第6話 Fランク VS SSSランク②【白雪セリカ視点】
「…………」
赤染先輩の問いに、私は押し黙る。
「……そうしない道は、ない……ですよね?」
それでも、私は赤染先輩に尋ねずにはいられなかった。
「西園寺さんは《発狂密室》を使ってる。理由は分からないけど、それが何を意味するかは一目瞭然。閉じ込める必要が無いのに、私たちを閉じ込めてる。殺意に満ち満ちているとしか思えない。殺意がある相手に説得も懐柔も理想論。《赤い羊》達とやりあってきたセリカなら、分かるでしょう? 絶対的な悪の前にいかに善が無力であるか。あなたが一番分かってるはずよ」
――――赤染先輩の言葉に、沢山の光景がフラッシュバックする。
校長先生の首を容赦なく斬り飛ばし、生首を集めてこいと宣言する狂気の透。
渡辺先生を拷問して爆笑するヒコ助。
遊びと称して死体を使って私を犯させようとした骸骨。
電気椅子に私を座らせて悪魔の所業をしようとしたリリー。
私の存在全てを否定し、私たちをどこまでも苦しめた花子。
あいつらは、人ではない。
逸脱してる。テレビニュースやドラマ、映画の世界で悪人と呼ばれる人たちを画面のフィルター越しに見たことはある。けど、あいつらは想像を絶してる。この世界には沢山の残酷なことがあると思うけど、目の前であいつらの悪意を見てきたなら全てが生ぬるく思える。
人を殺すのはいけないと思うけど、あいつらを人としてカウントすることはおこがましいとすら、今なら素直にそう思えてしまう。それほど、吐き気がするほど、毒々しい。先輩すら奪われた。
――――殺す。
相手の命を、奪う。
それは許されないこと。やってはいけないことだ。
何故?
自問自答する。何故人は人を殺してはいけない?
考えたことなんて、殆どなかった。先輩が虫を殺していた時に、勢いで色々言ったことは覚えてるけど、自分がその時なんて言ったのかは覚えてない。でも、先輩はそれでやめてくれたことは覚えてる。
殺人。本能的に、許されない行為だと思う。でもその理由を言語化することは難しい。
一番簡単な答えは、法律で決まっているから。でも、私は本能的にそうではないとも思う。
“法律で決まっていること”が答えになるのなら、法律で決まっていれば人を殺してもいいと言っているのと変わらないからだ。ルールに従ってさえいれば”何をしてもいい”と何の躊躇も恥じらいもなく思えてしまうということは、殺人カリキュラムの全てを肯定するのと同じこと。外道やサイコパスに限りなく近い考え方だ。あらゆる善悪の全てを法律に委ねることは“危うい”。その危うさは皮肉にも、殺人カリキュラムで証明されてしまったように思う。人を殺すことを肯定するルールにおいて、普通の人ですら外道になり得る危うさがある。なら、ルールすら超越する善に私はならなければならない。
――――でも。
善を貫くとは言ったところで、目の前の殺人鬼たちと渡り合わなければならないという“現実”がある。今なら痛いほど分かる。先輩はこの選択肢の地獄の中にいた。私をその地獄に巻き込まないために。でも、私はこの矛盾からもう逃げない。
じゃあ、なんであの時、私は、花子にだけは本気で殺意を向けられた?
私は自分自身にもう一度問う。
迷うことは許されない。一瞬の躊躇が即破滅に繋がる。先輩もいなくなってしまったし、何よりあいつらが“許せない”と思う。
――――許せない。あまり慣れない感情。怒りの気持ち。
理不尽に私たちの平和を奪い、何より先輩を奪ったこと。
リリーには精神すら壊されかけた。
なんでこんなことされなければならないのか?
私は何か悪いことをしたのか?
――――何もしてない。彼らに憎まれるようなことなど、私はしていない。
何故奪われなければならないのか?
