第8話 THE FOOL ⑥【赤染アンリ視点】
《異能粉砕》――イノウフンサイ――
ヒコ助の顔面を覆っていた凝固した血液が強制的に液体となり、ヒコ助は窒息から逃れる。私から距離を取り、態勢を立て直そうとしている。
「――――っ!」
異能力を破壊された?
焦りながらも《煉獄愛巣》で血液を再度固めるが、既にヒコ助は私の射程範囲から逃れている。私から距離が離れれば離れるほど、血液を操る速度は遅くなる。彼我の距離まで近づいて、初めてあの窒息奇襲攻撃は有効なのだ。
《異能粉砕》は、セリカの《守護聖女》を受けた時の感覚と僅かだが似ている。あれは身体に直接当てられて有効だけど、こいつのは拳に触れた異能力を強制的に破壊するのか。だが効力は即効性のようで、かなり短い。解除できるのは一秒にも満たない一瞬か。だが……。
「……」
思わず唇を噛む。
想像していた勝ち筋はたった三つ。
無限に再生し続けるこいつを殺す方法は、三つしかない。
①再生することを諦めさせる
②死んだことにすら気付かせないほど一瞬で殺す
③二つ以上の殺し方を同時に行う
そのうちの一つ、学習生無力感を応用した①の無限に殺し続ける窒息攻撃をたった今潰されてしまった。
即死攻撃の②は試す価値はあるが、狙ってやるのは困難。こちらがヤツの隙を狙えば狙うほど、こちらの隙を狙われるからだ。
残るは、③。セリカが《守護聖女》を同時に発動できるか検証していたのは掃除用具入れから見ていた。一つの異能力は同時に発動することができない。つまり、《無限再生》が発動していると同時のタイミングで別の方法で殺す。これもまた一つの必勝法。
《千変万化》――センペンバンカ――
液体にされた血液を水蒸気レベルまで細分化し、気体にし、いつでも操作できるよう私の近くに待機させておく。
だが、もう考えている時間は無い。
「もういい。殺すわ、お前」
血を採取しようと欲をかいたのがよくなかった。
窒息攻撃が有効打になったあの瞬間、剣で眼球を貫くなり、《曼珠沙華》を使うなりしていれば勝てたのに……。
「キルキルキルルッッ」
右手で剣を具現化しながら、距離を詰める。
近距離戦は愚行。それは分かってる。
だが、こいつが隙を見せたのは今この瞬間だけ!
ここで仕留めない限り“次”は無い!
《電光石火》の石をひたすら投擲される中距離戦での攻撃をされれば私に勝ち筋はない。
「死ねぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
白目で叫びながら、ヒコ助の右拳がうねる。パープルジェネシスは拳全体を覆い、全身が総毛立つ。ここまで、伝わってくる。このジェネシスには温度がある。焼けるように、熱い!
ヒコ助の拳は私を完全に捉えていた。
分裂する拳の異能力《殴殺連打》が来る……?
「お前は俺に、いや、俺たちには勝てない。お前は俺を馬鹿だと思ってる。見下している。そしてそのバイアスは……お前を殺す。能力は複数のものと応用して初めてその真価を発揮する。透さんの教えだ」
ヒコ助は歯をむき出しにして笑う。
この一撃は必殺。
確信する。
そして私は見逃さなかった。
その拳の動きは何度も見たヒコ助のストレートではなく、“しなやかな軌道”を描いているのを。
――――来る。この軌道、この動きは《電光石火》による石の投擲!
中距離でしか使わないという思い込みを逆手に取った超至近距離の《電光石火》!
《殴殺連打》――オウサツレンダ――
十、二十、途方もない数の拳が燃えるように熱いパープルジェネシスを帯びながら分裂する。分裂する拳、《殴殺連打》!
だが、この攻撃には続きがある! 分裂する拳を応用して《電光石火》で石の投擲をされればそれはもう兵器だ。放たれた瞬間に私は死ぬ。即死!
こいつに複数の異能力を多様的に応用する頭脳は無い。透の、入れ知恵か……!
《曼珠沙華》――マンジュシャゲ――
それだけはさせない。なんとしても阻止する。
「かはっ」
ヒコ助の《殴殺連打》は強制的に解除され、拳は一つに戻る。
目が赤紫色に充血し、口から血を吐いてヒコ助は四つん這いに倒れる。
血液を毒素に変える異能力《曼珠沙華》を発動。《曼珠沙華》の一度目の発動は毒素の待期期間。そして、”二度目”は発病期間。
無論、この毒は私により生み出されたものなので私には効かない。
そして、これは相手に食らわせた血液の量に比例してダメージが決まる。そして、ダメージは最小値から最大値までの間であれば、調整することができる。
こいつが食らった血液の量は、私の左腕を斬られた代わりに目に食らわせた分、窒息攻撃の時に僅かに飲み込ませた分、そして気体化した血液を空気として肺に微量に取り込んでいる分。
毒殺する為にはもっと大量の血液を採取させなければならないので、今の私ではせいぜい痺れさせたり倦怠感を覚えさせる程度だ。
殺せないのであれば総攻撃するメリットはない。
今の《曼珠沙華》は目に食らわせた微量の血液の分のみに留め、残り二回分は温存する。
「さっさと死んじゃいなさい」
右足を軸に跳躍。
ジェネシスを腕に形態化させ、その6本の腕を右手に握る剣の柄に集める。
《千変万化》――センペンバンカ――
ついでに血液も液体として剣に融合させ、混ぜてひたすらに強化。
跳躍による重力を味方にしながら、全ての力と全ジェネシスをヒコ助の右目へと意識を集中させる。
空中からの突きの攻撃による眼球への一点突破。この攻撃は脳まで一瞬で貫くだろう。
《曼珠沙華》で視力は奪った。すぐに《無限再生》で再生されてしまうだろうけど、この必中の一撃が“いつ来るか”は察知できない。いつ来るか分からなければ、死んだことにすら気付けない。《無限再生》が発動するよりも前に即死だ。
土壇場だが、完成した。実現困難な②のプランが、ここにきて。
これで詰み。この一撃で詰み。死んだことにすら気付かせず、殺してあげる!
「すげえ……な、お前。マジですげえ……。俺の拳を食らってなお食らいついてきたのは……《赤い羊》以外ではお前しかいねえ。これが、尊敬って感情なのか? 殺すのが惜しい……こんな気持ちは初めてだ。骸骨に《死姦人形》してもらって、お前をサンドバッグとして飼うぞ。ヒキガエルには渡さねえ。毎日お前の肉を裂いて、骨を砕き、内臓をつぶして、毎日、毎日、永遠に可愛がってやる。だから……だからな? 生きて見られる最後の景色。最後の異能を見してやる。これが俺の愛だ。キルキルキルル」
ヒコ助はなんとも言えない笑みを浮かべ、左手で具現化した剣で自分の右手の親指を切り離した。
「これが、暴力の真髄ってやつだ。俺から生まれたとは思えないほど、キレイで純粋な力だ。よく、見ておけよ。最後の景色だ。キヒ、ケケ」
《支離滅裂》――シリメツレツ――
切り離されたヒコ助の親指が空中で落下しながら、視力を焼き切るかの如く太陽よりも強く光り輝き、“何か”が消し飛んだ。