第7話 狂女と聖女 ~revenge~ ②【白雪セリカ視点】
「許さない? 許すも許さないもないよセリカちゃん。ご飯を食べる時いちいち食べ物の気持ちを考えたりしないでしょ? 弱者は強者に淘汰される。その為だけに存在してるんだよ」
「食欲と性欲を一緒の次元で語らないでよ、ケダモノ」
「……ふーん、顔つきが少し変わったね」
「もう躊躇しない。お前は、私が、殺す」
「……殺意もホンモノ、と。それにしても、まさか《五感奪取》を突破してくるとはね。やっぱり壊しがいがあるよセリカちゃん。でもいいの? このまま死んだ方が楽だったと思うけどなぁ個人的には」
ニヤニヤ笑いながら、リリーは言う。確かに状況は最悪。結も赤染先輩もヒコ助に殺されかけ、死にかけていて、私の目の前にはリリー。しかも胸を踏みつけられ、首筋に剣を突き付けられているほぼ詰みの状態。
「この程度で絶望してたら、“この先”には進めない。なら、お前を殺して“この先”に進むだけだよ。先輩のいる場所に!」
花子との壮絶な殺し合いの後、透すら殺した先輩。全ては私達を守るために。なら、私も負けてはいられない!
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
異能を撃つ。リリーはやはり恐れているのか、私から足をどけて翼で跳びながら左へ回避する。
「リリー。私を馬鹿にしてるくせに、最弱Fランクがそんなに怖い?」
「ちっ、いちいちウゼェなその異能は。ヒコくん、早く二人とも殺して! それでこのFランクも少しは大人しく――――」
「――――殺すッッッ! 二人を殺したら殺すッッ! お前らをッッ! 楽に死ねるとは思うなッッッ!」
「――――っ」
「ンだ、この殺気は……っ」
二人を殺すだと?
言うにことかいて……こいつら……こいつらァァァアアア!
赤。
赤、赤、赤。
血のような赤い赤。
私から無限に、とんでもなく膨大な赤。スカーレットジェネシスがあふれ出す。
膨大な血のような霧で、視界がにじむ。私の赤く変色したジェネシスが、空間ごと赤で覆い尽くしたのだ。
――――もういい。清く正しく美しく?
やめよう。もういい。そんなのはもういい!
生きることは殺すこと。愛は憎悪であり、命とは常に死を示す。つまり、光とは闇なんだ。
全てのプラスはマイナスに繋がっている。別々の存在なのではなく、表裏一体なんだ。
悪を討つことを否定することが偽善という悪で、悪を討つことが同じ悪だというのなら、何を選んでも悪だということ。ならもう躊躇う必要なんてない。
この世に悪しかないのなら、逆に開き直れるというもの。
恐らく、正義もまた、悪と繋がっている。
長い長い人類史の中、純然たる正義を実現できた例が存在しないのが良い証拠。本来それは国が実現しなければならないのに、国を統べる者は総じて卑しい。国民がいないと生きられない無能な弱者でありながら、強者のフリをしている虚栄心の奴隷。
社会的強者は他人を犠牲にしないと生きられない弱者とイコールの関係。そんな精神的弱者に正義が実現できる道理なんてない。利己主義者には何もなしえない。私腹を肥やすだけの存在が生む出せる物など何も無い。あるわけがない。
矛盾しているけど! 透を否定するのなら、透の語る真理を受け入れなければならない。人間の本質が悪だと受け入れれば、少なくとも全ての偽善は相殺できる。問題は、“その先”だ。私が“その先”まで行けるかどうか。
そして何より、目の前にいるこいつを討たなければならないという現実!
「キルキルキルルッッッ!」
真っ赤な剣が私の右手の中に現れる。
「この身がお前たちの汚い返り血で穢れようと構うものか、お前たちだけは絶対に許さない! コロシテヤルッッッ!」
「ちっ、ピュアホワちゃんのくせにッッ! SでSSに勝てるわけないから!」
リリーが突っ込んでくる。次に《五感奪取》を使われたら終わりだ。恐らくあの異能には射程距離がある。奴がこの異能を使う直前、近づいてきたのを覚えている。間合いに入らなければ、問題ない。
その距離に入られる前に、勝つしかない!