それは、弱いからだ。
弱い者は強い者に奪われるしかない。
善では悪に勝てない。悪を討てるのは、それ以上の悪だけだ。それが、俺の出した結論だ。
先輩の言葉を思い出す。私は弱かった。私は悪いことはしていないけれど、ただ一つ言えるのは“弱かった”。あまりにも弱すぎた。だから先輩を失った。私が強ければ……もっと強ければ……先輩を失わずに済んだかもしれない。
――――殺人カリキュラム。誰が誰を殺しても、恨みっこなし。
さっきの赤染の言葉を思い出す。
誰が誰を殺しても。誰が勝っても、誰が負けても。競争。
スポーツや学業において、常に私たちは優劣を競わされている。ありとあらゆる能力を数値化され、区別され、優等生と劣等生のレッテルを社会に貼られてる。それ以外にも数値化できない優劣なんていくらでもあるし、性格や内面だって数値化なんてできないのに何故かスクールカーストなんて言葉すらある。
自分の価値を勝手に数値化され、勝手に評価されて、勝手に自分の価値を決められる。
――――と同時に。
その価値に自分自身すら惑わされる。あらゆる他人に、社会に自分の価値を勝手に決められて、自分でもそうだと思い込んでしまう。私はそれはあまりよくないことだと思う。
ただ競争の考え方としての結論は、勝敗に関しての責任はお互いに分配されるということだ。勝っても負けても恨みっこなしとは、そういうこと。
なら、私にとっての悪ってなんだろう。
きっと人それぞれ、“悪”の定義は違うと思う。
ただ、私は一つだけ確信してる。
「私にとっての悪は、弱い人からなら強い人は奪ってもいいっていう考え方。傲慢な思想そのもの。それが、私にとっての悪だと思う。弱さが罪っていう思想が許されるなら、この世には強い人しかいなくなる。でも、強い人同士でまた争いを始める。弱いことが罪と言いながら。そして永久に、その争いは終わらない。争うことで人類が進化するというのなら、いつまでも平和が訪れることはない。それだけは確かだと思う。強者の思想は、絶対に世界に平和をもたらすことはない。平和を否定することこそ、本当の悪だと私は思う。強者が絶対という思想は、殺人カリキュラムすら肯定することになる。強い者が勝つことが、絶対の正しさ。それが殺人カリキュラムの根底に潜む悪だと私は思う」
言葉に出す。赤染先輩に対する答えにはまだならないけど、少しだけ前進した手ごたえはある。
「「…………」」
赤染先輩たちはそんな私を静かに見守ってくれている。その好意は素直に甘えよう。
……でも、悪なら殺してもいいのか?
それなら悪とやっていることは変わりないのではないか?
自分の中で更に更に自問自答する。自己矛盾の迷宮だ。でも、必ず出口はある。大事なのは、前に進むことを諦めないことだ。先輩は最後まで諦めなかった。命懸けで活路を開いてくれた。なら、私もそれに続くだけだ。先輩の隣をもう一度歩くために。
「……人が人を殺すことは悪。私にとっての悪は、弱い人から奪うことだから」
でも、その逆の場合は?
強い人からなら、奪っても許されるのでは?
「…………違う」
違う。
それは私の“答え”じゃない。むしろ先輩の“答え”だ。
悪を超越する悪となり悪を食らう。私にその“強さ”は無い。
私の罪は弱いこと。強くならなければならない。それが私の責任だ。
でも善を捨ててはいけないし、むしろ更なる善としてGランクを目指さなければならない。
これから数多くの外道達と渡り合い、先輩にもう一度会いに行く。
――――その為にはどうすればいい?
――――思い出せ。
花子と殺し合ったあの死闘を。
――――思い出せ。
あの時の私の根幹にあった“真理”を。
「――――私は、私の命とその人生の全てを賭ける。殺人鬼に対して、私は命と、命以外のモノ全てを賭ける。私は誰かを殺すことを正しいとは認めない。それは悪だと思う。でも、命を懸けた相手と、“対等”に“殺し合う”ことに対しては、“正義”があると思える。……うん、出たよ、答え。私は一方的に殺すことはできないけど、殺し合うことならできる。私は、快楽殺人鬼だけと“対等に殺し合う”ジェノサイダーになる。そして、先輩を取り戻す!」
「…………素晴らしいわね、セリカ。惚れ惚れしちゃう。流石は私が見込んだ女の子だわ。あなたの手札になれたことを誇りに思う。お世辞じゃないわ? 最高よ、あなた」
赤染先輩は何故かうっとりと私を見つめてくる。なんか変態っぽくて嫌だなーと複雑に思う。頼りにはなるんだけど……。
「…………」
結は無言で私を見据えている。
結の視線は敵意とか嫉妬とか敬意とか色んなものがグチャグチャに混ざってる。私も結に対してだけは同じような感じだから、なんとなく分かる。お互いが自分の中の闇を見させられる。だから嫌ってしまう。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。私たちは、《赤い羊》を殺すと決めた同志なのだから。
善性を失わずに、自分だけの正義を信じてあとはひたすら前に進むだけだ。
闇なんて怖くない。ひたすら前に進めば、いつかその先に必ず光はある。
――――そう、信じてる。