないことを経験則で知っている。

 自分の命なんてとっくに諦めてる。

 私が望む異能力は、《異能粉砕》か《電光石火》か《支離滅裂》だ。

 ヒコ助の身体の内側を《曼殊沙華》で殺しながらという大前提にはなるが。

 《異能粉砕》があればヒコ助の防御を一瞬だけ無効化できる。

 《電光石火》があれば血液を石ころの形に変えていくらでもジェネシスの腕で投擲できる。物量攻撃をし続ければ必ずこいつでも死ぬ。目が見えなくとも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの法則だ。

 《支離滅裂》があれば私の身体全てを爆弾に変えてこいつもろとも殺してやる。

 最も引きたくない異能は《鎧袖一触》、《絶対強者》、《殴殺連打》。私は血液を鎧の形に変えられるから《鎧袖一触》は意味が無い。《絶対強者》は言うまでもなく、筋肉を強化したところで何の意味もない。拳を分裂した攻撃も私にはメリットが無い。

 大当たり1、当たり3、外れ3の確率。

 数学の問題で出てきそうな話で、笑いそうになる。


 ――――運。


 それは全ての人間が持っていて、普段は思い出さないくだらないもの。

 そして、この世の全てと言ってもいいほど重要なもの。

 私は天才だけど、運だけは悪かった。

 だからこんな場所にいる。

 こんな苦戦を強いられる。

 でも、最期の最期。

 死ぬ前ぐらい……。

 ほんの少しの、運を……。

 そう祈らずにはいられない。

 祈る神など、いはしないのに。


 でも、私は――――


 ――――運が悪かった。


 ヒコ助の血液を嚥下して、全身に鳥肌が立ち震える。

 異能力を、奪い終えた。

 吸収した異能力をゆっくりと噛み砕くように、心の中で吟味する。


 奪えた異能力は、《絶対強者》。


 人は苦境に立たされた時に神に祈り、そして呪う。


 それは私も例外ではなかった。


 ――――私は、運が悪かった。

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