第1話 殺人カリキュラム⑧
「はい、質問です」
赤染アンリ。臆すること無く、平然と穏やかな笑みすら浮かべていた。
「質問を許可するわ」
「質問の前に、お話を整理させて頂きます。まず、私達は24時間以内に4人殺せれば、ここから生きて帰れる。逆にそれができなければ、死ぬことになる。全校生徒は総勢600人。先生方を含めた上で、今死んだ生徒で見積もって636人だから、最大で生き残れる人数は159人。そして、4人の人間を殺害し、4つの生首を4百万円に換金することができる。ここまではいいですね?」
「ええ」
花子の顔つきが変わる。小馬鹿にするような顔から、品定めをするような目へと。赤染アンリという人間を見定めようとしているのが、分かる。この状況で、ここまで冷静に物事を分析できる知性と、感情制御。いや、そもそもこいつに人間らしい感情なんてあるのか……?
「どうせ逆らっても殺されるだけなのでしょうし、選択肢は無いのでしょうけれど、あなたたちにメリットはあるのですか?」
赤染は花子へと問う。花子はつまらなそうに鼻を鳴らすと、透の方へ顔を向ける。それだけで、分かる。これは全て透という男の、意志だと言うことが。
「メリット、そんなものはありませんよ」
透は寂しそうに微笑み、赤染を見下ろす。
「ただ、僕は見てみたいだけです。完全自由の世界というものを……」
「完全自由の世界?」
赤染は何かに魅入られるかのように透を見つめ、その真意を知ろうと問いかけを続ける。
「人は何かに支配されて生きている。学生は何故勉強をする? 社会人は何故働く? あなたがたのお父さんやお母さんも、初めは小さな赤ん坊から人生が始まりました。だが何故か、いつの間にかあなた方を養うという不自由に囚われている。そしてまた、あなた方も彼らの子として存在することに囚われている。誰も望んだわけでは無いのに、そうなってしまう。選んでいるようで、選ばされている。どんな選択も、それが選択である限りそれは不自由なんだ。そう、人は富裕層や権力を持つ者がこの世界を支配していると思い込み、また支配者自身もそう錯覚しているが、実はそうではない。権力者は権力そのものに囚われているし、富裕層は金そのものに囚われている。持つ者が持たざる者を支配しているのも一つの本質ではあるが、持つ者は持つ者で、『失うことができない』ということに囚われている。これが何を意味するか分かりますか?」
「…………っ」
赤染は優秀だ。どんな教師のクエスチョンにも即座に対応してきた。だが、この赤染ですら、透の問いかけには即答ができない。答えようと必死に頭脳を巡らせているのが分かるが、できない。その歯がゆさが俺にまで伝わってくる。
「財布を棄て、服を棄て、家を棄て、家族を棄て、全てを棄て、森や山や辺境の国で自由に暮らす。そんな選択だって出来る筈だ。だが出来ない。持つ者にそれはできない。充足感、優越感、社会承認欲求、自尊心、自己愛という感情がそれを許さない。そして、持たざる者は持たざる者で、『持たざる』ことに囚われている。何も得ることができない。劣等感、飢餓感という感情が幸福を阻害する」
「…………」
「幸福とは何なのか。自由とは何なのか。……僕はずっと考えてきました。そして、一つの結論にたどり着いた。”そんなものはない”、という解答に。全ての存在は、生まれ落ちたその瞬間から不幸であり、不自由なのだと。生きとし生けるものはすべからく、死というゴールに向かっていくボールのようだ。生まれるという選択を選ばされてしまった。選んでいる訳では無く、選ばされている」
「透、さん。あなたはその結論を出し、それが今、この状態に繋がると?」
「ご想像にお任せします。ただ、僕は見てみたいだけだ。本当の世界を……。真の自由というものを、ね」
透は意味深な微笑を浮かべ、漆黒の瞳で赤染アンリを真っ直ぐに見据えながらそう言った。
狂っている。ここまで狂っている人間を俺は知らない。
透という人間の思想を訊いた瞬間、身の毛がよだつのを感じる。
だが、同時にカリスマも感じる。
こいつの言っていることに論理的矛盾がない。
すんなりとこいつの主張を理解し、共感してしまう自分もいる。
それが、どうしようもないほどに恐ろしい。