私は今、Sランク。
もうFランクの《守護聖女》は使えない。
――――けど。
私は右手に剣、左手を前に構え、リリーへ“その異能”を放つ。
《鋼鉄処女》――コウテツショジョ――
拷問狂は拷問器具で死ぬのがお似合いだ。
鉄の処女と呼ばれる拷問器具が、突如として目の間に現れ、リリーを歓迎するようにギギギギギギと嫌な音を立てながら、腹の口を開ける。その中には大量の鉄の針があり、このまま突っ込めばまず間違いなく死ぬだろう。
まだ小さな子供の頃、鉄の処女を初めて見た。何かのテレビ番組だったか、いや……違う。そうだ……思い出した。先輩の読んでいた何かの本に写真で載っていたんだ。あの頃から先輩には怪物の片鱗があった。
鉄の処女。初めて見た時は、鳥肌が立つほど怖かった。
まだそれが作られた意味すら分からなかったのに、それでも怖かった。
でも、少年だった先輩は無邪気に笑いながら言っていた。
「美しいよな。それでいて慈悲深い。これほど優しい拷問器具はこの世に存在しないだろう。全身を包まれて死ねる。しかも他の陰湿な拷問と違って、苦痛は一瞬。包まれているから、死ぬ瞬間を見世物にされることもない。見かけには確かに凄みがあるが、おっさんの形ではなく少女の形にしたっていうのが良い。処女に死を孕まれながらあの世に逝かせてもらえるなんて背徳を考えたヤツは、マジでセンスの塊だよなぁ。欲を言うなら顔のビジュアルをもう少し現代的な美意識に近づけてくれれば満点だ」
うん、やっぱり先輩は少年の頃からちょっとおかしかったな。まぁそこも含めて愛おしいのだけど。
でも、先輩は滅多に何かを褒めたりしない。だから印象に残ってる。
鉄の処女は恐ろしいけれど、先輩に美しいと素直に褒められて少しだけ嫉妬した。
まだ子供だった馬鹿な私は、このおぞましい拷問器具に憧れていたのだ。今更になってそれを思い出すなんて。
でも、その自分の浅ましさに救われた。だからこそ、鉄の処女を扱う異能に目覚めたのだから。
そして、私のSランクにはまだ続きがある。
《守護聖女》が使えない代わりに、新たに芽生えた力を放つ。
《堕天聖女》――ダテンセイジョ――
《守護聖女》と全く同じ効果を持つ異能。
赤い女神像をかたどった私のスカーレットジェネシスは、《鋼鉄処女》をすり抜けるようにしてリリーを目指す。
「チッ、劣化版が図に乗んなよ」
《拷問遊戯》――ゴウモンユウギ――
ガァン! と音を立て、私の《鋼鉄処女》は何かにぶつかってはじける。
よく見ると、リリーもまた鉄の処女を召喚していた。
そして抜け目なく私の《堕天聖女》も素早く右へ飛んで回避してる。
「拷問器具は私の十八番。てめぇみたいなチチくせぇガキ女に扱える代物じゃないんだよ。お前は鉄の処女だけ。私は全ての拷問器具を召喚できる上位互換。ファラリスの雄牛でも苦悩の梨でもユダのゆりかごでもなぁ!」
「……下品なしゃべり方。どんなにかわい子ぶっても、“また”素が出てるよ。お化粧じゃ性格が不細工なことまでは隠せないもんね」
「…………死にぞこないが、テメェのスナッフビデオを撮ったら生き返った彼氏君と一緒に見て笑ってあげるよ」
「どこまで……一体どこまであなたは……腐ってるの? 魂」
会話をしながら、気を逸らしたのが役に立った。
ヒコ助は結と赤染先輩にとどめを刺すのに集中し、こっちを見てすらいない。結も赤染先輩も五感を失っているからか、無抵抗だ。そして、目が空ろだ。このままリリーだけを相手にしていたら手遅れ。
――――けど。
「……っ、んだ?」
私のスカーレットジェネシスは視界をにじませている。リリーが回避した《堕天聖女》もまた、どこまでも赤い。赤い霧のジェネシスとほぼ色を同化させながら、リリーが回避した射線上にいるヒコ助にそれは直撃する。
本命は、リリーが回避する前提でヒコ助に撃つことだった。
「こいつッ!」
リリーが私の狙いに気付いたのか、驚愕している。だがこれはまだ一手目。二人を復活させるところまででようやく二手目。
運命の5秒間。これで二手目までこぎつけなければ、二人は死ぬ。
「――――くっ!」
余裕ぶってはいられない。必死だ。自分が死ぬならまだいい。けど、私が失敗すれば結と赤染先輩が死ぬ。それだけは駄目だ!
