第6話 Fランク VS SSSランク⑥【リリー視点】
「状況は限りなく最悪に近いみたいだね、ヒコ助くん」
「……そのようだな」
《発狂密室》を解除する。SSSの《発狂密室》は未だ健在。無駄に私の異能をキープする意味は無い。認めたくはないが。
「……チャネリングは……駄目か」
いばら姫ちゃんをイメージするが、ノイズが酷くて駄目だ。チャネリングはかなりの高等技術。《赤い羊》でも使えるのはいばら姫ちゃんと私と透さんだけだ。いばら姫ちゃんいわく、ミリ単位の精度でジェネシスを細かく調整できるようなセンスを持ってないとできないらしい。ま、ぶっちゃけ才能かな。
今試してチャネリングは駄目だった。携帯はもちろんSSSの《発狂密室》のせいで圏外だし、この閉鎖空間を突破するにはSSSが異能を解除するか死ぬしかない。時間が止まっている規模は分からないけど、《発狂密室》の外側にまで及んでいるのだとしたら、恐らくいばら姫ちゃん達側にも《帝王抱擁》の保険が発動したはずだ。今頃向こうも騒ぎになっていると思うけど、《自在転移》の使用回数は24時間を基準として、いばら姫ちゃんの睡眠時間に比例する。迎えに来て退散できる使用回数が残っているかどうか……。結構使ってたみたいだからな。あまり期待はできない。
「時間に干渉したことだけは分かったけど、どんな異能なのかが分からない。現在なのか過去なのか未来なのか」
「…………それは、どうやら“現在”みたいだぜ」
ヒコ助くんが窓の外を見ながら言う。私も窓の外を見てみ――――
「――――っ」
今日の天気は雨だが、いつの間にかその雨も止んでいた。そして外には飛び回り交尾にいそしむ二羽の蝶。特に違和感のない当たり前の光景だが、ありえないのはその二羽の蝶が空中で固定されたように“動かない”ということ。空中を飛ぶ生物が、空中で完全に固定されるなどあり得ない。物理法則を無視している。無論、ジェネシスには物理法則を無視する性質はあるが、ここまで精度の高いものは見たことが無い。
「現在が止まっている?」
「時間停止の異能か。透さんにしかできねえことをやってのけたSSSランク……」
珍しく、ヒコ助くんの笑みが引きつっている。一度透さんに勝負を挑み、完膚なきまでに敗北の味を叩きつけられた記憶が甦っているのかもしれない。
「殺すしかないね。もうオメガ先輩もピュアホワちゃんの追跡もひとまずは後回しかな。新しいSSSをどう駆除するか。最優先事項に変わった。今この時点をもって」
さっきまでは味方にできるかもと思っていたが、次元が違い過ぎる。こんなおいそれと時間を止められるようなヤツを透さんに近づけるわけにはいかない。他にも何か途方もない異能を持っているような気もするし、ね。
「殺れるか?」
「《拷問遊戯》じゃチンタラと時間がかかり過ぎる。《五感奪取》か《快楽器官》で精神を完膚なきまでに破壊し尽くす。人が人であれる、精神を精神たらしめてる魂の座標を根こそぎ奪ってあげるよ」
私は真顔で言う。SSS相手に、遊ぶ気も起きない。まさかSSの私が“格上”相手に全力を尽くすことになるなんてね。笑えない。
「《絶対不死》持ちだった場合はどうする? 透さんと同格ってことを忘れんなよ」
ヒコ助くんの言葉で、我に返る。
「…………そうだね。精神を壊しても不死だったら持ち直す可能性が僅かでもあるし、その場合は……」
死なない相手と殺し合うなんて、水鉄砲で戦車に立ち向かうような愚行だ。
「懐柔できないか試し、できないようであればひたすら時間を稼ぎいばら姫ちゃんが迎えに来るのを待つ。それが勝ち筋じゃないかな、私たちの」
「ピュアホワイトジェノサイダーのジェネシス無効化はどうだ? 共闘してSSSを殺すってのは」
