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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第7話 狂女と聖女 ~revenge~ ⑦【白雪セリカ視点】

「結、赤染先輩」

 《時間停止》解除の瞬間、私は冷静に声をかける。

「――――え?」

「…………?」

 完全に停止していた二人は困惑したようにあたりを見回す。

 二人から見れば、西園寺さんは突然消えて窓ガラスが割れていることになる。けど、この先のリリーが使う《五感奪取》は手ごわい。今の二人では無理だ。太刀打ちできない。

「二人は後ろに下がってて。これから《赤い羊》が来る」

 《白雪之剣》――シラユキノツルギ――

 新たなる異能を使う。それは白き剣。それは白銀に輝く日本刀。まるで生まれたころから握っていたように、柄が手によくなじむ。重いのに軽い。心地よいほどの、ちょうどいい重量。軽く握るとヒュンという風切り音が凛とよく響く。

 もう《守護聖女》は使えなくなった。けど、《白雪之剣》は《守護聖女》の上位互換のような異能力。この剣に触れた異能は無効化される。つまりこの剣を握っているだけで私はあらゆる攻撃から身を守れる。

 《守護聖女》は人にぶつける必要があったのに対して、《白雪之剣》は異能力そのものにぶつけるだけで無効化できる攻防一体の構えだ。

 その代わり、相手の凶器化の剣にはすり抜けてしまう弱点がある。そこは別の異能で克服する。

 《守護聖女》を剣の形に凝縮し具現化したような、そんな異能。一つ目の切り札が《起死回生》なら、《白雪之剣》は私の、“二つ目”の切り札。

 もう一つのFランク、《守護者》の領域は《聖人》とは全く”別次元”だと実感する。異能の総数は、全部で二十三個。正直、負ける気がしない。

 人に頼らず、自分で全てをやり遂げる意志。

 自分の信条のためなら殺人すら厭わない覚悟。

 自らが殺されるほどの絶望を味わっても、それでも諦めず立ち上がる諦めの悪さ。


 ――――不屈の闘志。


 全ての偽善を捨て、悪を克服した“正義”の領域。

 ただ私はこの世に正義などないことを知っている。人が人を裁く道理など無いと知りながら、この領域に足を踏み入れた矛盾。この自己矛盾とは死ぬまで向き合わなければならない。でも、生きるって実はそういうことなのかもしれない。自分の正義を疑わなくなった時点でそれは悪と変わらないし、 自分を正しいと思い込むことの怖さは、透と西園寺さんが教えてくれた。

 ――――究極の矛盾。本当の正義とは、自分自身を疑い続けた先にしかない。そんな気がする。

 自分の正義を疑い続けることは苦痛でしかないけれど、その苦しみから逃げたらそれはただの悪だ。

 《聖人》から、《守護者》になった今なら、自分に今まで足りていなかったものが何なのかがよく分かる。

 ”厳しさ”だ。優しさは人を救うこともあるけど、その甘さで誰かを失うこともある。私は優しくあろうとしたことによって先輩を失い、結と赤染先輩を失いかけた。

 なら、もう……迷わない。

「ふっ……」

 思わず笑みが零れる。

 ……シスター、手ごわそうだな。

 今の私のジェネシス、スノーホワイトはあの子のものと全く同じ色だから。

「セリカ、その異能は……その色は?」

 結が困惑しているけど、説明してる時間は無い。

「とにかく時間が無い。けど、二人の弱点だけは伝えるね。結、あなたは冷静過ぎるが故に必死になれない弱さがある。時には冷静さを捨てて死に物狂いで戦うこと、抗うことを覚えて。それから、赤染先輩」

「え、何?」

「あなたは強くて優秀。だけど殺人鬼としては《赤い羊》はあなたより格上。格上の相手と戦うことがどういうことなのかをもっと冷静に考えて、理解してほしい。それがあなたの弱点だから」

