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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
122/355

第6話 Fランク VS SSSランク⑦【白雪セリカ視点】

「…………」

「…………」

 時間は停止して、数秒。

 私は右手をサッと下へ逸らすと、機敏な動きで西園寺さんもサッと左手を構えてくる。

 警戒されている。……やっぱり《守護聖女》が怖いんだ。

 西園寺さんは静かにこちらをじっと見据え、動かない。さっきまでの余裕の笑みはもうない。

 そしてそれは私も同じ。膠着状態に陥っている。緊張は解けないけど、少し考える時間はある……か。

 SSSであれば使える異能力の数も多そうだけど、使ってこない理由でもあるのだろうか。行動原理を分析しても、西園寺さんには謎が多い。

 そして。結も、赤染先輩も、空間に固定されたように動かない。私たちの放ったジェネシスも、完全に止まっている。

 《守護聖女》の能力効果は5秒間だけジェネシスを無効化すること。もう5秒経っていても私が動けるということは、飽くまで《時間停止》が世界に“かかるまで”の数秒に対して《守護聖女》を自分にかければ、5秒後も動けるらしい。どういうロジックかをそこまで深くは考えてはいなかったけど、今の状況は結果オーライだ。まだ詰みじゃない。私まで停止していたら本当に終わってた。

 私の勝ち筋は《守護聖女》を西園寺さんに当てること。これしかない。そしてそれは西園寺さんも知っている。だから最優先で警戒してくる。花子との戦いを見ていたのだろうし、《思考盗撮》で私の考えは全て見られていると思った方がいい。

「……?」

 だが、一つだけ疑問に思ったことがある。

 西園寺さんが放っていた途方もない量のジェットブラックジェネシスが、今は殆どない。僅かに燃えるように揺らぐ炎のように、西園寺さんの身体から少しだけ溢れ、揺らめいている。翼の大きさも小さくなり、廊下全体が漆黒だったさっきまでの景色もなくなった。ジェネシスの量が……減っている?

 《時間停止》を使ったから? やはりそれ相応の発動リスクはある?

 ……それに、攻撃してこない。

 よくよく考えたら、《時間停止》なんて途方もない異能力をなんで今使ったんだろう。そのタイミングもよく分からない。発動条件でもあるのだろうか?

私に咄嗟に《守護聖女》を使われたのだって、もっと違うタイミングで使っていればこの展開はなかった。

 慢心していた? それはあると思う。SSSには自分が最強だという慢心がある。透にもそれはあった。SSSの弱点の一つだ。

 けど、きっとそれだけじゃない。

 何故なら、一度目の私たちのコンビネーション攻撃の時、自分の腕を切り落として身代わりにしたからだ。最初から《時間停止》を使っていればよかったのにも関わらず。つまりできれば使いたくなかったという心理が読み取れる。

 それに、こんな神様みたいな異能力。おいそれと簡単に使えてたまるものか。


 ――――必ず隙はある。


 西園寺さんの勝ち筋は《時間停止》で世界を止めるまで。“止めた後”に勝ち筋があるとは思えない。今私が動けるということ自体が、彼女にとってのイレギュラー。《時間停止》という最悪の異能を、初見で無効化できたのは奇跡に近い。西園寺さんを殺そうと急ぐ心理であれば、きっとなすすべなどなかった。

…………なんて、皮肉。

 恐れていたから、彼女のことをきっと誰よりも恐れていた私だから、咄嗟に反応できた。《守護聖女》を自分に撃てた。西園寺さんに向けて撃ってたら絶対に《時間停止》の発動まで間に合わなかった。

私が彼女を恐れたからこそ、この世界で彼女と戦うことを許された。SSSの狂気と同じ土俵で戦える権利を無理やりもぎ取れた。

それに、彼女のジェネシスの量が減っているのも、私にとってはきっと勝機。

「私が、怖い? 西園寺さん」

「…………」

「私も、西園寺さんが怖いよ。でも、相手を殺すっていうのはそういうことだよね。全力で相手と向き合って、そのうえで命を奪う。相手と向き合わずに一方的に命を奪うなんて、卑怯で臆病者な精神的に弱い人のやること。とても残酷なことだけど、西園寺さんが死になりたいのなら私は全力でそれを阻止するよ」

 以前の私ならこんなこと言えなかっただろう。

 殺すなんてできなかっただろう。

 でも、“今”の私ならできる。

 透の狂気を、骸骨の狂気を、リリーの狂気を、花子の狂気を、先輩の狂気を、西園寺さんの狂気を。

 ――――超える!

