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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第8話 THE FOOL ④【赤染アンリ視点】

「……お前。気配が、変わったな。お前のこの気配……。これは……殺気なのか? 誰かと似ているが、誰とも似ていない。なんだ、なんなんだお前は? 不気味、過ぎる」

 ヒコ助は警戒心を露わにし、目を眇めて私を睨みつけてくる。

 先ほどまでナメ腐っていた嘲笑はその顔から消えている。

「……」

 こいつに語ることなど、何もない。一瞥するのみで、私は《電光石火》の投擲に警戒しながら思考に没頭する。

 先ほどのちょっとした思い付きは、胸にしまい込む。もう少し脳内シミュレーションした後でなければ、リスクが大き過ぎる気がする。

 血を操る能力は汎用性が高いが、それ故に行動の選択肢が広すぎて絞り切れない部分がある。今の自分に何ができて、何ができないのか。検証せずに分かる部分と、分からない部分がある。

 ――――未知数、不明瞭。

 私にできるのは血液を液体としても個体としても操作できる単純な異能力だが、《千変万化》は“どんな形”にでも血液の形を変えることができる。どんな形にでもできるということは、武器としてなら、何でもできてしまえるということだ。銃や爆弾などは構造的、火薬の問題があるからできないが……。

 それに、ヒコ助に斬られた、この左腕の断面。骨まで見えているグロい断面だが、血液が凝固して止血はできている。自分の左腕の断面を凝固できるのなら、体内の血液を全て凝固させたらどうなるのだろう? 死ぬのかな。どんな風に死ぬのか、少し興味をそそられる。

 ――――まさか自分で試すわけにもいくまい。

 けれども、ヒコ助で検証する為には“近づく”必要がある。

「なんだよ、さっきからだんまりかよ! なら、こっちから行くぜ!?」

 《電光石火》――デンコウセッカ――

 ヒコ助は強化した肉体で強化した石を強化した投擲力で私に勢いよく投げつけてくる。

 ……こいつ、やはり馬鹿だ。私がマゼンタに変わってなお、無策で突っ込んでくる。

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

《電光石火》――デンコウセッカ――

「フッ、お馬鹿さんなのにセンスだけはなかなか良いじゃないの」

 一撃ではなく、ひたすらの連投。もう命中精度もクソもない。手あたり次第石ころをポケットから出して、全力でぶん投げてくる。

 回避行動では間に合わない。だが、全てを防ぎきるには“血の量”が足りない。頭が悪いのに、こちらの弱所を的確に突いてくる。

「けれど」

 やっぱり頭が悪い。

 私はジェネシスの形態化、《腕》と凶器化した《剣》を解除。

 頭上に血を集めてから、《煉獄愛巣》で凝固させ、それを勢いよく右手で押すように弾いて、重力に身を任せて、あえてそのまま直下へ落下する。

 空中にしか狙いを定めていなかったヒコ助の《電光石火》は全て明後日の方向へ消え、私はそのまま床へ着地。床に液体の血を集めて立方体の形にし、クッション代わりにするのも忘れない。

 《朱色満月》が出ている間は、私は血を自在に動かせる。保存するだけが取り柄の異能ではない。この小さな赤い月が出ていなければ私は何もできない。

「血が……血が欲しいわね……もっと……もっと」

 まるで足りない。こんな無限の可能性を感じる異能力なのに、肝心の血が足りないのではあまりにも惜しい。悲しい。


 ――――“補充”しに行くか?


 一瞬、そんな思考がよぎる。

 死体は全て消えてしまったが、まだ生き残っている生徒はいる。殺して、血を抜けば、そのまま私の力になる。自分の左腕一本切った程度の血液なんて比にならない。

 ヒコ助から逃げながら狩りをするのはそこまで難しいことではない。

 簡単に、血なんていくらでも集められる。

 人間丸ごと、いや、もっと沢山の人間を殺して血を集めれば――――


 あの時、赤染先輩が透を殺せていれば、あなたが先陣を切る形で殺人カリキュラムそのものが崩壊していたかもしれない。そこまでのリスクを犯してまで真っ先に殺人行為に走り透を殺そうとしたのは、生徒会長としての“責任感”からなのでは?


