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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第6話 Fランク VS SSSランク⑨【白雪セリカ視点】

 深い深い闇の中。私ではない私の声が反響する。


「抗って抗って抗った先にあるものなんて“どうせ死”でしょ?」


 私の、声……。でも、なんとなく幼い感じがする。

 ぼそぼそと、子供のように、少女のような声……。

 闇の中、一人だけいた。

 体育座りをする小さな女の子。それは幼少期の、子供の私の姿だった。

 赤いランドセルを背負って、小学生特有の帽子を被ってる。赤い帽子を被っていた。

 どこまでも、どこまでも暗い表情。うつむきながら、私の目の前にポツンと座り込む彼女は諭すように語り続ける。


「どれほど努力しても抗っても勝っても強くなっても“どうせ死”なんだよ?」

「意味なんてない。意味なんてない。意味なんてない」


 この声は、私のものだ。私の中にある小さな絶望。それが、意思を持ち、言葉を持ち、私を諭してくる。これが、西園寺さんの《無限崩壊》と、《処女懐胎》。


「どんな生物にも必ず死が待ってる。口をあけて全てをあざ笑うように」

「死という怪物には誰も勝てない」

「生の果てにあるものは必ず死」

「悪人でも善人でも関係ない」

「学者だろうが軍人だろうが学生だろうが医者だろうが俳優だろうが社長だろうが主婦だろうが子供だろうが何をしても死ぬんだよ?」

「努力して努力して努力してその先にあるのは死だよ」

「生きている限り必ず死ぬ」

「死は何よりも平等だと思う」

「この世界で最も尊く価値ある平等。それが死なんだ」


「――――なら」


「――――生きる意味なんてあるのかな?」


「この声は、私の? それともあの子の?」

「分からなくなる。自分と全く同じ声。途中から本当にあの子の声なのか、自分の声なのかが曖昧になってくる」

「意味なんてない」

「ない。無い。ない。無い」

「ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い。ない。無い」

「あるわけない」

「死ぬことって、そんなに悪いこと?」

「生きていくことの方がずっとつらい」

「殺人カリキュラムだってそう。生き残る方がつらい」

「死んでしまった方が楽だ。考えなくて済む。苦しまなくて済む」

「楽になろう?」

「誰かが言う。私だ。私の声」

「諦めるって決めれば、その瞬間に《無限崩壊》の効果で安楽死できる」

「眠るように死ねるよ?」

「先輩だって自分を殺せと言うほど、蘇った後の自分を見限ってる」

「再会したらきっと今よりも苦しい思いをすることになる」

「結や赤染先輩だって、本心じゃ何考えてるかなんて分からない」

「きっと裏切られる。透の言う通り、人間の本質は悪なんだから」

「ね?」

「だから希望なんてくだらないものに縋るより、優しい絶望に浸っていた方がずっといい」

「だって希望は裏切るけど、絶望は決して裏切らないから」

「最初から希望を持たなければ、絶望することだってない」

「絶望は優しい。平等に、誰も裏切らないから。死と一緒だ」

「あらゆる不安から解放される唯一の方法。それは死なんだ」

「死ねば解放される。全てから解放される」

「肉体という牢獄から。魂という器から。精神という狂気から」

「《赤い羊》も今となっては哀れとすら思う」

「人を殺して壊して犯して、それを繰り返すだけの存在」

「何かを狂ったように憎みながら自分の狂気に囚われて、自分自身の毒に蝕まれている可哀想な存在。人を壊したがるのは、自分の毒を他人にも理解させたいから。殺人鬼だけが持つ孤独感。同性愛者や性的マイノリティには必ずそれなりの理解者がいるし、味方がいるけど、殺人鬼にはいない。誰にも理解されない孤独を理解させたくて、人を壊す。そうして自分の孤独を紛らわせてる」

「可哀想に」

「でも、そんな風に誰かに憐れまれることすら、プライドが許さない」

「孤独が育てる自尊心。それはいつの間にか別の毒に成り代わり、歩み寄る人たちに毒をまき散らす。そしてまた孤独になっていく」

「そんな彼らにも、平等に死が待っている」

「善人だろうが悪人だろうが関係ない」

「死は、平等だ」


「――――ああ、なんて幸せなんだろう」


「かつてない幸福感に戸惑う」

「諦めるということ。それはこんなにも気持ちがいいことだったのか」

「優しいオルゴールを聞きながら、すやすやと安眠するような心地よさ」

「全ての自殺した人の気持ちが今なら分かる」

「幸せに、なりたかったんだね……。解放、されたかったんだね……」


「――――死のう」


「なんだかついさっきまで必死に抗っていたことが馬鹿らしく思える」

「死ぬことは決してネガティブなことじゃないんだ」

「生きることの方がネガティブ。つらいと思いながら生きるより、心地よい死に包まれた方がずっと幸福だ。自分を騙して嘘っぱちの幸せを言い聞かせながら、無理やり生きていくことの方がよっぽど間違ってるし、嘘だと思う」

