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±0  作者: 日向陽夏
第2章 殺人カリキュラム【後】 白雪之剣編
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第6話 Fランク VS SSSランク⑤【リリー視点】


 《時間停止》――ジカンテイシ――


 どこかでその異能が発動した瞬間。私とヒコ助くんから漆黒のジェネシスがあふれ出し、そのジェネシスは神父の彫刻の形となり、その神父が両耳を抑えるように絶叫し、消滅した。

「…………まさか、今のは透さんの《帝王抱擁》?」

 戦慄が走る。《帝王抱擁》が発動したということは、透さんの保険が生きたということ。

 私たちの”身代わり”になったのだ。

「……時を操る異能力者。例のSSSランクか?」

「時間に干渉したというの? 透さんですら生命にしか干渉できなかったのに……」

「マズいな。こんなの、俺たちの手に負えるのか?」

「負えないね、流石に」

SSを超越するSSSランク。透さん以外に現れてしまった現実を、未だうまく呑み込めない。だが否応なく現実とはそういうもの。

「……ヤバいな。状況は最悪みたいだ」

私の意識にとって、ヒコ助の声すらもう遠い。私は過去に思いをはせていた。



 時は少しだけ遡り、殺人カリキュラム直前。

 透さんは殺人カリキュラムに向けて会議を、15分後にする予定だ。その前に私がラウンジで休憩していると、透さんも休憩しに現れた。

 私と透さんは、ラウンジで椅子に座り、向かい合っていた。

「君は素晴らしいと思う」

 マグカップでココアを飲みながら、唐突に透さんは私を褒めた。

「え? 何ですか急に」

 私は✕YZのカクテルをグラスで嗜みながら、尋ねる。

「司令塔には花子を据えたが、個人的に、君は僕にとっての最高傑作だ。僕はSSを育てることに生きがいを感じているが、恐らく君以上に狂っているSSは生み出せないとすら思う。遊び癖があり、冷静な判断力として統率が期待できないから、花子をナンバー2に据えたが、狂気だけだったら僕に匹敵するものを感じる」

「お、煽てても何も出ませんよ」

「心からの本心さ。希望、平和、善、正義、人権。それら全てがいかに無価値でくだらないものなのかを全ての万人に平等に理解させられる力を君は持っている。その偉業は僕ですら成しえない、崇高な悪だ。肉体ではなく精神を完膚なきまでに破壊し尽くす異能。どんな人間でも”死を望む”ようになるだろう。実は死刑が最も”軽い罪”なのだと君の異能は教えてくれるだろう。正と負と無を自在に使いこなす人間は例外なく超人だと僕は思っている。《快楽器官》、《拷問遊戯》、《五感奪取》。一つを以てしても至高なのに、君は悪として三つの至高を極めている。ただ一つ懸念があるとするなら、君の殺人鬼としての性質としての発狂という概念には”続き”があるということ。発という始まりがあるなら、着という終わりも必然としてある。”終わりの狂気”と出会ってしまったら、もしかしたら君は変わってしまうかもしれないね」

「……透さんの言ってることはときどき、難しくてよく分からないです」

 終わりの狂気? 人間なんて狂ったらそれでおしまいでしょ? 狂った先に何か”別のもの”でもあるというのだろうか?

「ま、僕としてはそのままの君でいてほしい。今の君でも、充分狂っているからね」

「えー、でもいばら姫ちゃんとかも凄いと思いますけど? 異能9個も持ってるし」

「ああ、骸骨が連れてきたあの子か。あの子は悪ではないよ。限りなく悪に近いが」

「……?」

「死、そのものを見て快感を覚えたり、安堵する性質が強い。タナトフィリアと言ったらいいのかもね。稀に、デストルドーが強い人間がいるが、彼女はそれに近い」

「デストルドー?」

「君はよく、人間は生存欲求の奴隷だと言うだろう? 一つの真実ではあるが」

「あ、はい。そうですね」

「その真逆。“死に向かっていく欲求”のことをデストルドーと言う。君の言う生存欲求と対をなす衝動だ。今後もし、デストルドーが強い人間と君が出会ってしまった場合、なるべく早く殺した方がいい。君にとって、最大の天敵となり得る」

「……自殺願望が強いってこと……ですか?」

「近いね。殺人鬼を超越しうる最大の素材だが、僕でも飼い切れる自信はない」

「でもいばら姫ちゃんはそんな感じしませんけどね」

「彼女は無自覚だからね。他人の死に自分の死を見出していることに気付いていないのさ。それに、骸骨を愛しているし……ね」

「……愛、ですか?」

「愛を善と錯覚しがちだが、実は一番厄介な感情だ。オメガが“そこ”に到達するところを僕は見たかったのだが、失敗した」

「……例の、一番最初のSS候補ですか?」

「いや違う。“SSS候補”だ。彼女に“殺人鬼としての性質”はない。だが、だからこそ、SSSに到達しうる可能性があった。愛という深淵には誰も勝てないから。……まあ、この話はつまらない。話を戻そうか」

