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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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幕間 退屈という病①【赤染アンリ視点】

 その日はいつも通りの朝だった。

 朝5時に目覚ましのアラームがスマートフォンから鳴り、顔を洗い、参考書をパラパラと軽く捲りながら自分の部屋で受験勉強をする。学校の授業内容は一年前に全て網羅しているから、取り立てて予習復習することもない。だから授業中はいつも他の勉強をしたり、考え事をしていることが多い。

「……あれ、集中できない」

 珍しく、参考書の内容が頭に入ってこない。早朝、頭が冴え渡っている時間に勉強をすると大体すんなりと理解できるのに、今日に限っては入ってこない。

「こういう日は見切りを付けてしまうに限るわね」

 パタンと参考書を閉じて、ベッドに寝転んで目を閉じて深呼吸する。

「はぁ……退屈だなぁ」

 常に完璧であれ。

 この世は弱肉強食。

 支配者と弱者しか社会には存在しない。

 有能たれ。

 向上心を忘れてはならない。

勉学に励み、人望を得よ。

 大企業の社長である父親の教えを守り、私は常に完璧な自分を演じてきた。いつから演じ始めたのかは忘れてしまった。だから私は、本当の自分というものがよく分からない。思い出せるような予感すらも、無い。

「ごはん食べよ……」

 変なこと考えちゃった。取り合えず朝食を取ろう。そうすれば、気もまぎれる。


      ♦♦♦


 学園へ登校すると、私は教室には行かず、自動販売機でイチゴ牛乳の紙パックを買うと、真っ先に屋上に足を運ぶ。ちなみに、イチゴ牛乳の原材料にコチニール色素が入ってないことはずっと前に確認済みだ。

 いつもの日課だった。何物にも阻まれない、ただ空と眼下の景色だけがあるこの場所が、私は好きだった。本当は立ち入り禁止だけど、生徒会の仕事として、見回りの名目で私は屋上のカギを持っている。教師の信頼があるからこそ、なせる技。

 金網に背中を預け風と陽の光を浴びながら、ストローでイチゴ牛乳を飲む。

「退屈だなぁ……」

 ぽつりと、漏れる言葉。これから教室に行けば生徒たちに囲まれて、くだらない会話を沢山することになる。私は生徒会長だし、完璧だから、沢山の人に慕われていなければならない。それは親が決めたルールであり、守るべきこと。

 ルールは私にとって無くてはならないものであると同時に、途方もなく退屈でくだらないものでもある。でも、ふと思うこともある。この世の倫理観や常識、法律というルールが今と全く違うルールだったとしたら、私はそのルールを順守するだろうか?

「…………あらら、また変なことを考えてる」

 今日はなんだか変だ。いつもなら生徒会の業務だとか、受験勉強のこととか、生徒達同志の人間関係についてとか、いじめや教師のアカデミックハラスメントがないかだとか、生徒会長としての責務のことばかり考えているのに……。

「私って、なんのために生まれてきたんだろ」

 退屈だなぁ……。


      ♦♦♦


 ―――――そして、その男は現れた。


「メリット、そんなものはありませんよ。ただ、僕は見てみたいだけです。完全自由の世界というものを……」

 恍惚の表情で、自由という悪を愛する男。

「君はとても興味深い。会話の時に感じたが、とても知性がある。そして、一つの固定観念に囚われない柔軟性もある。君なら、もしかしたら、”こちら側”に来れるかもしれませんね。完璧なペルソナを持つ人間こそ、内側に潜む闇もまた強大なのだから」


 《狂人育成》――キョウジンイクセイ――


 生徒を4人殺して生首をプールに運び、24時間生き残るという“新たな”ルール。

 普通ならできない。良心や倫理観があれば、できない。

 だが、私には容易だった。何の躊躇いもなく、4人殺せた。驚くほど簡単で、あまりにも造作もなく。

 恐怖に逃げ惑う一年生の男の子の心臓を一突きし、死体にしたあと首を斬り落とした。

 裏切られたような困惑の表情で私から逃げるクラスメートの女子を《百花繚乱》で肉片に変えてから、首だけショルダーバッグに入れた。

 首のない女子の死体の衣服を脱がそうとしていて前後不覚になっていた男子生徒は簡単に後ろから首を落とせた。

 女子トイレに隠れてやりすごそうとしていた女の子も心臓を一突きしたら動かなくなったから、一人目の時と同じように首を落とした。

 殺人カリキュラム開始30分程度で、私はノルマを達成していた。

 やはり私は完璧だった。ルールに則り、間違いなく、無駄なく仕事を完遂した。平和な法だろうと、死の法だろうと、私はどちらでも完璧であれるのだ。それが分かった。

「…………」

 それに、何より、退屈じゃない。高揚している自分を感じる。

 何をしても、どんなことがあっても、私は常に退屈だったのに……。

 ショルダーバッグに4人分の生首を詰め、プールへ行くとそこには3人の鬼がいた。正確に言えばもう一人の鬼、西園寺さんが生首プールの中にいたのだけど、この時の私はまだそれを知らなかった。