「死にたいという人に生を解く人は、本当の意味で絶望を知らないんだ。絶望を知らない人が語る希望ほど無価値なものはない。希望は必ず裏切るのに……」

「西園寺さんは気付いていたんだね、この真理に。真実に」

「だから“死になろう”なんて思ったんだ」

「全ての人を愚かな生から解放する優しい死に」

「幸福な死に」

「なんて、優しい」

「そんな優しい人に導いてもらえるなら、本望じゃないか……」

「生きていくことの馬鹿らしさ」

「抗った先にどうせ死があるなら、今死んでも同じこと」

「先輩を救えたとしても、どうせいつか先輩も私も死ぬ」

「生まれてくるときは祝福されるのに、死ぬときは独りぼっち」

「本当に生まれてきたことって、良いことなのかな?」

「生まれてきても不幸や絶望になったり、殺人鬼になる場合だってある」

「生まれてこなければ……良かった?」

「最初から命なんて生まれてこなければ、少なくとも不幸も絶望も道を踏み外すこともない。最初からゼロであれば、その方がずっといい。プラスにもマイナスにもならない」

「生きていても苦しいだけ。苦しい、苦しい、苦しい」

「命を繋いでいくことが馬鹿らしい。子供が生まれても、その子供だって苦しんで生きるだけ。そしていつか死ぬ」

「何の意味も価値もない人生に、ありもしない幸福を見出して自分に嘘をついて」

「ああ、馬鹿馬鹿しいな。とってもとっても馬鹿馬鹿しい」

「諦めなよ?」

「そうだね。諦めよう」

「さあ、受け入れれば逝けるよ。生に意味なんてない。苦しいだけだって」

「そう……だね」

「迷う必要なんてない。私がいるよ? 死ぬときはいつでも独りぼっち。けど、《無限崩壊》で死ぬ場合は私が一緒に死んであげる。《処女懐胎》で生を受けたあなたの小さな絶望に自我を吹き込まれた私が、眠るように一緒に死んであげる。ほら、ね? こうやって抱きしめれば、温かいでしょう?」

「うん。とっても、とっても温かいね……」

「生きる意味なんてないよ。どうして生きようとするの? 死ぬのが面倒なだけだよ。死ぬのが面倒でなくなれば、人なんてみんな死ぬ。何もしなくても、どうせ死ぬのに」

「どうせ死ぬ。どうせ、死ぬのに……」

「さあ、逝こう?」

 そう言って、小さな私は手を伸ばしてくる。

「……うん」

「迷う必要なんてない。もう諦めよう。死ぬことなんて眠るのと一緒。ただ朝が二度と

来ないだけ。なら、もう安心でしょう? もう諦めよう?」

「そうだね……。抗ってもどうせ死ぬもんね……」

 なら、もう……。


――――なら、もう……。


「あれ、なんで……」

 零れる何か。漆黒が少しずつ消えて、朝日が差し込むように光が私の視界に差し込んでくる。零れるものは、涙だった。

 諦めようと思った瞬間、どうしようもなく溢れてくる涙。

「……?」

 視界が開けると、目の前に西園寺さんの顔があった。

 西園寺さんは不思議そうに私の顔を覗き込んでいる。どうやら私は西園寺さんに膝枕をされていたらしい。いつでも私を殺せたのに、そうしなかった。むしろ、この膝枕の感触がとても心地いい。穏やかに、とても穏やかに死ねる。春の日差しのような心地よさと微睡すら感じる。

「ねえ、西園寺さん……」

「どうしたの? 諦めることがツラい?」

「ううん、諦めることは別にツラくないよ。でも、全ての人を導いた後、西園寺さんはどうするつもり?」

 生きとし生ける全ての人を死なせた後、西園寺さんは最後の一人になる。

「私、西園寺さんのこと分かっちゃったんだ。“死そのもの”になりたいっていうのは、比喩でもなんでもなくて、ましてやただ死なせるだけっていう意味でもない。生に母はいるのに、死に母はいない。西園寺さんは、死の母になろうとしてるんだね」

