第6話 Fランク VS SSSランク③【白雪セリカ視点】
「セリカの覚悟が決まったところで。赤染先輩、状況は依然として最悪に近い状況。各個撃破戦略はスピード勝負。プール側で聞こえた悲鳴の発生源。”ニオ”いませんか?」
結は不敵に唇を歪め、赤染先輩に問う。
「…………西園寺さんか、《赤い羊》かのどちらかである可能性は高いわね」
少し考え込んだ後、赤染先輩は頷いた。
「状況を分かりやすくするために、現存する人間を四つにカテゴライズします。一つ目は私達、反《赤い羊》。二つ目が、《赤い羊》。三つめが、西園寺要。四つ目は、通常生徒達とします。今この学園にいるのはこの4つのグループしかいないからです。プールには生首を運ぶルールなので、普通に考えれば通常生徒は密集しやすい。けれど、《赤い羊》と私達が殺し合っていたあの状況で、プールに生首は運べない。花子のようなSSランクと兄さんのSランクの戦闘に巻き込まれるなんてありえないリスクだからです。よって集まったはいいけどプールに生首を提出できないというジレンマを抱えることになり、一時撤退という結論を下すことになる。一時撤退を選ぶと途端に、今度は自分が抱えてる生首が爆弾になる。他生徒に狙われるエサになるからです。つまり、《赤い羊》との戦闘直後のこの状況でプールやその近くに通常生徒はほぼいないと考えるべきです。透明になれるような異能があれば別ですが」
「つまり結論として、現状プール側にほぼ通常生徒はいない筈なのに悲鳴があがったということは、《赤い羊》もしくは西園寺要が通常生徒を殺したという仮説に繋がるわけね?」
「その通り。現状、私たちの本命は西園寺要ですが、《赤い羊》だった場合はやむを得ない。不利でも殺しに行くしかない。この好機を逃せばもう“次”はない」
「確率は二分の一。それに今の悲鳴は確実に《赤い羊》もしくは西園寺要も聞いているはず。悲鳴の発生源に対して関心を抱き、近づいてくる可能性も高い」
「プール側ですよ? 可能性が高いどころか、ほぼそうなるでしょう。そこで合流されたら終わりだと思いませんか?」
「……やるしかない、か」
「不気味なのは、いない筈なのに悲鳴が上がった死体の正体。これに関しては分からない」
「それは考えても仕方のないノイズの思考ね。重要なのは今後の展開がどうなるかにかかってると私は思うけど?」
「その通りですね、確かに。セリカ、方針は決まった。今から悲鳴の発生源に向かい、そこで《赤い羊》もしくは西園寺要を殺す」
「え? う、うん」
二人の会話に追いつけない。黙って聞いていたらいつの間にか結論が二人の間で出ていた。
「ぼぉっとしない。認めたくないけど、アンタは生命線なんだから。SSSを殺せる唯一の可能性であり、傷を癒し異能を無効化する幻のFランク。自分がどれほど重要な立ち位置にいるのか、もっと自覚を持ちなさい」
結に叱られてしまう。やっと、いつもの結っぽいと思えた。いっつも私に文句ばっかりなのに地味に正論なのが嫌で、でも本当に嫌いにはなれない。
「分かってる。これから、私たちは自分の未来のために”殺し合う”んだね」
「……アンタは優しすぎる。殺すのは私達でやるから、全力でサポートすることだけ考えて」
「変に緊張されて足手纏いになられても困るし、ここは冷血ヒトデナシブラコンの結と頼りになる生徒会長に任せておきなさい」
「あ、ありがとう二人とも」
「……セリカ。あんた今わざとフォローしなかったでしょ」
「あれ、バレた?」
「……覚えてなさいよ」
「さて、と。それじゃあ……意識を研ぎ澄ませて、と」
私と結の会話などすでに赤染先輩は聞いておらず、目を閉じて意識を集中させていた。すると、ボゥとインディゴブルーのジェネシスがスカーレットジェネシスに変色する。
「…………」
結も無言で掌を見つめ、ここではないどこかを見据えるとインディゴブルージェネシスがあふれ出し、スカーレットジェネシスに変色した。