 ただ超えていく!

 最初から整備された道は、私の道じゃない。

 超えて、超えて、超えて……。

 ――――超え続ける!

 それが、私の、私だけの道になる!

 きっとその道が、私だけの光になる!

「キルキルキルル!」

 今はまだ盾だけど、心に剣を持ち悪を穿つ光になろう。その為に、

「あなたを殺すよ、西園寺要さん!」

 高らかに宣言し、威嚇する。

 私達を自殺させるなんて許さない。生きる希望を諦めさせる権利なんて、誰にもない。

 宣言すると同時に、私から溢れ出す大量のピュアホワイトジェネシス。その量はかつての比ではなく、さっきの西園寺さんの廊下を埋め尽くすぐらいの量と同等。なんか沢山出てるけど、パワーアップした感じがしないのがちょっと残念だ。

 ……なんで急に量が増えたんだろう?

 覚悟が決まったのと同時だった。結も赤染先輩も頼れない状況で、先輩が命を賭けた相手と同格。最強のSSSを相手にしなければならない。このプレッシャーがむしろ私の覚悟を強くする。先輩の隣を歩くのなら、目の前の壁は全て越えていく!

「キルキルキルル」

 西園寺さんも黒き剣を持ち、構える。その漆黒の瞳は私だけを映していた。この止まった世界の中で、私だけを対等と認めている瞳。この異能だけは駄目だ。誰にも、私にしか止められない。

一度でいい。

 たった一度だけでいい。

 《守護聖女》を当てる。そうすれば止まった時間は動き出し、《発狂密室》は解除される。その運命の5秒間で、西園寺さんを殺す。それで終わりだ。

 できれば殺したくなんてない。でも、この人の《時間停止》はあまりにも脅威。殺さずにどうこうするなんて考えが甘いし危険。自殺させたいなんて普通に言える考え方も怖い。彼女を殺さなければ、彼女は本当に全人類を滅ぼす。そう感じさせる“何か”がある。

 ふと、思う。偽善と善の違い。

 偽善は自分が汚れたくないだけ、人から醜いと思われたくないというただの自己保身。嫌われたくないから本当のことを言わない人や、いじめを見て見ぬふりする人と一緒。

 自分が汚れてでも、醜いと蔑まれてでも誰かのために尽くす。それが善。

 人殺しは悪だと思うけど、偽善は人殺しを超えるもう一つの悪だと思う。”何もしない”という悪。見て見ぬふりをする。自分の手を汚したくないという、ただそれだけの理由で。それが、偽善という悪。

 そして。人殺しもまた、悪。

 なら、これから多くの人を殺すのが分かりきっている目の前の人を殺すのは悪なのだろうか?

 もしそれが悪だというのなら。

 何もしないという悪か、悪を悪で止める悪かを選ぶことになる。悪か悪かの選択。そっか、これが赤染先輩の言っていた必要悪の考え方。今ようやく、腑に落ちた。

 でも、そんな善悪の判断を待ってる時間なんて私にはない。そんなことは自分だけが安全圏にいながら危険地帯にいる他人を非難する人が、勝手にやっていればいいこと。西園寺さんを殺さずに止める方法は無い。少なくとも、今の私には。

 誰も助けてなんてくれなかった。先輩の悪が、先輩だけが、私を救ってくれた。

 ならもう――――

 ――――戦うしか、ない!

 目の前の怪物を倒し、ひたすら前に進むことだけを考えろ!


 全ての狂気を、悪を、闇を超える。過去の私という偽善すらも含めて――――


 ――――超えろ!


 足にジェネシスを集め、前に跳ぶ。相手の間合いに一直線。盾を構えながらの突進。

 なりふりなんて構わない! 私の道を邪魔するなら、容赦なんてしない!