 母親の子宮を通って、子供は生まれる。生に母は確かにいる。

 でも、死ぬときは常に一人。死は平等だけど、究極の孤独だ。誰も一緒には死んでくれないのだから。生に母はいるのに、死に責任を持つものは誰もいない。

でも、死に寄り添い、死そのものになり、幸福な死を平等に齎してくれる彼女がいれば、その孤独感は消える。

 穏やかに死ねる。

 ――――でも。

「西園寺さんは、最後の一人になったら、誰が西園寺さんを導くの?」

「…………私は多重人格者だから、死ぬときの感覚も複数で共有する。べつに問題ないよ」

「でも、死ぬ時の人格は一人でしょ?」

「…………」


「あなたは全ての人を救ってくれる。でも、“あなた”を救うのは誰?」


「――――ッ」

 西園寺さんは、目を見開き私を見据える。

「……本当に、君は……残酷な子だね。シスターが真っ先に君を導けと指令を下した意味が今、初めて分かったよ」

 西園寺さんの顔が、悲しげに歪む。

 けど、それでも西園寺さんの表情はとても穏やかで優しい。

 あの深い深い闇の中。あの時感じた安心感は嘘じゃない。

 西園寺さんの、愛だったんだ……。

 命を誰よりも愛しているからこそ、穏やかな死で導こうとする。

 それを善悪なんて物差しで測ることは私にはできない。

 金銭欲でも、憎悪でも、破壊衝動でもなく、彼女はただ絶望から遠ざける為に私を死なそうとした。それを責めようという気持ちは、不思議と湧かない。

 ――――だってもし、この先私が生きた先に闇と絶望しかなければ、私はきっと後悔する。生きたことを後悔する。そう、思うから……。

「……たとえこの先、私の人生に絶望しかなかったとしても、あなた自身も含めて救われる真理でなければ、私はあなたの愛を受け入れることはできないよ。だから、私はまだ、死ねない」


「……馬鹿な子。“未来”を知らないからそんなことが言えるのよ」


「――――え?」

 私は目を疑う。

 西園寺さんのジェットブラックジェネシスが、一瞬で“ある色”に変わる。

 声、表情、雰囲気、口調。“また”変わった。

 “この色”は――――

「あなたを試す。あなたがどれだけ強いかは分からない。けど、あなた自身の運命には抗いようがない。なら、あなたはやっぱり死を選ぶのだわ。あなたに残っている可能性未来は“絶望”しかないのだから」

 私の目を真っすぐに見つめ、“その人”は言う。

「あなたは――――」

「私はシスター。もし万が一、あなたがまた私の前に立つことがあるのなら、あなたの運命を教えてあげる。私の、《未来予知》で」

「未来……予知……?」

 未来が見えるというの?

「でも、これで私とあなたが出会うのは最後。だってあなたは殺されてしまう予定だから。次の可能性はもう無い。あなたはリリーを追い詰める直前、ヒコ助にお腹を貫通させられて、首を斬られて殺される。そこから先のあなたはもう“視え”ない。そこの二人の仲間も身体を切断されて殺されてる。ね、希望なんて“無い”でしょう?」

 そう蔑むように言う彼女からは、どうしようもないほどまばゆい白。どこまでもどこまでも透き通るような、“ほんの少し青みがかったホワイトジェネシス”が溢れていて――――

「あ、あなたは――――」

「私たちの死を受け入れなくても、どうせより苦しい死が待っている。この世の人間は死を忌避するけど、私からすれば生の方がよっぽど残酷。他の生き物を殺して糞尿に変えて、性欲という快楽の結果として子供を作り、それをいつまでも繰り返すだけのくだらない存在。生にはあまりにも意味が無さすぎる。どうせ数千年後には人類も滅亡して何もかも無くなるのに、何かを為せる、何かを残せるって本気で信じてる可哀想な生き物。それが人間。生きようと思えるのは、結局は“愚か”だからだわ。虫や猿はそんなこと考えないから、それと一緒。所詮すべての生物は遺伝子の乗り物なのに」

「あなたは……絶望……してるんだね」

「私たちは死体なのよ。主人格が死んだ後の、残りかすのような存在。生まれる前からもう死んでいるの。セリカ、同じFランクのあなたならもしかしたら私を……理解してくれると思ったのに」

 そう言って彼女は私から目をそらしてしまう。

「ま、待って――――」

 私は西園寺さんに向かって手を伸ばす。

「さよなら」

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