《鋼鉄処女》――コウテツショジョ――
針の無い鉄の処女をイメージする。その腹の中に自分が包まれているイメージも同時に行う。強く強くイメージし、発動する!
「白雪セリカァァァアアアア!」
身体能力強化を行いつつ、《鋼鉄処女》が具現化するかしないかの狭間の中で、右足で思い切り廊下を蹴り飛ばし、翼を生やす。
《五感奪取》――ゴカンダッシュ――
「指定、視力!」
《堕天聖女》――ダテンセイジョ――
針の無い鉄の処女に包まれ、身体全体が固定され動きがままならない。ヒコ助に思い切り突進しながら、私は口を開け、まずは結に《堕天聖女》を撃つ。両手が使えないなら、口から撃てばいい!
突如視界は暗転する。視力を奪われた! でも、結さえ動ければ活路が開ける!
「キルキルキルル!」
結の声が聞こえた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
直後、轟くのはヒコ助の悲鳴。痛みを感じる心が少しでもあるなら、どうして快楽で人なんて殺そうと思える? 本当……クズ……。
でも流石は、結。一瞬で状況を把握し、何かをしたんだ。
聴覚はまだ残ってる。私は必死に叫んだ。
「リリーは五感を奪う異能を持ってる! 射程圏内まで近づかなければ使えないみたい! でも私は今、目が見えてない! ヒコ助は一瞬無能になったけどまたすぐに戻る!」
「ナイス、セリカ」
《殺人模写》――サツジンモシャ――
《五感奪取》――ゴカンダッシュ――
「模写するなら、指定する五感を一つ口に出して!」
「……指定、視覚」
「ンも、見えねえ……っ! これは、ヤバいっ。クソがァァアア!」
《無限再生》――ムゲンサイセイ――
《鎧袖一触》――ガイシュウイッショク――
ヒコ助の声が聞こえるのと同時、私は《鋼鉄処女》を解除し、自分の胸に手を当てて《堕天聖女》を撃つ。みるみる視界は戻り、両腕が切断されたまま叫ぶヒコ助と、忌々し気に私達を睨み据えるリリーの姿が目に入った。
ヒコ助の両腕はみるみるうちに再生し、肉体には堅牢な紫色の透明な鎧が具現化している。こいつの異能なのだろう。暴れられたら大変そう……。
まずは、お腹にヒコ助の腕を入れられ風穴を開けられた赤染先輩の五感を戻そうとするが、結に右手を掴まれる。
「いきなり消えた痛覚を元に戻すと、お腹に風穴が空いてたらショック死する可能性がある。《堕天聖女》はまだ撃たない方がいい」
「え、じゃあどうするの? 私、今のランクだと《聖女抱擁》が使えなくて……。模写できる?」
「……ランクが変動したのね、セリカ。私の《殺人模写》は使い勝手が悪いの。相手に異能を使われた直後にしか使えないからストックできないし、殺意が向けられてる相手のものしか模写できない。けん制するのには使えるけど、ここぞという決め手にはならない」
リリーやヒコ助に聞こえないように、小さな声で結は返してくる。
「リリーは私がけん制する。その間になんとかして自分のランクを取り戻して。でなければ赤染先輩が死ぬ」
「…………やってみる、けど」
そんなこと急に言われても、いきなりはできないよ。
ついそんな弱音を言いたくなったが、できないことをなんとしてでもやらなければこいつら殺人鬼を超えることなどいつまで経ってもできはしない。
――――やるんだ。何としても。