 一歩跳ぶだけで、まるで弾丸のように身体が加速して動体視力が追い付かなくなる。

 ガァン!

 凄まじい衝撃で両腕が痺れ、舌を噛まないよう気を付ける。西園寺さんの剣と私の盾がぶつかり、私は後ろに吹っ飛ぶ。左足にジェネシスを集めつつブレーキをかける。これも咄嗟に身体が動いた。 先輩の《監禁傀儡》を思い出す。あの鎖はとっても冷たいのに、心地よかった……。

けれど、彼女もまた後ろに吹っ飛んで、天井に背中を打ち血を吐く。……攻撃が、効いている。

 やっぱり透の時と一緒だ。他は全部すり抜ける意味のない最弱の盾だけど、Fランクの凶器化はSSSの凶器化とだけ対等になれる。

 なら。きっと大丈夫だ。

 《守護聖女》――シュゴセイジョ――

 私は西園寺さんに向けて異能を放つ!

 《堕天聖女》――ダテンセイジョ――

 私が放つ白き光と、西園寺さんの黒き闇が衝突。白と黒の融和は薄い灰色となり、消滅――――しない!!

 私の《守護聖女》は《堕天聖女》を“抜け”る。

 量で上回った! 同じ性質の異能がぶつかった時、ジェネシスの量が多い方が相手の異能を上回る! さっき同じ条件で負けたけど、今回はリベンジだ!

「――――くっ」

 西園寺さんの表情が苦しそうに歪む。

 《堕天聖女》――ダテンセイジョ――

 同時に同じ異能は発動できずとも、発動し終わればまた撃てる。

 ――――でも。

「読んでたよ、西園寺さん」

 《守護聖女》――シュゴセイジョ――

 それは私も同じ。もう一度撃てば同じ結果。むしろ、一度上回った私の方に分がある。

 白と黒の衝突。二発目もまた、私の《守護聖女》が《堕天聖女》を抜けていく。

 《時間停止》後の西園寺さんはどう見てもさっきより弱体化している。やっぱりジェネシスは有限なんだ。《時間停止》を世界に対して使って、学園に発動してる《発狂密室》を維持しながら私と戦うのは、苦しいことなんだ。

 ……勝てる、かもしれない。

 二発の《守護聖女》が西園寺さんめがけて飛んでいく。当たる前の数秒のタイムラグ、勝ちはほぼ決まったけど油断はできない。花子ですらあんなに強かったのだ。西園寺さんが何をしてくるか全く読めない。

 私は盾を構え、西園寺さんめがけて走り出す。この盾で突進して押し倒す!

「……るさい。少し黙っていなさい」

 今、何か言った?

 西園寺さんは私ではなく横目になり、何かぶつぶつと喋っている。

 ――――誰と?

 また背筋に寒いものが走る。

 チャネリングな訳が無い。時間は止まっているのだ。喋る相手など私以外にいるはずがない!

 恐れを振り切るように私は更に足に力を込めて加速を続ける。

「権限はまだ……主導権は……アルファ……シスター……」

 西園寺さんは額を抑えながら、苦しそうにうめいている。

 ――――チャンスだ。

 ここを逃す手は無い。誰と話しているか、会話の内容は不気味だけどここを逃す手は無い!

 《守護聖女》――シュゴセイジョ――

 走りながら、駄目押しの三発目。

「あーもうウルサイなぁ。眠いんでしょ?……。《時間停止》した後に眠気でぶっ倒られても困るんだよねぇ、ウチらも。動ける相手目の前にいるし。マザーは寝てな寝てな。後は”私”がやるから」


 《無限奈落》――ムゲンナラク――


 3発の《守護聖女》に対し、翳される右手。彼女の右手から現れる漆黒の、ブラックホールのような球体に《守護聖女》が吸い込まれていき、消滅。ただ《無限奈落》と呼ばれた球体も消失した。

