第7話 狂女と聖女 ~revenge~ ③【白雪セリカ視点】
「…………」
結のあからさまな挑発に怒気を滲ませるけど、リリーはゆっくり深呼吸して怒りを霧散させる。結の挑発を不気味に受け取ったのだと分かる。結は何も言わないリリーに対して、言葉を続ける。
「アンタはセリカをナメ過ぎている。たかが快楽殺人鬼ごときが、聖人の領域にまで達したFランクをナメていい道理なんてない。だから、ここで死ぬ。ここがお前の墓場になる。たとえお前がこれから土下座をして命乞いし、それでセリカが躊躇しても、私は迷わない。……一度も使ったことのない、禁術の実験体にしてやる」
ふ、不穏だな……結。
「なんでどいつもこいつも、人間という生き物は善人の皮を被ると思う? 何の罪もない子供が理不尽に殺されたらムカつくけど、極悪人が誰かに殺されても良心は痛まない。だから人は演じる。善人という生き物をね。私を攻撃すると良心が痛みますよ、周りの人が黙ってませんよっていうけん制。人殺しをしちゃいけない理由も結局はそれなんじゃないかなぁ? 悪を肯定する者は最後まで肯定しきる“義務”が生まれちゃう。快楽で誰かを殺すことを肯定したのなら、理不尽に誰かに殺される自分の理不尽も素直に受け入れないとね?」
ウインクしながら、赤染先輩はリリーを微笑う。
「あぁ、君か。赤染アンリ。彼氏君たちのインパクトが強すぎて、君の存在を忘れてたよ。結局そっちについたんだね。コウモリみたいに。今なら許したげる。こっちにつきなよ。そうすればたくさん人も殺せるよ?」
「確かに私、人を殺すのは好きみたいだけど……なんか違うなっていう気もするのよね。で、その答えが今、はっきり分かった。私は“同類”を殺すのが好きみたい。罪悪感や良心を持たないゴミを、虫けらのように駆逐する快楽。自分が一番殺したいのは、実は自分……だったりするのかもね。ちょっと思ったのが、自分の姿をした他人がいたら、絶対に殺すなぁって思う。それに近いかな? 被虐と嗜虐の融合。そんな快感?」
「殺人鬼だけを殺したい殺人鬼……か。イカれてるけど、それもまたSS候補の素質か。透さんが気に入るわけだね。オーケーオーケー。認めよう。どっか見下してるところがあったからここまで追い詰められた」
「もうお前に挽回は無い。粋がるなよ、負け犬。この場から逃れる方法は二つしかない。今ここで自害するか、八つ裂きにされて殺されるか選べ」
え、えげつない……。普段なら結の言葉遣いを止めるところだけど、リリー相手にはその気も起きない。これがさっき赤染先輩が言っていた、悪の義務なのだろう……。
「……やっぱ透さんの一番弟子だねぇ。言うことがいちいちえげつないし、ちゃんと二択で選ばせてくる。でも、まだ“詰み”じゃない」
リリーは私達を見下すように笑う。
「君たちと私の差。それは人殺しとしての経験値の差で、だから隙ができる。そして、それが今なんだよ」
リリーから途方もないほどあふれ出す殺気と、パープルジェネシス!
「……警戒して、二人とも! こいつ、まだ切り札の異能を持ってる!」
結の一喝で、全身に緊張が走る。
《快楽器官》――カイラクキカン――
《発狂密室》――ハッキョウミッシツ――
紫の翼を生やした悪魔が、目を血走らせながら私たちの間合いに入る!
「セリカ、《守護聖女》をヒコ助に! こいつを先に始末――――」
結の指示を受け、私は一瞬ヒコ助を見る。すると、ヒコ助と私達を隔てるように紫の壁。リリー、こいつさっきの《発狂密室》はヒコ助を守るために使ったんだ! 《発狂密室》にこんな使い方があるなんてっ! やっぱりジェノサイダーとしての錬度が違う。上手い、異能の使い方が上手い!