「いつもとは違うランクに無理やりなるのは難しい。けど、いつものランクに戻るのならそんなに難しくは無い。意識するのは呼吸。もっと言うと心拍数。興奮した心拍数をゆっくり息をすることによって元に戻す。恐らくそれでFランクに戻れると思う。いつも私が自分のランクを安定させるときはそうしてる」
ヒコ助の両足を切断しながら、結はアドバイスしてくれる。まだヒコ助を殺さないのは、リリーをけん制する為だと分かる。ヒコ助の首筋に剣を当てながら、リリーを動けないようにしてる。でもこいつらは外道。仲間の命なんて切り捨てて平然と突っ込んできても不自然じゃない。あまり、時間はかけられないと思った方がいい。
「すぅ~~~~~~、はぁ~~~~~~」
呼吸を整える。深呼吸だけで、何故だか落ち着く。
安心していいんだ。今は結がいる。何より赤染先輩がこのままだと死んじゃう。助けないといけない。殺し合いでは嘘がつけない。赤染先輩は私達を裏切らず戦ってくれた。信じていい。信じられるのなら、何としてでも助けよう。……ううん、信じられなくても……助けよう。
強く強くそう思った瞬間、私のスカーレットジェネシスはピュアホワイトジェネシスに変色する。よし、今なら撃てる!
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
「死、死ぬかと思ったぁ~~。ありがとセリカ」
赤染先輩はヒコ助の心臓めがけて剣を突き刺しながら、にこやかに微笑う。
が、ヒコ助の透明な紫色の鎧に赤染先輩の剣は弾かれてしまう。
「ちっ、かったいわねぇ……。でもまぁ、セリカの《守護聖女》後に“処理”しましょうか」
……やはりSSといったところか。視力を奪ってなお、強い。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
結にも撃つ。強がってはいるけど、首の痛みは相当の筈だ。
「……ありがとう、セリカ。今回ばっかりはアンタがMVP過ぎて何も言い訳できない」
結のさっきまで悪かった顔色も、元に戻っている。
「はぁ~~~~~~死ぬかと思ったよ……」
二人が無事だと分かった瞬間、気が抜けてしまう。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
一応、自分にも撃っておく。アドレナリンが出過ぎてどこを怪我してるかも分からないから。
「――――まさかね」
リリーは剣を私たちに構えながら、不敵な笑みを浮かべている。
「まさか……。セリカちゃんだけに局面をひっくり返されるとは……ね。電気椅子に座ってた頃とはまるで別人じゃん。透さんが無理にでも殺そうとしてた理由が、今なんとなく分かった気がするよ。殺人カリキュラムで“成長”したのは彼氏君だけではなかったんだね。花子ちゃんと戦わせて生き残らせたのがマズかったか……」
リリーは忌々しげに眉を顰めながら呟くが、それを結があざ笑う。
「反省点はそこだけではない。“普通”の人間なら、生首プールを見ただけで発狂する。あの空間で殺し合うという選択肢がそもそも“狂う”という道しかないんだ。まともな人間なら、もう既に殺されるか自殺するかで死んでいる。殺人カリキュラムももう終盤。“ここで生き残っている”ということそのものが、常人ならざる自我の持ち主だと理解すべきだな、リリー。お前はナメ過ぎたんだよ、セリカを。だからガキだと油断して食われる。なぁ、憐れな羊ちゃん?」
フッ、と結は小馬鹿にするように唇を歪めて微笑う。