……凄い。二人とも、自分の精神をコントロールできるんだ。なかなかやろうと思ってできることじゃない。私に“それ”はできないから、とにかくFランクの善性を維持すること。もう一つの白色に辿り着き、Gランクを目指すことを全力でやろう。
「行くわよ、二人とも。私の後をついてきなさい」
そう言って赤染先輩は教室を出ていき、私と結はその後ろを追う。誰が何を言わずとも全員が形態化を使ってジェネシスを翼に変えて、全力で音源の場所を迅速に目指す。
「~~♪」
風切り音の向こう側で、聞き覚えのある曲。少女の声のハミングが聞こえた。
この曲は……確かショパンのノクターンだ。
「――――っ」
「ッッ」
「…………ッ」
声を上げそうになるが、声が出てこない。
――――廊下の曲がり角の向こうに、“ソレ”はいた。
ただただ漆黒。黒だけが覆う空間。尋常ではない量のジェットブラックジェネシス。
闇そのものとしか思えない。
廊下という空間が全て黒く染まっており、まるで最初からそういうもののように思えてしまう。
漆黒の翼を生やしているが、空間そのものが漆黒なので黒と黒が溶け合ってよく見えない。黒き乙女。黒髪で、大和撫子のような顔立ちで、どこにでもいそうな美人な女の人。だというのに、一目見て全身に鳥肌が立つ。
目が、合う。
“彼女”は赤染先輩でも結でもなく、ただただ私だけを見てニコりと微笑んだ。
殺気はない。悪意もない。目が合ったから微笑った。特に意味は無い。透のような凄みも、リリーのような悪意も、先輩のような強さも感じない。
――――なのに。
なのに。
――――格が違う。
今まで相対してきた“どの悪”とも違う。
その異質さに戦慄する。
彼らはまだ人間らしさを感じた。悪人は悪だけど、まだ人だったのだと今ならわかる。人の心を捨てる前は、まだ人の心を持っていたのだと思える。でなければあそこまで人間の善性を否定したりしない。
でも、この人は違う。
殺人カリキュラムによって壊れたのではない。
殺人カリキュラムによって狂ったのではない。
もともと壊れていた。
もともと狂っていた。
最初からおかしかった。
――――人間の形をしたナニカ。
透、花子、リリー、ヒコ助、骸骨、いばら姫、ヒキガエル。
SSになった先輩。
色々な悪を見てきた。
けれど、これは“何か”が違う。
何が違うのかは分からない。
でも“何か”が決定的におかしい。
悪ですらないのかもしれない。
もし、次に透や、透以外のSSSに万が一出会ってしまったら、救おうとか、理解しようとか、絶対に思うな。SSSは他人を自分の狂気に巻き込んで発狂させる最たる悪だ。しかもそこに確固たる真理があるから、否定することができない。
先輩の言葉を思い出す。今、その意味が分かったよ。
私がさっきまで必死に頑張って築き上げた正義が、薄っぺらく思えるほどに。
怖い。逃げたい。こんな人を殺そうと思ってた?
私の思考が闇に飲み込まれる中、パチンという指を鳴らす音で我に返る。
《思考盗撮》――シコウトウサツ――
西園寺さんは私達をじっと見つめながら、異能を発動した。
「困惑、恐怖、使命感、なるほど。あなた達のことは大体わかりました」
西園寺さんが何かを言ったけれど、対話をするような雰囲気ではない。
「セリカ! 《守護聖女》を! 早く!」
結の言葉で我に返る。
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
「あー、その異能はマズいですね」
西園寺さんは苦笑しながら、私の《守護聖女》に対し右手を向ける。
《堕天聖女》――ダテンセイジョ――
女神像の形をした私の白き光が、西園寺さんの右手から放たれた黒き女神像が衝突。
「っ!」
「フフ」
西園寺さんが笑うのと同時に、漆黒の《堕天聖女》が私の《守護聖女》を食い破り、突っ込んでくる。
「《守護聖女》が、効かない……っ?」
初めて破られた。絶対に負けないと思っていたのに!
でも、諦めちゃだめだ。もう一度、もう一度だ!!