「……っ」

 杭を刺されたかのような、嫌な痛みが胸に走る。

 何故かセリカの言葉を思い出してしまった。

「百鬼君も、こんな気持ちだったのかしらね……」

「隙だらけだぜ!! 死ねよ!?」

 ほんの一瞬の思考で生まれた隙。馬鹿なのは私だった。

 眼前にはヒコ助の姿。クロスガードの突進。

 ヒコ助は私が着地するよりも前に、私に突進してきていたのだ。

 他人事のように目の前の死を眺めながらも、何故か身体は勝手に動き、右手に全ての血とジェネシスを集めて凝縮、ありったけの身体能力強化で凝血させてドリルのように螺旋状に尖らせて――――

「ハッ、そんなチンケな武器が俺に効くかよォォォオオオ!」

 血のドリルとヒコ助が衝突する寸前。

 ――――解除。

 血のドリルは液体に変わり、それを操作してヒコ助の口と鼻の中に全て突っ込む。

 ちゃちなドリルの武器化は囮。本命はこちらだ。

 武器というのは何もナイフやドリルだけではない。

 液体も呼吸器官に突っ込めばそれは立派な武器だ。

「血液で窒息するというのはどんな感じなのかしらね?」

 操れる全ての血液をヒコ助の顔に集中し、球体の形にする。

「んがっ!? がっ、ガッ!」

 ヒコ助の突進は寸前で止まり、もがくように両手を本能的に球体に入れて足掻くが、それは逆に良くない。錯乱して口を開けて血を口から吸ったのも、愚策。

 たとえ窒息しても私への突進をやめなければ、まだ活路はあった。

 《煉獄愛巣》――レンゴクアイス――

 顔、両手に球体の形をした液体である血液に突っ込んだ状態で、凝血させる。

「死になさい」

 液体を個体に変質させることで、呼吸を完全に防ぐ。ついでに視界も真赤に染まって見えなくなっていることだろう。

 液体としてヒコ助の体内に侵食した液体の血液が凝血したことによって、脱出も完全に防ぐ。液体の段階であれば、頭を勢いよく振るなりすれば私の血液から逃げられたかもしれないが、もうそれもできない。させない。言ってみれば、喉に直接フタをしたようなものなのだから……。セメントで満たしたヘルメットに顔を突っ込ませるとどうなるのか? その死にざまが血液バージョンで見られる。

 暴力とは、大きく分けて剛と柔と捉えることができる。

私の血液の異能力の持つ暴力の性質として、凝血させるのが剛とすれば、液体のまま柔軟に対応できるのは柔と言えるだろう。ヒコ助は体の外側ばかりを強化しているが、内側はまるで無防備。だから窒息という攻撃に対応できない。

「液体によって一時的に溺死させ、凝血して固定することで永続的に溺死させる。思考実験が現実になるのは存外、心地よいものなのね」

 もがき苦しむヒコ助を眺めていると、キモチイイ愉悦が心の奥底から湧き出していくのを感じる。自分の力で他者を苦しめるというのは、快感だ。その相手が強ければ強いほど、その快感は計り知れない。

 《無限再生》――ムゲンサイセイ――

 呼吸困難による死を、《無限再生》で防ぐヒコ助。だがそれはお勧めしない。それは永遠に死に続けることと同義だ。一度で死ねるのに、無限に窒息死し続けるという選択肢。でも、私にとっては好都合。

「捕獲完了ね。あなたの体内の血液を凝血させられるか実験しようと思っていたけど、それはまだやめておくわ。結果オーライなのは少し不満だけれども、あなたはできれば“生け捕り”にしたかったの。あなたの再生能力があれば、無限に血液を採取し続けることができるものね。今からあなたを、半永久的吸血機関と命名するわ。んー、でもなんかゴロが悪いわね。ブラッドサーバーだと逆にかっこよすぎるし、うん。吸血サーバーにしようかな」

 こいつから何トンも血を抜くことができれば、私はもっともっと強くなれる。いくら血を抜いたところで、《無限再生》で抜いた血も再生してくれるのだから。

 でも吸血サーバー君の精神力は途中でポッキリ折れてしまうだろう。何度目かの採血で、《無限再生》せず自ら死を選ぶ可能性が高い。だから、吸血サーバー君のメンタルが折れるまでにどれだけの血を採れるかが勝負だ。

 人間のデストルドーの中には、“学習性無力感”というものがある。

 簡単に言えば、動物を使った心理実験で、回避手段を完全に奪った状態で苦痛を与え続けた後に、回避手段の選択肢を与えて苦痛を与えた場合、その動物は回避手段を実行するか? というもの。

 人間で例えるなら、死にたくなるほど辛いブラック企業で働き続けるのに、「どうせ無理」だと転職を諦める心理状態。そんなイメージかな。

 いくら足掻いても無駄だと吸血サーバー君が悟った時点で、学習生無力感が働き、彼の意識は自死へと向かっていくことは容易に想像ができる。

「ま、それまで永遠に採血はするんだけどね」

 もしかしたら……人間の手のサイズぐらい小さな《朱色満月》も、本物の月を覆い隠せるぐらい大きくなるかもしれない。血液の母数が増えれば、血液の津波を作って固定したり、地形すらも変えられるかもしれない。殺したい相手が血の海に沈んだら、泳げないように凝血して殺してしまえばいい。殺した後は、死体から全部の血を抜いて私のものにしてしまえばいい。


 ――――それに。


「色々、“試したいこと”があるのよね」


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