 透さんは優雅にココアを啜り、再び唇を開く。

「自分が死ぬことを心の底から楽しめる。そういう人材が、デストルドーが強いタナトフィリアという生物だよ。生物とは思えないほど、死に向かっていく性質が強すぎて、生物として存在していることそのものが矛盾しているとしか思えないがね。僕にとっても、できれば会いたくない人材だ」

「見たことないですね、私は」

「その方がいいさ。どんな生物にも必ず天敵はいる。君にとっての“ソレ”は、タナトフィリアだ。覚えておくといい」

 そう言って、透さんは立ち上がった。

「さて、会議の時間も近い。会議室へ行こうか」

 私は透さんの後を追い、会議室へ向かった。



 会議室には私と透さん以外の《赤い羊》が全員そろっていた。

「うん、時間通り揃ってるね。さて、僕は会議というものがあまり好きではない。意思決定は必要最小限の議題を掲げ、迅速かつ少人数で行われるべきだからだ。大人数で無駄に集まり、長時間責任を押し付け合う茶番を好む豚以下の愚民はここにはいないことだし、迅速にこの集会を終わらせたいと思う」

 透さんはテキパキとした口調で語り始める。

「みなまで言おうとは思わない。やることは一つ。積極的殺人鬼を育成できるかを実験する。新たなるSSの誕生を願って、冬空学園の生徒達には死線を彷徨ってもらう」

 透さんはそう言って、会議机の上に下にしまってあった、アタッシュケースを置き開く。

「ざっと一億円ここにある。捨ててもいい金だが、もともとこれはフェイク。福沢諭吉というインセンティブを使い、殺人鬼が育成されるかを試す。無論、金銭欲程度の狂気ではS止まりなので最終的には始末することになるが、悪には欲求が付き物だ。ありきたりだが、この金を使っていく。花子にこれを預ける」

「分かった」

「さて、一番重要なことをこれから行うが、事前に説明だけさせてほしい。いばら姫と協議し、ありとあらゆるリスク管理を考えた結果、一つの結論が出た」

 いばら姫ちゃん頭いいから、少し嫉妬。透さんと二人きりで協議とか羨しいな。

「万が一、SSSが誕生してしまった場合についてだ」

「SSSが誕生するなんて、そうそうない確率だと思いますが?」

 骸骨が首を傾げるが、透さんは意味深に微笑するのみ。

「そう。“ほぼ”あり得ない。だが“ほぼ”だ。絶対ではない以上、僕は保険を打つことにした」

「保険……ですか」

「リリー、ジェノサイダーにとって最も厄介な異能は何だと思う?」

 突然透さんに話を振られ、戸惑う。けど必死に考えて思いつく限り言ってみる。

「異能を無効化されること、不死であること、異能を強奪されること、このあたりですか?」

「ああ、どれも正解だ。ただ一つ付け足させてほしい。最も厄介な異能は、“時間”、“生命そのもの”に干渉する異能だ」

「時間、生命そのもの?」

「過去を変えられたり、現在を停止されたりすればなすすべがない。または、生命活動を瞬時に停止させたり、生命そのものを操作したり干渉する異能はどうしようもない。その人間の独壇場だ。神に匹敵する異能力だと言える」

「……確かに」

「SSSになると、ジェネシスの全てを理解できる。SSSで始まり、“F”で終わる。精神、狂気、真理、欲求に感応する性質がジェネシスにはある。僕はSSSとなると同時に、ジェネシスを理解する機会を与えられた」

「機会ですか?」

「ああ。ランク制であることや、そのあたりのところからなんだが……最も重要なのは、時と生命に干渉するジェネシスが存在しうるということ。どのランクでも取得できるが、ランクが高ければ高いほど干渉する規模と質が上がっていく」

「僕の《冒涜生誕》なんかも、生命に干渉してるんですかね?」

 骸骨くんが口を挟むと、透さんは意味深に微笑む。

「干渉しているね。SSSに到達しても、なかなか手に入る異能ではないよ。SSでそんな異能を取得した君の精神の性質が“特別”なんだろうね」

「僕の《人肉生成》と《証拠隠滅》は?」

 ヒキガエル君が質問すると、透さんは少し残念そうに首を横に振る。

「人肉そのものは生命ではなく物質だね。《証拠隠滅》も確かに時と生命に干渉していると言えなくもないが、欲求の根底にあるのが不都合な真実のもみ消し。数ある時と生命の異能の中でも最弱に分類される異能になるね。僅かに感じるのは自己愛かな。だが自己愛ごときで手に入る異能などたかが知れている」

「……時と生命」

 思わず、呟いてしまう。それほどまでに特別な異能なのだろうか。

「異能はその人間の狂気の性質で決まる。悔しいけれど、僕は、“時”に干渉する異能はない。時、生命に干渉する異能の取得には”愛”が必要らしい」

「愛……」

 透さんからそんな言葉を聞く日が来るとは、意外過ぎる。

「愛と言っても、上位ランクに到達し手に入れた“ソレ”は途轍もない狂気を具現化したものだ。想像するのも難しいものになるだろうね」

 透さんは意味深に微笑む。

「その代わりと言っては何だが、僕は生命に干渉する異能は持っている。人間にジェネシスを与える、《狂人育成》と、僕自身が死なない《絶対不死》だ。僕は悪を愛しているからね、それで条件を満たしたのかもしれない」