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
再び、二発目を撃つ。《堕天聖女》と二発目の《守護聖女》が衝突し、今度は両方とも喪失する。
西園寺さんが目を細めながら右手を私に向け――――
「くっ!」
《百花繚乱》――ヒャッカリョウラン――
赤染先輩は狭いながらも空中を飛び回りながら、私から気を逸らすように西園寺さんに赤き光、《百花繚乱》を撃つ。
「Sランクでは厳しいと思いますよ」
西園寺さんは淡々と言いながら、ジェットブラックジェネシスを自分を覆うようにドーム状にする。すると《百花繚乱》も衝突した一瞬で霧散してしまう。
《殺人模写》――サツジンモシャ――
《思考盗撮》――シコウトウサツ――
結は西園寺さんに異能を向ける。
「……私の《思考盗撮》を模写したのですか? でも、それは自殺行為だと思いますよ」
「っ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
結は絶叫する。両耳を塞ぐようにして。
「私は常に絶対音感で記録した人間の断末魔を使った“音楽”を自分で聴いているので、透様に訓練されたあなたでも“これ”に対しての耐性はないと思います。死の恐怖の克服とはちょっと違うので」
《百花繚乱》――ヒャッカリョウラン――
「赤染さん、無駄だと分かっていることを二度もするなんてあなたらしくない。何があなたをそう駆り立てるのです?」
不可解そうに赤染さんに首を傾げ、「キルキルキルル」と呟き、西園寺さんは《百花繚乱》を分断し、赤染先輩の腹部に剣を貫通させた。
「――――ぁっ」
赤染先輩は血を吐いて床に落ち、そのまま倒れて気絶してしまった。
「――――ッッッ」
喉が枯れるまで叫び、結はそのまま気絶してしまった。
能力名から、《思考盗撮》は相手の心を読む異能。それを《殺人模写》でコピーして西園寺さんに使ったら、逆に結が自滅した。い、意味が分からない……。思考を読むだけであの結が気絶するなんてありえない……っ。
《守護聖女》も効かなかった。けど二発目だと相殺できた。結は同じ効果の異能だと言っていたけど、それなら優劣は何で決まるのだろう? もしかして……ジェネシスの量?
ううん、それは今考えるべきことじゃない。今やるべきことは、たった一つ!
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
私は即座に順番に二人を癒す。意外にも、私が《聖女抱擁》を使う瞬間はこの上ない“隙”のはずなのに、西園寺さんは何も言わずに静観していた。
二人はゆっくりと立ち上がる。良かった、心はまだ折れてないみたい。
二人とも、ごめん。痛い思いさせてまた治して戦わせることになって。
でも、私まで折れたら本当に終わりだ。私は必死に目の前の怪物を睨みつける。恐れるな、戦うんだ……っ!
「……頑張るんですね。まぁ私は構いません。いくらでもお付き合いしますよ」
西園寺さんは優しげに微笑む。
私たちの攻撃や覚悟などまるで何の意味もないとでも言うかのように、軽やかな口調だ。紅茶を嗜むティータイムのように、平和で穏やかな表情。
「《発狂密室》を解除してほしい。そうすれば戦わずに済む」
かろうじて。かろうじてある和解の可能性を試す為に、私はそう西園寺さんに提案する。
「それはあなたが戦いたくないだけでしょう?」
私の心を見透かすように、西園寺さんは淡々と問い返すのみだ。
「《発狂密室》は解除しませんし、手始めにこの空間内にいる人たちは全員死へと誘導します。私は“この世に存在し生きとし生ける全ての人間”を死へと導く“死そのもの”になると決めたのです。私の邪魔をしないでください」
西園寺さんは少し怒ったような声を出す。
「“死そのもの”?」
い、意味が分からない……。
このあたりは透を彷彿とさせる狂気を感じる。
「ジェネシスは欲望を具現化する神秘なる力。私はこの力を使い、”死”になります」
「狂人が……」
「ん~~、思ってたよりヤバいわね」
結が悪態を吐き、赤染先輩は苦笑いする。
見立てが甘すぎた。私たちは心のどこかで、西園寺さんを同じ学校に通う女の子だという甘い認識をしていたのだと気付く。だがそれは愚かだった。透と同格の狂人。
――――それが、西園寺要という人ならざる怪物だったのだ。
「諦めない。あなたが《発狂密室》を解除するまで、私は諦めないから!」
勇気を振り絞る。今までだって何度も死にかけた。死んだ方がいいとすら思う死線すら潜り抜けてきた!
「いいでしょう。希望という欲望がいかに愚かで空しく残酷かを気付かせてあげます」
そう言って、西園寺さんは憐れむように微笑う。
「――――あなた達が”自殺”するまで、ね」