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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
141/355

幕間 退屈という病④【赤染アンリ視点】


      ♦♦♦


「あなたは結局、何がしたいんですか? 赤染先輩」

 壁に背中を預ける私に、結は問いかけてくる。責めるでもなく怒るでもなく、純粋に疑問に思っていることが分かる。こんな状況でも、いつもと変わらない。普段の結らしい……。

 リリーの提案の後、私は屋上近くの階段に待ち伏せし、百鬼君に負けた。

 あろうことか、二度目の《守護聖女》に……。

 百鬼君は私と同類の筈。“罪悪感が無い”人間。Fランク化なんてあり得ない……。

 壁に背を預けて投げやりな私への問いに、私は自問自答する。


 ――――私は、何がしたい?


 分からない。したいことなんて無かった。

 言われたことをやる。任された仕事を遂げる。ルールを守る。役割を演じる。

 それだけの人生。

 私は優秀な人間だ。自惚れではなく、事実。自分が出した成果、他人の出した評価でそれは理解している。

 でも、そもそも優秀とは何だろう?

 成績がトップだとか、教師やクラスメートの評判が良いとか、それが優秀?

「あなたらしくないですよ、赤染先輩」

「……私らしいって、何?」

「知りませんよ、そんなこと。ただ少なくとも、快楽殺人鬼に利用されて終わるような器ではない筈です。恐らく脳と精神が混乱しているんでしょうね」

 結はじっと私を見つめる。その目は透き通るような漆黒の瞳で、全てを包み込むようでいて、全てを拒絶するような、何とも言えない気配があった。

「透はSSSランクで異能が強力だから《赤い羊》を従えているのではありません。透の心理誘導に赤染先輩は吞まれている。あなたはマインドコントロールが得意ですが、透のマインドコントロールはあなたのそれとは“次元”が違います。人間の深層意識の深い深い奥の部分までゆっくりと優しく手を伸ばして、誰もが心の深淵に眠らせている怪物を撫で起こし、表層意識までそれを引っ張り出して、自分の色に塗り替えるんです。黒く、黒くね……。恐ろしい男ですよ」

「……透のことを知ってるの?」

「……いえ。透のことを本当の意味で理解できる人間がいるとしたら、恐らくそれは兄さんただ一人」

「百鬼君が?」

「普通の人間でも、殺人鬼でも、透を殺そうなんて思えるわけがない。透を殺せると言ってしまえる兄さんであれば、可能性はあるかと」

「……はぁ」

 なんだか疲れたな……。

 確かに、結の言うとおりだ。

 私は何がしたいのだろう?

 百鬼君を殺したいと思っていたはずなのに、今はなんだかどうでもいい。そんなことに執着していた自分が馬鹿らしく思える。

 それよりも……。

「……っ」

 百鬼君が必死に白雪セリカを助けようとしていた必死の形相が脳裏によぎる。

 ――――ズキンと、胸が痛み、胸を抑える。実際に胸に傷があるわけでもないのに、痛いと思える。未知の痛みだ……。

 初めての感触に、戸惑いを隠せない。

 これが、罪悪感というものなのだろうか?

 何故、今になって……。

「同類だからこそ、じゃないですか?」

 結は見透かすように言ってくる。

「……人の心を読まないでくれない?」

「兄さんはあなたにとって鏡なのでしょう。人は鏡を見ないと自分の姿を意識することは無い。だから、兄さんの心を見てあなたは自分の心を感じたのだと思います。それが、それこそが……あなたの中にある小さな善性なのかもしれませんね」

「私の、善性?」

「人間の本質は悪ですが、だからこそルールがあるのではないでしょうか? ルールを破ることが悪というのは実は正確でなく、そもそも人間の本質が悪だからルールができた。その前提で考えると全ての辻褄が合うんですよ。だからルールそのものに透は干渉し、あなたの中の怪物を起こした。あなたの中の怪物は、あなたにしか支配できない」

「……結、そこまで深い話ができる子だとは知らなかったわ」

「私の話を今の一度で理解できるあなたも相当ですよ。お互い様ということで」

 にこりともせず、結は言う。相変わらず冷徹な印象だなぁ、と笑いたくなる。

「でもまぁ、ようやく普段のあなたらしくなりましたね」

 結は私のジェネシスを見て、少しだけ頬を緩める。

「インディゴに変わってる」

「……本当」

 両の掌を上へ向けて、自分のジェネシスを見ると確かに藍色に変わっていた。

「赤染先輩。これで最後です」

「どういう意味?」

「私は恐らく長くないうちに死にます。でも、もし生き残っても次会った時は敵です。セリカを追い込み、リリーの手先となったあなたを兄さんは絶対に許さない。でも私はセリカが嫌いなので、今回の件で赤染先輩に敵意はありません。色々と自分の立ち位置を考えて、アドバイスは今ので最後ってことにします」

「歩み寄るのか突き放すのか、どっちかにしてくれない?」

 私が笑いながら言うと、結も苦笑いで返す。

「恐らく、殺人カリキュラムの最終段階は……透と兄さんの一騎打ち。勝てる見込みは皆無ですが……。奇跡が起こればってところですね」

 そう言って、結は私に背を向ける。

「……勝てないと分かっていて、行くの?」

「愛してますから」

 一瞬の迷いもなく、そう言い残し結は私を置いて行ってしまう。

 絶対に勝てない敵と分かっていて、絶望しかないと知っていて、何故行ける?

 理解、できない……。結の心を、一欠けらも……理解できない。

 私は優秀な人間だ。優秀だからこそ常に他人より色々なものが見えるし、気づけるし、できるし、だからこそ孤独だ。

 ――――でも。

「…………っ」

 また、胸が痛む。

 結がこの場から去った時、人生で今まで感じたどんな孤独よりも、取り残されるような寂寥を感じた。

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