「…………」

 愛、ね。私には無い感情だ。理解できない。

「そして、伝えたいことはもう一つある。それはジェネシスの異能が及ぼす影響範囲の規模についてだ」

「規模……ですか。確かに言われてみれば、私の《発狂密室》の規模ってよく分からない。感覚でやってるから」

「ジェネシスの異能は基本的に個に干渉する。教授のような話し方はつまらないから、ゲーム風に例えてみようか。そうだな……。たとえば、一人にしか攻撃できない魔法と、全体攻撃できる魔法をイメージしてくれると分かりやすいかな。ジェネシスの異能の有効範囲は基本的に狭い。無論、意思や殺意によってある程度範囲を広げることはできるが、どうしても限界がある。たとえばリリー、《発狂密室》を日本列島そのものに展開することはできるかい? ユーラシア大陸でもいい」

「え、無理です。イメージすることすらできないですよ」

 突然話を振られてビビる。譲歩した風に言うけどユーラシア大陸の方が広い……。地球を持ち上げろと言われるのに等しい無茶ぶり。イメージすらできないことはできない。

「そうだね。できない。だが、それができるジェノサイダーが今後現れる可能性はゼロじゃない」

「マジですか」

「マジだ。ジェネシスの量は、すなわちエゴの量でその規模が決まる。エゴなどを数値化することはできないからイメージしづらいが、ジェネシスは人間の欲望を元にオーラとして現れたもの。その量が多ければ多いほど異能の規模が広がっていく。ジェネシスの量がそのまま異能の規模に比例するのさ。それがある限界値を超えると、面白いことが起こる」

「面白いこと?」

「”世界”さ。世界そのものを変えてしまう異能。そんな可能性もこのジェネシスにはある。影響範囲としての規模が限界値を超えれば、世界そのものに干渉できる。そしてそこまでの境地に到達できるのは、SSSに到達するような狂気を持ち、且つ、”父性”もしくは”母性”を持つ者に限られる」

「父性、母性ですか……」

 まさかそんな言葉が透さんから出てくるとは。

「もしそんな人間が”愛”すらも持っていたら、時と生命と世界に干渉することさえ可能だろうね。まぁ、そんな可能性は”ほぼ”無いだろうが、ロマンがあるとは思わないかい?」

「透さんですらできなかったことを他のヤツができるとは思えないけど」

「どうだろう、世界は広いからね。僕以上の狂人もいると思うよ。つまり、先ほどの話の全てはこれから行う殺人カリキュラムの懸念要素であることに変わりないんだ。だから、僕はこれから君たちの生命に干渉して、保険をかけようと思う。これは時を扱う異能に対しての保険だ。もっと保険をかけたいところだが、僕の持っている異能だとこれが限界なんだ」

 ようやくその“保険”という議題に話が戻る。

「透、本当にFより下はないのね?」

 議題が戻りかけたところで、いばら姫ちゃんが透さんに念を押すように尋ねる。

「ああ、無いよ。“Gランク”などというものは存在しない。ジェネシスはSSSの真理の破壊を齎す者から、Fランクの聖人の領域で終わる。聖人など見たことが無いが、いたとしてもせいぜい人を癒したり、確定した未来をわずかに見られる程度の異能が限界だろう。“それ以上”はありえない。それはSSSに到達したときに理解できる」

「ならいいわ。Fより下があれば、全ての前提は崩壊するからね。聖人を超越するような狂気と真理があれば、SSSですら勝ち目はない可能性もある」

「その心配はありえないから安心してほしい。それに、ヒトごときが聖人を超える善に到達する可能性もゼロだろう。人間の本質が善などということを証明できる生き物がこの世にいるとは思えない。それにFランクですら、僕は見たことが無いんだ」

 透さんはいばら姫ちゃんを安心させるように、優しく微笑む。

「さて、僕はこれからある異能を使う。この異能は、一度しか発動しない代わりに、永続的に効果を発揮する。時を扱う異能力者が現れた時、その能力者の扱う時の異能の干渉を受けないというもの。ただし、“二度”は発動しない。つまり二人目の時を扱う異能力者には無力だ。だがその可能性は限りなくゼロに近いだろう。……これが、僕が君たちにしてあげられる精一杯だ。どうか、至高の悪を目指し、この世に蔓延る全ての俗人どもの目を覚まさせておくれ」


 《帝王抱擁》――テイオウホウヨウ――


 漆黒の闇が、私達《赤い羊》を包み込んだ。


 ――――時は戻り、今。


 《時間停止》を経て私とヒコ助くんはジェットブラックジェネシスの残滓が消える中、廊下の中央を浮遊していた。

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