「う、うん」

 答えは常にシンプル。

 私たちは弱かった。だから負けた。なら弱さを克服して強くなればいい。

 先輩風に言うのであれば、”ただそれだけ”のことだ。

「二人は下がってて。後ろで見てるだけでいい。冷静な二人にしか気づけないものもあると思う。だから、ヒコ助とリリーの弱点をその目で観察して暴いて欲しい。今の二人は正直戦力外。だから私が守るよ」

「…………」

「…………」

 二人はかなり戸惑っていた。

 まぁ、それもそうか。《時間停止》していた直後だし、私という存在がいきなり変わり過ぎたという認識になるのは当然か。

「来るよ」

 《気配察知》――ケハイサッチ――

 自動で発動する異能。自分の近くに現れた殺意を察知できるという能力。廊下の曲がり角から、殺意の気配。《起死回生》前は、いきなりリリーが突っ込んできたイメージだったけど、実は違っていたんだと分かる。やっぱり、どこまでも狡猾だ。

「隠れてないで出てきなよ。ゴキブリじゃないんだから」

 廊下の曲がり角から、手鏡が見える。

 リリーはこちらの様子を伺っていたんだ。前の時も、そして今も。いきなり突っ込んできたように見えたのは、実は冷静に計算された奇襲攻撃だったんだ。

 でも、もう前の時とは違う。

「…………」

 リリーは姿を現す。いぶかしむように、困惑したように私を見据えている。

「こんにちはリリー、さっきぶりだね」

「…………」

 声をかけてみるが、リリーは何も言わない。攻撃してくる気配もない。

 不気味なんだ、私が。ジェネシスカラーも変わってるから、異能も読めない。

「仕掛けてこないなら、こっちから行くよ」

 白き翼を生やし、私はリリーへ突っ込んでいく。

 《発狂密室》――ハッキョウミッシツ――

 紫色の壁が目の前に現れる。けど、私は《白雪之剣》を振るうだけ。

 《発狂密室》は《白雪之剣》に触れた瞬間、霧散する。

「くっ!」

 《五感奪取》――ゴカンダッシュ――

「無駄だよ」

 五感は奪われない。私は《白雪之剣》を握っている。

 物理干渉は刃ではじくだけで無効化でき、精神干渉は刃で触れずとも柄を握っているだけで無効化できる。

 ジェネシスが何かに干渉するとき、その方法としていくつか種類がある。

 例としては、物理干渉、精神干渉、時間干渉、生命干渉、物質干渉。

 《白雪之剣》は全ての干渉を無効化できる。但し無効化する条件として、物理、物質干渉には刃でぶつけて無効化、それ以外の干渉は柄を握っているだけで無効化が可能。

 最も厄介な《時間停止》の無効化は他の異能でもできるけど、《白雪之剣》も握っていれば無効化できる。

 この剣を握っている私を異能でどうこうすることはできない。

 もしこの《白雪之剣》に天敵がいるのだとしたらそれは――――


 ――――《処刑斬首》だ。


「キルキルキルル!」

 リリーは焦ったように剣を召喚し、私の懐に飛び込んでくる。《白雪之剣》も、SSS以外のジェネシスには無効化する、もしくはすり抜けるという性質がある。SSの凶器化に衝突すればすり抜けてしまうから、異能を使う必要がある。すり抜けない性質を持つ例外の異能を。

 ”三つ目”の切り札。

 《聖女革命》――セイジョカクメイ――

 白き何本もの鎖が私とリリーの間を阻むように具現化する。

 白き鎖はリリーの剣を私から防いでくれる。ついでに、リリーの身体をがんじがらめに締め上げる。

 鎖を見ると先輩を思い出す……。ああ、早く会いたい……。

「何、そのジェネシスカラー。異能の数も多すぎるし凶悪!」

「凶悪? ほんと、自分のこと棚に上げてよく言う……」

「あ、アンタに人が殺せるの? セリカちゃん」

 リリーの言葉に、思わず笑いそうになる。命乞いに聞こえたから。

「人殺しなんてできるわけないでしょ? 私はお前たちと違って、《赤い羊》じゃないんだから。私は殺人鬼じゃない。でも、人でなければ殺せるよ。ヒトデナシならね」

 結と赤染先輩を容赦なく殺し、私を弄ぼうとしたこと、今でも許してない。無かったことになったとしても、私は絶対に許さない。何より私から先輩を奪ったこいつらは万死に値する。

 喜怒哀楽。人の心。その中でも、特に”怒り”という感情は悪とされる。

 でも、怒りそのものは果たして悪なのだろうか?