「私をどうにかしないと壁は崩せないっつの! ガキどもが! 狩ってやる!」
リリーは邪悪に叫ぶ。
ヤツの右手には、不気味な槍。刃の部分が独特の形状をしていて、人間の手のように見える。そしてその手はぐにゃぐにゃと指を蠢かせている。相変わらず、こいつの異能は不気味だ……。
そして、この間合いは――――っ。
《五感奪取》――ゴカンダッシュ――
「指定、視力」
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
右手で結に《守護聖女》。左手で赤染先輩に《聖女抱擁》。
《五感奪取》は本当に厄介な異能。これを使われたせいでさっきは一瞬で全員が死にかけた。
《殺人模写》――サツジンモシャ――
《五感奪取》――ゴカンダッシュ――
「指定、視力!」
結がリリーの異能を模写し、その間に私は自分の内側を意識しながら《聖女抱擁》。視力が戻ったころには天井を蹴り飛ばして加速する翼をはやした赤染先輩がリリーめがけて突っ込んでいた。
《蛇王変幻》――ジャオウヘンゲン――
――――パチン!
鮮やかな鞭が赤染先輩から伸びてしなる。右手をはたかれたリリーは奇妙な形をした槍を落とすも、その顔には笑みを浮かべている。目が、見えていないはずなのに!
「オメガ先輩、やっぱ今殺せそうでほっとしてる。Sランク時の《殺人模写》であれば、SSの私が同じ異能で上書きした後で解除すれば、無かったことにできそう」
「ちっ、拷問狂の分際でそこそこ頭がキレるようだな……。透に仕込まれたか?」
「ハッ、そうかもね。透さんはその辺の有識者(笑)どもとは格が違うから! 本当に頭が良い人ってさ、自分の脳内で自己完結しないで他人の知能も引き上げられるんだよ! 《五感奪取》、《発狂密室》解除。さぁ、ヒコくん! もう殺人カリキュラムも終わってるも同然だし、我慢しなくていいよ! 何をしてもいい! ぶっ殺しパーティだよ! この前みたいに頭蓋骨に日本酒ぶっこんで飲んで騒いで戦国時代ごっこでもしようかッ! なんなら“禁術”も使っていいし、オ×ニー大爆発だね!」
「そうだなリリー。礼を言うぜ……。テメエのおかげでまだ楽しめそうだ。追い詰められたのなんざ透さんぶりすぎて……興奮が収まらねぇ! お前ら、最高だ! 自我が完全にぶっ壊れるまであらゆる穴を犯しまくった後にヒキガエルに死体を捌かせて酒盛り……だなァァァアア! ケケケケケケケケケッッッ!」
ケタケタ笑う狂人の声に、眩暈がしそうになる。とてつもない暴力と狂気のニオイ。
こいつの殺気だけで、鳥肌が立つし、怖くて震えそうになる。
先輩! 先輩助けて……っ。
思わずそんな風に思いたくなる。けど、その“弱さ”は私を殺す。
こいつの笑い声、ビデオ越しでもキツいかったけど、生で聞くのはもっとキツい。鼓膜を通して三半規管を揺らしてくる。狂気の、笑い声……っ。
目を血走らせ、涎を垂らしながら獰猛な獣よりも悍ましく私たちを見て、ヒコ助はニタリと歯をむき出しにして笑う。
「キルキルキルル」
ヒコ助の右手に現れるのは剣。
――――速い!
《守護聖女》を撃つべく手を構えるも、あまりにも早すぎて目で追えない!
容赦なく私へと振り下ろされるその手の前に、現れるのは――――
「……先、輩?」
一瞬、先輩かと思った。けどそうじゃなかった。赤染先輩だった。私を、庇ったの――――?
《蛇王変幻》――ジャオウヘンゲン――
しなやかにしなる鞭は、ジェネシスの隙間を抜けてヒコ助の首をパシンとはじくが……そこも鎧で覆われていて意味をなさなかった。
「死にさらせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!」
「キルキルキ――――」
赤染先輩の声は途中で掻き消える。
振り下ろされる剣。二つに裂かれる肉体。頭から局部にかけて一刀両断に引き裂かれる。
ボトリという音。人が肉に変わる音。
まるで尊厳などなく、容赦なく一瞬で赤染め先輩は肉片となり死んだ。
即死。それが分かった。《聖女抱擁》は間に合わない。間に合うはずもない。
「さぁて、と。案外あっけなかったかな?」
振り返ると、髪の毛をつかみ、生首を晒すように持つリリーの姿。
傍らには首のない死体が倒れている。首と銅を切断され、変わり果てたかつて結の姿がそこにあった。