「お、やっぱ消えるかぁ。強いね《守護聖女》」

 そう言って西園寺さんはパチンと両手を叩き、目を丸くして感心したように私を見据える。

 口調がまるで違う。大人びていた顔つきもどこか子供っぽく見える。

 減少していたジェットブラックジェネシスも、復活して空間全体を覆い尽くすぐらいの量になっている。ほぼ、《時間停止》前の、元の量だ……。

 思わず、足が止まる。このまま突っ込めば“死”ぬ。

 その予感だけが私の足を本能的に止めた。

「……あなたは、誰?」

 そう問わずにはいられない。まるで印象が違う。全く別の他人がいきなり目の前に現れたような違和感。先輩が本性を見せた時とは、また別の感覚。

 ま、まさか……。

 聞いたことしかない。世の中にほんの少しだけいることは知ってる。

 精神が“複数”存在する人間。

 けど、まさか――――

 目の前のこの人が――――

「サイオンジカナメだけど、それがどうかした?」

 にっこりと、頬を人差し指で描きかながら子供っぽくあどけなく微笑む。西園寺さんは明らかにさっきとは別人。

 顔、身体、声、それは変わらない。

 なのに雰囲気と、表情の変わり方、声の音程が違う。

「あ~~分かる? 凄いなやっぱり君は。親兄妹ですら見抜けなかったのに、こんな一瞬で見抜かれたのは人生で“二度目”だよ。百鬼君が最初だったかな。君たちは正反対なのにこういうところだけは“同じ”なんだね。まぁ“私”は結構あっけらかんな性格だからかな。マザーやシスターは結構その辺、気を付けてたみたいだけど」

 いたずらっぽく、西園寺さんは微笑う。

「ほらほら、早く絶望してくれないといつまでも続くよ~~」

 朗らかに、無邪気に、西園寺さんは言う。漆黒の剣を持ち、漆黒の翼を生やし、悪魔のように大量のジェットブラックジェネシスを身にまといながら。

 ……なんてことだろう。

 精神が複数あるなら、きっとジェネシスも複数ある。透に《狂人育成》された時のジェネシスカラーですら、さっきの西園寺さんでも、今の西園寺さんでもない、“別”の人格の可能性がある。どうりで……目立たない筈だ。結と違って、ジェネシスカラーを精神状態をコントロールして”支配”するのではなく、個々人が極めているジェネシスを自由に”使い分け”られるのだとしたら……? それはきっと20や30の異能じゃきかないかもしれない。“さっき”の西園寺さんの切り札が《時間停止》なら、“次の”西園寺さんにも切り札の異能はあると考えるべきだ……。

 まるで、そうまるで……ジェネシスに愛されるために生まれてきたような人。

 第二ラウンドなんてとんでもない。

 彼女たちの力が尽きるまで、私は最後まで立っていられるだろうか?

 ――――何を弱気になっている?

 一瞬弱気になった自分を殺したいとすら思う。拳を握りしめると、皮膚に爪が食い込んで血が溢れてくる。

 先輩が繋いだこの命、こんなところで無駄にしてたまるものか……。

「どんな、異能も……私の《守護聖女》で無効化してやる」

「――――え?」

「私を自殺させる? できるものならやってみなさい、西園寺要。もし私が私を殺すことがあるとするなら、死ぬことで先輩に会えると約束された時。もしくは、先輩に殺される時。どうせ命なんて一つしかないのだから、どこまででも投げ打てる。ねえ、西園寺さん。全人類を自殺させるなら、目の前の私一つすぐに死に導けなくてどうするの? もう、あなたと私は5分ぐらい戦ってると思うけど……これだとあなたがおばあちゃんになるまでに終われるかな。そしたら西園寺さんは、みんなを自殺させる前に、老衰で死んじゃうね?」

 西園寺さんを、微笑う。

 もし人格交代でジェネシスが変化するのであれば、“次”の西園寺さんには《絶対不死》が無い可能性もある。全てはチャンスなのだ。諦めさえ、しない限り。

「…………」

 西園寺さんの顔つきが変わった。

 おちょくるような表情から、無表情へと。

 それでいい。

 全力でくればいい!

 それを私は全力で叩き潰すだけだから。


「――――行くよっ!」


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