 冷静に考えれば、怒りという感情を無くした人間はロボットと変わらないことに気付くはずだ。

 現代社会で最近流行っている自己心理誘導。“アンガーマネジメント”が持つリスク。“怒り”という感情の喪失。怒りにも悪に対する”健全な怒り”と、逆恨みなどの”邪な怒り”がある。でも、“怒り”そのものを“悪”とすれば、人間は正義を失うことになる。


 だって悪に対する怒りを失くしたら、それはもう悪と変わらないから。


 この世に悪しかないのなら、せめて悪に対する怒りだけは忘れないようにしなければ、人間は道しるべを失うことになる。

 なんで、そんな簡単なこともわからないんだろう? だからサイコパスが蔓延る。くだらない“共食い”の社会が生まれる。知恵を持つ高尚な生物でありながら、こんなに長い人類史という期間がありながら、一度として正義すら実現できなかったくだらない低俗な生き物。ヒエラルキーの奴隷。それが……人間だ。人間以外が知恵を持てば、ここも、もう少しマシな世界だったのかな? クリアジェネシスが人間を全てゴミだと断言する理由も、そこにあるのかな?


 ――――くすくす。セリカ。今少し絶望したね?


「静かにして、小さな私。今は戦闘中」

「くっ、くっそ、クソぉぉぉおお」

 鎖で雁字搦めにし、じわじわとリリーを絞め殺していく。リリーは必死に身体能力強化を使って抵抗しているけど、私も鎖に自分のジェネシスを集中させてそれを防ぐ。

 拷問狂にはあまりにも生ぬるい死に方だけど、殺し方に“拘り”を持つのは危険だ。

 殺人鬼と悪を殺す者の境目は常に曖昧。気をつけないとね……。

「ねえ、リリー。死ぬ前に、あなたの本当の名前を教えてよ。自己紹介したよね、初めて会った時。でも、あなたはリリーなんてイタい名前を名乗るだけで、本名を言ってない。殺人鬼になる前、あなたも元は人間だったんでしょ?」

 透と出会う前のこいつも、恐らく普通の人間だった。

 殺人鬼には、誰にでもなり得る。

 人の痛みを感じないサイコパスはそもそも最初から闇そのものだし、良心を持つ人間の愛は常に憎悪と紙一重。愛と憎悪は表裏一体。復讐という悪があるのなら、全ての人間の内側には必ず闇がある。

「だ、れ、が、言うか……」

 《快楽器官》――カイラクキカン――

 リリーは白い鎖から逃れるように左手を私へ伸ばし、手の形をした槍を伸ばしてくる。

「往生際の悪い」

 《白雪之剣》ではじくだけで、その槍は消える。けれど、安心できない。

 《白雪之剣》の無効化の効力は刀身までだ。私の身体に攻撃を与えられたら《聖女抱擁》でしか治癒できない。気を付けないと……。

「最期くらい人として死なせてあげようと思ったのに、まぁいいや。あなたにはその価値すらないんだね。殺人鬼のまま死になよ」

 私は思念を鎖へ集中し、リリーを締め殺――――

 《気配察知》――ケハイサッチ――

「調子に乗んなよクソチビ女」

 ヒコ助の声が真上から聞こえる。

 《鎧袖一触》――ガイシュウイッショク――

 鎧を纏った男が、剣を持ちながら私へ突っ込んでくる。

「変態が……。邪魔しないでよ」

 視界に入るだけで気持ち悪い。

 そして、こいつに殺されるわけにはいかない! 同じ相手に対して、《起死回生》に二度は無い。

 《異能粉砕》――イノウフンサイ――

 両手で振り下ろされる剣は禍々しい紫色。そしてヤツのパープルジェネシスの濃度と量も倍増する。マズイ、これを食らうのはマズイ! 全ての直感がこの一撃に対して逃げろと警告してくる。