「きゃねえええええええ!」

 札束を加えて目をギョロギョロさせてケタケタ笑っている田森君。

「……」

 無言でつまらなそうに生首プールを見下ろしている花子。

「ん~~クレイジー、クレイジーですなぁ。フフフフフ。発狂もいいけど、ザ・イカレ珍百景を撮影するのも乙なもの」

 楽しそうにスマートフォンで田森君や、プールを撮影するリリー。

 生首は35個程度、既にプールに入っていた。

「言われた通り、4“個”、持ってきたけど?」

 私はショルダーバッグを開けて、4個の生首をプールの中へ落とす。

「ほぉ。やっぱり君は早く来たねぇ、赤染ちゃん? 顔色一つ変えずやるじゃん」

 リリーは楽しそうに微笑む。

「フン、たかがAランク未満の雑魚ども4人狩るのに5秒もかからないし、この程度で30分かかってるようじゃダメね」

 花子はつまらなそうに鼻を鳴らす。

「それよりお腹すいたわ。リリー、何か持ってない?」

「あ、それならねぇ、さっき教室からお弁当持ってきたよ? 自分が今日死ぬことすら知らずに作られたお弁当って、なんだか滑稽だよね! 名付けて滑稽弁当! 未来ある若者をぶっ殺して食べるお弁当ってどんな味がするんだろって思って、エクスタシー感じるから持ってきちゃった。つい」

「アンタの性欲とかどうでもいい。出しなさいよ」

「ちゃんと人数分あるからそこのバッグから取っていいよ」

 リリーが指さした先にバッグがあり、花子はそれを取りに行く。

「赤染アンリ、あんたも食べる?」

 花子の何気ない誘いに、私はグラリと自分の中の何かが揺れ動くのを感じた。

 私は、生徒会長。なのに自校の生徒を殺して、その生徒の親御さんが作ったお弁当を、自分の空腹を満たす為に食べる……?

 何かが、私の心を軋ませた。罪悪感が無いことは幼少期から自覚していたが、これはその心の痛みに、もしかしたら似ているのかもしれない。

 確かに空腹を感じている。殺人には膨大なエネルギーが必要。それは身体的にもそうだし、精神的にもそうだ。でも、次に殺すとき私は何も感じなくなるかもしれない。

 4人殺すことも5人殺すことも変わらないから。

 100人殺そうが、1000人殺そうが、1万人、10万、100万、1000万、億……。物量として差はあるけど、精神的に差は無い。

 そう、素直に思える。特に何の違和感すらも無く。

「……せっかくだけど、私は自分の分を持ってきてるから」

 でも、生徒のお弁当を食べることだけはできなかった。

 それは何故か? 分からない。分からない、けど……。

 それが、私の中に唯一残っている人間らしさなのかもしれない……。

「あっそ」

 そう言って花子は弁当を開ける。

「ふーん、から揚げ弁当。手作りっぽいわね。母親が作ったのかしら?」

「私も食―べよ。滑稽弁当の中身は空けてからのお楽しみ」

 むせかえるような血の匂いの中、二人の鬼は食事を始める。花子はポケットからプラスチックスプーンを取り出し、スプーンでお弁当を食べている。

「……お箸は使わないんですか?」

 なんとなく質問すると、花子は私を睨みつけてくる。

「あいにく育ちが悪くてね、箸の使い方を知らないのよ」

「あっ、私のは生姜焼き弁当だ。いいね、お肉食べたかったんだ~」

「お、俺も、何か食べてもいいですか……?」

 田森君がいそいそと二人の顔色を窺い、媚びた笑みを浮かべる。

「いいよ、ほら」

 そう言ってリリーは適当につかみ取った弁当を田森君へ投げる。

「ありがとうございます! リリーさん。お、俺の弁当の中身はなんだろう……お、のり弁当だ。エビフライも入ってるし、美味そうだな」

「田森君の能力は《家畜奴隷》だっけ? 今は一人も傍にいないみたいだけど?」

 リリーが田森君に話を振ると、田森君はまた媚びた笑みを浮かべる。

「え、ええ。奴隷どもは全員今は出払っていて、狩りに向かわせてます」

「田森君鬼畜ゥ~~。でもまだSなんだね。SSになれるといいね」

「は、はい! これからもいっぱい、人を殺して、頑張ります。金欲しいし!」

「アハハ、欲深いのは良いことだよ」

 殺人鬼たちの食事をしながらの歓談。

 彼らが食べているものが、殺して奪った生徒たちのお弁当でなければ、私も参加していたかもしれない。でも、それを断れる自分がいたことに、わずかな安心感を私は抱いていた。

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