第7話 狂女と聖女 ~revenge~ ⑥【白雪セリカ視点】
ぼんやりとしていた意識が収束し、私は立っていた。
両手をじっと見る。それから、首を触る。うん、斬られてない。ある、ちゃんとある。
「《赤い羊》を倒し、それでもまだ生きていたら“私”が死なせてあげます。シスターにはもう会えませんよ。そしてできれば、デルタも出したくはない……。願わくば、あなた自身の闇に呑まれて死んでくれることを祈ります、セリカ様」
目の前にはマザー。
ああ、“ここ”に来たんだ。
リリー達が現れる直前の時間。
《起死回生》は万能じゃない。一人の相手に対して一度しか発動できない。だから、もうヒコ助に殺されたら発動しない。油断しないようにしないと。
驚くほど冷静に、私は巻き戻りを実感した。
もっと前、殺人カリキュラムが始まる前まで戻れればよかったのだけど、そこまで上手くはいかないらしい。
……でも、充分。ここから先の未来は、変わる。ううん、“変え”る。私の手で。
甘えていた。心のどこかで。結に、赤染先輩に。二人なら何とかしてくれる、と。
それが私の敗因。私の弱さ。
――――でも、もうその“弱さ”は私には無い
「……ああ、それと」
西園寺さんは不敵に微笑み、言い忘れていたことを付け足そうとしてくる。
「マザーだよね? 知ってるよ」
私がそう言うと、マザーは驚愕に目を見開く。
「シスターの《未来予知》は正しかったよ。でも、“未来”を巻き戻した“現在”まで見ることはできないみたいだね」
「…………」
マザーは《思考盗撮》で私を見定めようとしてくる。
「眠いんでしょ? 早く行きなよ。どうせもう“未来”は変わってるんだし、シスターによろしくね?」
「……未来から来たのですね、あなたは。そんな異能は私達ですら持っていないというのに、やはり底が知れませんね……あなたは」
「あなただって時間を止められるんだし、そういう意味ではお互い様なんじゃないかな」
「ふっ……。セリカ様、あなたは素晴らしい。私たちの他に“死の母”という理念を理解できる者がこの世にいる筈がないのに、あなたは私達を理解し、共感してくれた。あなたと出会えたという奇跡に、感謝を。私はあらゆる生を憎んでいますが、あなただけは“愛”していますよ、セリカ様。あなたという人に巡り逢えてよかった」
そう言ってマザーは微笑む。
「こんな自己矛盾に陥ることになるなんて自分でも驚きですが、どうか死なないでくださいね、セリカ様。あなたは私の手で死なせたい」
「それはこっちのセリフだよ。どうせいつか死ぬのに、わざわざ今死ぬ理由無いでしょ? あなた達の目を覚まさせてあげる。それまでじっくり仮眠してなよ。その間に終わらせるから」
「フフ、“化け”ましたね。手ごわそうで何よりです。それではお言葉に甘えて、仮眠させてもらうとしましょう」
廊下の窓ガラスを剣を召喚して割って、翼をはためかせて外へと消えていった。
パチン。
指を鳴らす音が響くのと同時。
――――止まっていた時間が動き出した。