「セリカ!」

 赤染先輩の声が背後から響く。

 《蛇王変幻》――ジャオウヘンゲン――

 何かに背中を引っ張られる。ふと背後を見る。

 私の腰に赤い鞭が巻き付き、その鞭を赤染先輩が引っ張っていた。

 ――――ヒュン。鼻先をヒコ助の一撃の風がかすめると同時、凄まじい衝撃音とともに床に亀裂が走る。

「こ~~わ。威力ヤバいね。ギリセーフって感じかな?」

 赤染先輩は苦笑していた。私も冷たい汗が頬を伝う。

 スノーホワイトジェネシスで強くなったつもりでいたけど、やはりそれでもこいつらは強い。一人で戦うことも強さだけど、仲間に頼ることも必要なのかもしれない。事実、今の赤染先輩の援護が無ければ《起死回生》も発動せず死んでいたのだから……。

 赤染先輩を見て、リリーが忌々し気に顔を歪め毒づく。

「何? そっちに寝返ったの? コウモリみたいな女だね君は」

「おあいにく様、最初からあなた達の味方になったつもりはないわよ? 百鬼君の件だって、利害が一致したから手を貸しただけ。殺人鬼を……同類を殺したいという自分の欲望を満たすための、ね」

 赤染先輩は不敵に微笑む。但し、目は笑ってない。拒絶的なアルカイックスマイルだった。

 殺人鬼だけを殺したい殺人鬼。そんな人が存在することには驚いたけど、私を助けてくれたことには感謝だ。

「自分の悪を肯定する者は他人の悪を肯定する義務が発生すると思う。だからあなた達はここで死ぬべきかなぁって?」

「悪の義務……ね。まぁいいや。そっちにつくなら敵とみなす。透さんの信条には反するけど、同類でも殺す」

「初めてじゃないけど、優しくしてね」

 そう言って赤染先輩はリリーにウインクする。

「ナメやがって……」

 それを見てリリーは苛立ったように眉を顰める。

「ありがとうございます、赤染先輩」

 私がお礼を言うと、赤染先輩は屈託なく微笑う。それはリリーに向ける拒絶の笑みではなく、邪気のない優しい笑顔だった。

「アンリでいいよセリカ。もう先輩も後輩も無いんだし。それに百鬼君のことも先輩って呼んでるから分かりづらくない?」

「……分かりました、アンリ」

「敬語もいいのに」

「そこまで仲良くないんで、私達」

「つれないな~~。フフ」

 笑いながら、私の右にアンリが立つ。

 《殺人模写》――サツジンモシャ――

 《鎧袖一触》――ガイシュウイッショク――

「化けたわね、セリカ。正直、ここまでアンタがやるとは予想してなかった。後で何があったか根掘り葉掘り聞くからね?」

 敵の異能をコピーして鎧を身に纏った結が、左に立つ。

「ね、根掘り葉掘りって……。お手やらかにね」

「私達の関係に手加減なんて言葉は似合わないでしょ?」

「ま、まあ……ね」

 恋敵だし。確かに……。

「じゃあ私も言うけど、結。”もう”隠し事するのはやめてね」

「ぜ、善処するわ」

「善処? ハッキリしないね」

「……言うようになったわね、セリカ」

「手加減は無用なんでしょ?」

「こら、そこ~~。味方同士で争わない!」

 アンリが無理やり仲裁してくる。こんな最低最悪の状況だというのに、生徒会長として振舞っていたアンリの顔と今の顔が重なる。

 人間の本質は、悪だ。でも、それ”だけ”じゃない。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。小さな小さな光に手をかすめたような、そんな気がした。

「それじゃあいい感じに三人揃ったところで――――」

 アンリはキルキルキルルと軽やかに唱えて構えると、にこやかに、残酷に微笑んだ。


「――――クズどもをぶっ殺そうか♪」


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