「あり得ないね。ピュアホワちゃんが私達と手を組むってことだけはない。それにオメガ先輩も不気味だし」
「あのブラコン女がそんなに脅威か? べつに、大した女には見えなかったが」
「これは完全に私の勘だけど、オメガ先輩は恐らく、まだ“力を隠してる”よ。腐っても元《赤い羊》。《殺人模写》なんて現《赤い羊》でも誰も持ってないし、欲求として意味不明すぎる。もし透さんに追いつきたいっていう気持ちなのであれば、私たち現《赤い羊》でも手に入らなかった異能。ナメない方がいいと思う。あと、《絶命呪殺》も誰をそこまで呪い殺したかったのかっていうところも……ね」
たとえ失敗作だとしても、あの透さんにSSS候補といわしめた存在。存在そのものが不気味だ。しかも透さんを殺した彼氏君の妹なら悪としてのポテンシャルも無限の筈。
それに、私の本能が全力で囁いてる。オメガ先輩は”危険”だと。ランクが低く不安定な今のうちに確実に殺しておくべきだと。でないといつか……とんでもない障害になり得る。そんな予感めいたものすらある。ピュアホワちゃんとは別の次元の怖さがあの女にはある。透さんに至高の悪として可能性を見出されていた事実は無視できない。むしろ私はピュアホワちゃんよりオメガ先輩の方が"怖い"。SSSさえいなければヤツを真っ先に始末したいのが本心だ。
「だが時間は停止してる。止まってる奴相手にビビれと言われてもな」
時間は停止してる。その一言が、頭の中で引っ掛かる。
「…………ちょっと待って」
ちょっと待て。時間は停止してる。だが、何故?
……何故、今なんだ?
いつでも時間を停止できたなら、何故今、このタイミングなんだ?
止めざるを得ないほど追い詰められたからだ。答えは一つしかない。
なら、追い詰めたヤツがいるということ。
SSSを追い詰められるようなヤツの心当たりもまた、一つしかない。
「行くよ、ヒコくん」
思わず笑みがこぼれる。
「おう。だが急にどうした?」
「事態はそう単純じゃないみたい。新しいSSSは“場そのもの”を変えたんだよ。もう今は状況そのものが以前とは違う」
「……分かるように言え」
「私達VSピュアホワちゃん&オメガ先輩の構図ではなくなったってことだよ」
どうやら、三つ巴の戦いになりそうだね。ピュアホワちゃん、オメガ先輩。
マジで本気出さないと私でも死ぬな、この状況。一瞬で人を壊すのはあまり私好みではないからあまり使いたくない異能だったけど……仕方ないね。
精神破壊の真髄を見せてあげる。人の心を破壊するジェノサイダーとしては、恐らく私は至高の存在だという自負があるから。
「……プラトニック殺人手法には“続き”があるんだよ、セリカちゃん。全部教えてあげるね。人間の壊し方ってヤツを……さ」
死にながら、壊されながら、発狂しながら快感という名の絶頂でぶっ壊れるのか。それは、永遠に終わることのないオーガズムがもたらす狂気。
視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚の全てを失い、虚無という名の精神の監獄で死ぬこともできずぶっ壊れるのか。これは、感覚遮断実験とかいう戦時中に考えられた人体実験を”完全無比”にしたものがもたらす狂気。
「――――フフ」
零れるのは笑み。
私は、人の精神を壊す殺人鬼。快感で、苦痛で、あるいは虚無で。透さんの最高傑作といわしめた異能を持つ女。今度は出し惜しみせず全力で逝かせてあげるね……。私が、導いてあげる。そこが天国なのか地獄なのかはワカラナイけどさっ!
私は唇をなめながら、さきほどそう遠くない場所から絶叫が聞こえた場所を目指し、翼をはためかせる。
――――恐らくは、そこに”ヤツら”はいるだろう。そう、断言できるから。